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能力者戦争  作者: 豆腐
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第15話-『D』の『方向』

「安在に手を出すな。そしてこの場から離れるんだ」


 突き放すような視線を向けて、大導路は堂々と言ってのけた。噴上はヨロヨロと立ち上がるが顔は憤怒に塗れている。


「手を出すな、だと…」


「そうだ。今退くなら、命は取らない」


 命は取らない…?


 噴上には、大導路の発言の全てが気に入らなかった。


「…手を出すなだの命を取らないだの…。何を言っている?現実を見ていないのか…?これはもはや戦争で…俺もお前も安在も敵同士なんだぞ…」


 ただならぬ怒気が大導寺の身体を刺してくる。また空気の熱さを感じた。錯覚ではない。噴上が放熱しているのだ。


「偽善…この偽善者め!」


 噴上は駐輪場をちらりと一瞥すると、素早く動いて場内に置いてある何かに近寄った。


 バイクだ。それに気付いた時、大導路の背中に嫌な感触の汗がじわりと滲み出た。


 大導路がリアクションを取る余裕もなく、噴上はバイクの給油口を開けた。そして指に炎を灯すと、まるで蝋燭のロウを垂らすように、タンクの中に落とした。


 一瞬にして、バイクは破裂音と共に炎上した。目の前の爆発事故に大導路も安在も思わず顔を手で覆う。熱気によって押し出された空気が全身を撫でる。黒い爆煙がたちまち現れて噴上の身体を完全に包んだ。


 しかし噴上が爆発で吹き飛ばず、燃え落ちず、依然としてそこに立っているのが大導路には気配で感じ取れた。そして甚大な範囲の炎が突如として縮小していく。


 『炎熱』による熱の吸収。


 そして噴上が消えゆく炎の中から姿を現した。その表情にはただならぬ威迫が浮かんでいる。


 再び手を大導路に向けると、途端に腕全体から火柱が吹き荒れた。


 爆発の炎を吸収して放つ、全力の一撃が大導路を襲う。先程よりも圧倒的に大きい炎の塊だった。


「…っ!」


 大導路は本能的な恐怖を覚えるが、どうにかこらえて同じように両腕を突き出す。


 『方向』による防御。


 大導路の両手に炎が触れた瞬間、再び炎は左右に割れた。しかし割れた炎をも飲み込むように後続から大炎が押し寄せてきた。


 手で触れた部分しか『方向』は発動できない。後続の火で炙られて服や体毛が焼けていく気配と匂いがした。


「う…っ!」


 思わず顔を歪ませるが、ここで諦めて腕を下ろしたら全てが終わる。炎に全身を飲み込まれてひとたまりもないだろう。


 渾身の『方向』は間一髪のところで炎を全て受け流した。


 全身汗びっしょりで満身創痍である。


 能力の使用は精神的な負担がかかる、そう気づいたがしかし、冷静に考える時間は与えられなかった。


 接近した噴上の拳が大導路の頬を思い切り打ち抜いた。身体の踏ん張りもきかず無様に倒れてしまう。


「うぁ…!」


「これでおあいこ、というところか」


 大導路を打った手を振りながら噴上が言い放つ。その表情は大導路同様に疲労を浮かばせていた。


 尋常でない威力の炎を吸収して一気に解き放った噴上の身体にも、限界が来ていた。


「もうお前はそこでうずくまっていろ」


 そう言って安在へ近づく。安在は怯えたままその場を動けずにいた。


「安在…」


 噴上が安在に手を伸ばしたところで大導路が立ち上がった。


 再び『方向』による跳躍。


 しかしそれを読んでいたように噴上は素早く振り向き、大導路の方へ腕を横に振った。途端に二人の間に放射状に炎が立ち上がった。


 うわっ…と大導路は思わず脚を止める。昇り立つ炎を全て『方向』で弾いて進むことはできない。


 その間にも噴上は安在の目の前まで辿り着き、頭に右手を置いた。


「安在、お前はもう何も考えるな」


「…噴上…」


「俺の『炎熱』の超高温をお前の脳に伝えれば、お前は一瞬で意識を落とす。そして二度と目を覚まさない」


「…」


「お前はどうせ助からないんだ。この戦いは本当に現実に起きている殺し合いだ。生きたいならお前は人を殺すしかない。だがお前は人を殺せない。それなら俺が、俺の手で殺してやるよ」


 言い終わるのと同時に、噴上の右手付近の空気が揺れた。迸る超高温が安在の頭部に直接流れていく。


「…!!」


 安在はぎゅっと目を閉じるが、その顔や髪が炎上することも溶けて崩れることもない。


「安在!能力を使うな!」


 安在は本能で能力で防御していた。『吸収』が噴上の放つ超高温をどんどん吸い上げていく。


「止めろ!噴上!」


 炎の向こうにいる大導路が叫ぶ。


「うるせぇっ!!」


 ほとんど悲鳴のような叫び声を上げて噴上が腕を振った。その度に暴風のような炎の波が大導路へ押し寄せていく。


「お前は俺と安在の間に入ってくるんじゃあない!お前にそんな資格は無い!」


 怒声を上げた直後に、噴上は左手で安在の首を掴んだ。狙いは頸動脈。脳と頸動脈を超高温で一気に焼き切る算段だった。


 今や噴上と安在の周囲は超高温の空気で包まれている。


 目をつぶり苦悶の表情を浮かべていた安在は薄らと目を開けて、目の前で自分の頭と首を掴む幼馴染の顔を見た。


「ふん…がみ…」


「安在、もう限界がくるはずだ。もう耐えるな」


 安在は脱力しきっていて、能力の使用以外は何一つ抵抗していない。


 『吸収』の使用は本能が起こした半ば無意識によるもので、安在は既に生きる気力を失っていた。むしろこれでいいのかもしれない、という想いと共に安堵感すら抱きつつあった。


 これはなるべくしてなった結果、自分のような弱者がたどり着いた結果。


 噴上を裏切った罪、噴上を失望させた罪、不甲斐ない自分が負う責任。全ては自己責任である。


 私は弱い。弱い者は抗えない。どんなに追い込まれようとも、どれほどの危機にあっても、抵抗することができない。弱者は自身の命すら守れない。


 どうしてこうなったのだろう。もはや分からない。ただ私はずいぶん前から弱かった。

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