第21話-公平に
「お互い、暗殺はできない状態だ」
王魁は言い放って相手の様子を見る。角の先の様子は分からない。ただ無音だった。
しかし突然、角から何かが現れた。人の腕だ。服の袖を見る限り制服を着た腕だ。
出てきた手には何かが握られていた。それに王魁が気付いた時にはそれはもう投げられていた。赤い筒が三本、ゆるい軌道で宙を飛んで王魁の手前の地面へ落ちた。
瞬間、それらは端から火花を放ちながら灰色の煙を起こし始めた。
爆弾!?…いやこれは発煙筒?
警戒した王魁は一歩後ずさる。予想は当たりそれらは車などに携行されている発煙筒だった。それらがモクモクと留まることなく煙を放っている。三本もあるせいで恐ろしい煙の量だった。
全く前が見えない。となると奴の狙いは…。
王魁はポケットから蒼刃を取り出した。握ったと同時に青い刃が伸びる。敵意は十分だ。
前方は一面の煙だったが、そこから何かが飛び出した。
やはり!
女子高生が煙を意に介さず飛び込んできた。王魁は相手目がけて蒼刃を横に振るう。
煙による奇襲からの追撃を王魁は読んでいたが、しかし予想から外れていたことがあった。
女子は、蒼刃を握っていなかった。
蒼刃を持つ者同士の一騎討ちを予感していたが、そうではなかった。女子高生は何も持たない手を王魁に向けて伸ばしている。狙いは王魁の頭でも首でも心臓でもなく、手首だった。
王魁に向けた手は振るった王魁の蒼刃の刃を通り抜けて、微かではあったが刃元の鞘に触れた。
鞘に触れた女子は伸ばした身体を戻そうと、よろけながら体勢を直す。王魁との距離は近い。振った蒼刃を返す刀で振り直せば、今度こそ命を取れる。
だが王魁は女子高生から距離を取った。絶好の機会を逃したのには理由があった。
蒼刃が無い…。
先ほどまで確かに握っていた蒼刃が影も形も無い。道路に落ちてもいない。手から引き抜かれた感触も無かった。忽然と存在を消したのである。
危惧することは二つ。蒼刃をどういう仕掛けで『消された』のかということ。そして女子は発煙筒をどうやって出したのか、ということ。
女子高生は通学カバンを持っていた。その中に発煙筒を三本隠し持つことは不可能ではないが、しかし常に携帯していたというのはどうにも浅い推理のような気がする。
蒼刃を消されたことと発煙筒を取り出したことは何か関係があるのか…。推理するも情報が足りず、現時点では何も断定できない。
王魁は素手になってしまったたものの、両手をボクサーのファイティングポーズのようにして前に構えた。対して女子高生はブレザーのポケットに手を入れた。そしてそこから取り出したのは、蒼刃だった。
アレはあいつのか?それとも俺のか?警戒しつつ冷静に観察する王魁だったが次の瞬間、驚愕に目を見開いた。
いつの間にか女子高生の片手だけでなく両手とも蒼刃が握られていた。片方は先ほどポケットから出したものだったが、もう片方はいつ握ったのか王魁には気づけなかった。
女子が他の能力者と既に戦っておりその者から奪った物という推測も一瞬考えたが、状況的には自分の蒼刃だと考えるのが自然だと結論づけた。
何より口元をかすかに歪めて意地悪く睨んでいる女子高生の不気味さには『やってやった』という達成感が含まれているように見えた。
※
…ここまでは計画通り、と女子は思っていた。
女子の名前は先斗陽利加。先斗は自分の狙った策に相手が嵌ったことに、確かな手応えと快感を覚えていた。
『P』の能力『包蔵』は手で触れたものをどこかへ飛ばせる能力だ。どこかというのはこの地上のどこでもなく、言うならば異空間である。先斗はこの空間から物を自由に取り出すこともできた。
発煙筒を取り出したのは能力によるもので、事前に発煙筒を異空間にしまっていた。敵から蒼刃を取り上げたのもそうだった。ほんの指先でも触れることができれば能力は発動して異空間へ飛ばせる。そしてすぐに取り出して手中におさめたのだ。
圧倒的有利、先斗はそう確信していた。そしてそれは事実だった。蒼刃は能力者にとって一撃必殺の武器。それを相手は持たず、自分は二本持って二刀流。男女間の体力や体格の差を考慮しても余りある有利だった。
先斗は前へ跳んだ。もはや慎重さは不要。思考する猶予を一秒も与えることなく相手を攻撃するのみ。
王魁に為す術は無い。王魁はあまりに無防備だった。
心臓と頭を同時に狙う!
