第2話-絶対者
この世にはいわゆる『神』がいて、神が世界の全てを管理している。
そう信じて疑わない者は世界中に数多くいる。しかしその者達にとって神とは概念的なものだ。
この世のどこかでハッキリと顕現しているのではなく世界の高みで、我々の見えない所で監視をしたり手を下したりしていると考えている。
人々にとって神とは畏敬の対象であり、同じ世界で肩を並べて共存している存在だとは考えていない。
それが世の中での一般的な考えであり、世界中で概ね共通している認識である。
しかしかつてその認識が覆された時期があった。三十年ほど前のことだった。
西暦一九八四年。『神』と思われる存在の片鱗を、世界中の人々が同時に感じた。
八月のある日、日本時間で午後三時を回ったあたり。人々の脳内に突如メッセージが走った。
数十億の全ての人間が対象だった。
聴こえてくるのではなく極めて感覚的に、しかし確かなメッセージが頭の中に流れてきた。脳に染み入るように、一字一句逃さず記憶に刻み込まれる感覚が人々は覚えた。
全ての人種に届いたこのメッセージは言語によって表現に差はあったが、日本語ではこのような言葉だった。
『こんにちは。私は絶対的な力を持つ者』
『私は今、世界中の人間に言葉を送っています』
『突然ですが、これから私は何人かの者を選定します。選ばれた者達は力を手に入れるために競い合ってもらいます。そして勝った一人のみが私と同じ力を得られます』
『選定は今から始まります。選ばれた者達は、私と会うことになるでしょう』
…これがメッセージの全てだった。メッセージは朗読するようにゆったりとしたテンポで、各人の脳内に届いた。時間にして一分ほどだったろうか。
その間は、世界は呆然としていた。
メッセージは直接聞こえる声ではなかったので録音することは一切できなかった。それでも後世に一字一句残すことができたのは、体験して証言することができた者が数十億人レベルでいたからに他ならない。
日常を何気なく暮らしている者に、仕事に追われている者に、子育てをしている者に、病に苦しんでいる者に、自殺を考えている者に、戦争中の者に、人を殺している最中の者に、誰かに殺されようとしている最中の者に、全ての人間がこのメッセージを受け取った。
そしてたちまちのうちに世界は狂乱に包まれて、たいした時間も経たないうちに暴動が起きた。
あらゆる地で事件が起き、強盗と傷害と殺人が伝染した。メッセージが流れた直後の短時間のうちに世界中で二万人以上が死亡した。
人々は世界の終末を恐れた。神が顕現してしまった。いつ何が起きるか分からない。神の鉄槌のごとき隕石が落ちてくるかもしれない、神の裁きによる洪水が世界を襲うかもしれない。
この人類史に残る大事件にはどの国の政府も打つ手が無かった。首相も総理も大統領も、自国の経済や敵国の動向は想定できても、真上から降ってきたような完全予測不能の非人間的な問題には予測しようも無かった。
世界は終わったかに見えた。それほど途方もなく、どうしようもない規模の狂乱だった。
しかし事態は呆気なく収束した。何かが起きたからではない。
何も起きなかったからである。
あのメッセージの後は一切が起きなかった。隕石は落ちず、洪水は流れず、神はこれ以上現れなかった。メッセージで話していた『誰かを選ぶ』という事象も起きず、結局のところはメッセージが流れた直後には世界は平静に戻っていた。
世界中の人々がそれを気づくのに多くの時間を要した。だが最終的には先進国の代表達が同時に「何も問題は起きていない」と発言し、他の国の代表もそれに追従することで世界は平穏へ戻り始めた。
いわば世界中が『スカされた』のだ。謎のメッセージに。
多くの人が死に、多くの人が悼んだ。しかし恨みや憎しみや悲しみをぶつける先は無かった。
著名な心理学者達は一連の事象を集団ヒステリーと診断した。世界中が同時に発症した集団ヒステリーと真剣にそう判断し、皆が真剣にそうだと受け入れた。他に考えようが無かったからである。
現れたかと思った神は、伝説は、神話は、封印された。全ては適当な科学知識により曖昧な解釈をされて、大事件ではあったがこの世のルールに則った現実的なものだという格付けをされた。
世界は異常を求めていなかった。数千年の発展により確立された法則や科学や常識を、今さら覆したくはなかった。
だから世界は元の形に戻った。
ほんの一瞬だけ、四年間だけ。
四年後の一九八八年、世界中にメッセージが届いた。
『こんにちは。私は絶対的な力を持つ者。そして前回の優勝者 』