第16話-安在の諦観
…安在晶は幼少期の頃から周りに同調してばかりだった。相手の話に合わせて同意し、賛同して笑う。異なる意見の出し方、否定の仕方が分からなかった。皆は誰から教わったのだろうといつも不思議に思っていた。
そんな安在を周りはつまらない奴だと思ったのか、友達がほとんどできなかった。表向きは親しく接してくれたがそれは体裁であって友情ではなかった。
友達が欲しい。そう望んだ安在は相手が関心を引きそうな話題を選んで話すことにした。両親と旅行へ出かけて高いホテルに泊まった話。高級な料理を皆で食べた話。そういった話なら新鮮に聞こえて楽しんでくれるだろうと考えた。
しかしそんな話は周りには嫌味や自慢に聞こえていた。そんなつもりは無かったのだが安在は酷く空回っていた。
孤独な人生の中、唯一話を聞いてくれたのは噴上だった。
噴上は飽きもしないで話を聞いてくれた。自然と安在は噴上が好きになった。
好意がつのるほど、噴上が知らないことを多く教えてあげようという思いにあふれた。
噴上には自覚が無くても、噴上は助けてくれたのだ。孤独と鬱屈の中から救い出すように、温もりをもらっていた。
そのため噴上から夢が絶たれたことを聞かされた時、泣きじゃくる噴上を見て安在は決意した。
彼のために医者になろう。そして病院を開業し、彼を迎えよう。
妄想に近い願望を現実に叶えるべく、両親や学校に医者を目指すと伝えて勉強に励んだ。
安在に悪意は無かった。しかし人との付き合いの少なさが、他人との距離感の測り方を誤らせた。安在は噴上のことを想っていた。しかし噴上の気持ちは何も考えていなかった。
ある日、噴上が安在の夢を聞き、怒りと混乱を混ぜた顔で詰め寄ってきた。
その時に想いを、好意を告げれば良かったのかもしれない。しかしそれはできず焦りと緊張で何も言えず、結果的に中途半端な笑みを浮かばせることしかできなかった。
その気持ち悪い微笑みを、噴上は善意と受け取ることができなかった。
全ては悪い方向へ転がった。
こうして安在自身の杜撰さで二人の仲は永遠に終わった。
何もかも上手くいかない、と思えた。生きることに向いていない。
だから絶対者に呼び出されて戦えと言われた時も、そんなのは無理だとあっさり結論が出た。そして自分は殺されてもしょうがないと思えた。
自分は生きることに向いていない。
そう思っていた。そのはずなのに。
※
能力の限界がやって来た。『吸収』で吸い込めるエネルギー量の限界に達したと安在は心で感じた。
吸い込み切れなかった噴上の握力が、安在の首と頭に力をかけた。
キュッと締まる首。酸素の遮断を感じた瞬間、とめどない恐怖と混乱が安在を襲った。
死にたくない!
死の受け入れ、戦うことへの降伏、そんなものは幻だった。生存本能から湧き出てきて心を満たしたのは一つの想い。
死にたくない。
死にたくない、死にたくない。
「ぁ…あぁああぁあぁあああぁー…!」
殺される直前の動物のような、原始的な悲鳴。
こわいこわいこわいこわい。
噴上の目が見える。自分の首を絞めている男が覗き込むようにこちらを見ている。
この人になら殺されてもいいと思っていた瞬間があった気がする。しかしそれはもう、それはもう無いのだ。
そんな達観はただの嘘だった。
「いやぁあぁぁああぁあぁあ!」
そしてエネルギーが解放された。
『吸収』の真の能力。
突如として安在の身体が光った。眩むような光だった。それは炎の向こうから見ていた大導路が顔を歪めるほどの時間すら無く、閃光は熱と衝撃を伴って拡散された。
ゴウ、という空気が吹き飛ぶ音が響いた。音と空気を感じた時には既に大導路の身体は吹き飛んでいた。
足から地面の感覚が無くなったがそれも一瞬で終わり、後方にあった生垣に身体が思い切り衝突した。かぁ…っと声にならない苦悶の息が漏れる。
何が起きた…?爆発…?
状況が分からず、安在や噴上がどうなったかも分からない。痛みと目眩で横になりたい衝動に駆られながらも、どうにか大導路は立ち上がって目を開けた。
周囲は土埃が待っており視界は狭かった。最初に目についたのは安在だった。安在だけは同じ場所に留まっており、身体を丸めて倒れていた。
次に目に入ったのは噴上だった。噴上も大導路同様に吹き飛ばされて、先程までいた所から十メートル以上吹き飛んでいた。
噴上は先程の激情が跡形もなく消えていて、力無く呆然と虚空を仰いでいた。その理由に大導路はすぐに気づいた。
噴上の腹部に鉛色の棒が突き刺さっていた。それは噴上自身が持ち込んだ鉄パイプだった。砂場に刺さっていた鉄パイプに向かって噴上の身体は飛んでいき、無情にも突き刺さったのだ。
「噴上!」
大導路が叫ぶ。噴上は口を微かに動かして何事か喋っている。駆け寄ろうかと思ったが、爆発の衝撃で足が麻痺してしまい上手く歩き出せない。
サイレンが聴こえてきた。誰かが通報したのだろう。
上手く身体を動かせないので這いつくばって移動して安在へ近づいた。安在のもとに辿り着き身体に触れると、体温とは思えない高熱を感じた。
熱を放出している。先程の爆発の余熱だと推理すると、やはり先程の爆発は安在の能力によるものだという事実にも気づく。
状況から見て吸収したエネルギーが放出されたのだろう、と考える。しかし安在の息遣いに気づくと思考は頭の隅に追いやられた。
「安在…!」
呼びかけるが目を瞑ったままで返事はない。気を失っていた。
ふと周囲から足音が複数聞こえてきたかと思うと、人が複数駆け寄ってきた。消防士と救急隊員だった。
「大丈夫ですか!?」
近寄って肩を叩いてきた救急士に対して、大導路はどう反応せねばいいか分からず首を縦に肯くことしかできなかった。
救急隊員達は安在と噴上にも駆け寄って様子を見始めた。
大導路は震える足をどうにか動かして、無理やり身体を起こす。
走れるか…走らねば…。
重体の噴上に複数人の救急士が対応している隙を狙って、大導路は走り出した。
安在の介抱は救急隊員に任せるしかない。今の大導路にできることは何も無い。怪我人として運ばれれば身元を確認されて学校に連絡が行く可能性が高い。安在や噴上との関係も聞かれるだろう。現場で何があったかを警察から聴取を受けることにもなる。
今は目立ちたくなかった。大導路は『方向』を発動した。
前方に片手を向けると、大導路の本来の移動力が加速されて通常より早く走れた。しかし戦闘により心身が疲れており、その状態での能力の使用には多大な疲労感を伴った。
しかし少しでも早く動いてこの場から離れなくては…。
運が良いことに、消防士や救急隊員が大導路の姿が見えないことに気づいた時には、大導路は現場からだいぶ離れていた。
無事に生還することができた。しかし大導路にとって勝利も敗北も感じていなかった。ただまざまざと、命のやり取りによる無常感を覚えていた。