先斗は蒼刃を二本とも前に突き出した。王魁に刺さる、そう思えた瞬間だった。
何かが横入りしてきた。人だった。スーツを着た男、それが二人の間に入り込んだ。勢いは止まらず先斗の蒼刃が男に刺さる。しかし男は何の変化も無いようで呆けた表情で先斗を見ていた。
「えっ!?」
思わず声を上げる。王魁がスーツの男ごしにこちらを睨んで、声を発した。
「『命令』」
用心棒、あるいは守護霊のように、スーツ男は王魁の前に立っていた。言葉は発さず感情の無さそうな虚ろな目だった。
先斗はスーツ男を蒼刃で突き刺したまま唖然としている。
「そいつを殴れ」
王魁の冷たい声が先斗の耳に届いた。瞬間、先斗の頬に強い衝撃が走り、後に痛みが襲ってきた。痛みを感じた頃にはもう吹き飛んでいて道路に倒れ込んだ。
上体は起こすがすぐには立ち上がれず、動揺を隠しきれないまま対峙している二人を見た。
どういうこと?もう一人の能力者?
その疑問をすぐに自分で否定する。絶対者に呼ばれた者達は全員十八歳。スーツ男はどう見ても二十代だ。
能力者じゃないなら協力者?この十日間程度で協力者を用意できたということ?
思考を張り巡らせるが確信には至れない。王魁は先斗を見下ろして再びスーツ男に声をかけた。
「そいつの身動きを封じろ」
スーツ男は従順に動いて、いまだ地面に座っている先斗に両手を伸ばした。腕を掴もうとしてくる。
「離して!」
先斗の悲痛な叫びにも眉ひとつ動かさない。その様子が先斗にヒントを与えた。
協力者というよりこれは洗脳…あるいは催眠?少なくとも明らかにまともな状態ではない。
スーツ男は先斗に体重を預けて押し潰そうとしていた。成人男性の体重に抗う腕力を先斗は持っていない。
制圧されていく様を王魁は黙って見ていた。しかし突然…。
「うああああああ」
スーツ男が悲鳴を上げて両手で顔を覆った。男の背中が反り返った隙をついて、先斗は後ろに這いずって重圧から逃れた。その右手にはスプレーのようなものが握られている。
不審者撃退用の催涙スプレーか?観察していた王魁が瞬時に当てる。
女は既に通学カバンを持っていない。隠れていた角にカバンを置いてきたのだろうが、あのスプレーをブレザーのポケットに入れていたとはサイズ的に考えにくい。
そして…二本の蒼刃が消えている。
王魁の観察通り、蒼刃は先斗の手にも道路にも無かった。
この時、王魁は相手の能力の真相に限りなく近づいた。
「奪われることを懸念して『しまい込んだ』ということか…」
一方、先斗は息を切らせながらヨタヨタと立ち上がった。スーツ男は道路に横たわり身悶えしている。
「触れるとどこかへしまえる能力か、それは」
「…!!」
王魁の指摘が先斗の核心を突いた。
「しまう先がここから離れたどこかなのか、あるいはしまっている間は存在そのものが一時的に消えているのか、その違いは今の状況的にはどちらでもいい。そして公平に俺の能力も教えよう」
王魁が最後に言ったことを先斗は飲み込めなかった。能力を教える?
「俺の『O』の能力『命令』は能力者以外の人間に自由な命令を下すことができる。三人までな」
緊張で先斗は喉を鳴らした。相手の発言には嘘や冗談の雰囲気を感じられなかった。本当に自身の能力を自ら吐露しているのだろうか。相手の真意が分からない。
「三人まで…?」
「そう三人だ」
言い終わったのとほぼ同時に王魁は指を鳴らした。王魁の後方の物陰から男が二人のろのろと現れた。
「…!」
先斗は戦慄した。新たに現れた二人とも、目の焦点は定まらず最初の一人と同じ気配だったからだ。
『命令』されているのだ。




