第14話-能力発動
大導路は尻餅をついたまま叫ぶ。ブロックは地面に転がって止まった。安在は顔から地面に落ちたまま何も反応しない。
頭上を見た。ベンチの背後は団地の壁、そして団地の外階段があった。
四階の外階段の手すりから男が身体を乗り出していた。
「噴上…!」
離れていたはずの噴上がそこにいた。愉悦でも憤怒でもない、無表情な顔で倒れている安在を見下ろしていた。
噴上は身体を引っ込めて建物の中へと消えた。すぐに階段を下りる音が聞こえてくる。
一階まで降りて姿を現した噴上は手に鉄パイプを握っていた。酷く汚れて赤錆に塗れている。
大導路は転がっているブロックと噴上が持っている鉄パイプを交互に見て観察する。どこかの工事現場か資材置き場で調達したのだと、そう推理した。
噴上は無表情のまま倒れる安在を間近で見下ろしていた。
「…距離を取ることを優先するあまり、方向を変えずに逃げ続けたのは悪手だったな。最後の紅針盤だったが追いかけまくってから起動したら表示されたよ。お前達二人を表す点がな」
無表情のままそう語るが、安在が身体を動かすと途端に顔を歪ませた。まるで不安だったことが的中したとでも言いたげな不愉快そうな顔だった。
「うう…」
安在は上体を起こすと後頭部を手で擦る。見た限り頭部に外傷は無さそうだった。血も全く流れていない。安在は苦悶の表情を浮かべていたが、突然の衝撃に混乱しているだけで激痛によるものではないようだ。
「やはりな。やはりあらゆるエネルギーを吸収するというわけか」
噴上が口を開いた。
「さっき俺の炎を全身で受けていたが火傷一つ無いようだしな。しかし頭にコンクリートをくらっても無傷とは…まさに異能だなその力は」
外傷は無かったが動揺から立ち直れないのか、安在から返事はない。地面に座ったまま呆然と俯いていた。
「しかし無敵の能力なんてのは無いだろう。あのガキ…絶対者は言っていた。殺し合えってな。だから絶対に死なない能力なんか誰にも与えられていないんだよ。お前の吸収にも必ず限界があるはずだ」
噴上は腕を振り上げた。握っていた鉄パイプが下から上へ空気を切る。
大導路は自身の迂闊さに気づいた。呆然としている場合じゃない。突然の襲撃に動けないでいたが眼前の敵はいつでも人を殺せそうな鉄パイプを持っており、そしてその敵の目の前には倒れている標的がいる。
「能力なんか使わず頭に食らっていれば、痛みさえ感じず死ぬことにも気づかずに楽に死ねたってのによ…。今度は能力を使うな。諦めろ」
噴上が言う。振り上げた腕に力が入っているのが大導路の距離からでも分かる。
「噴上!やめろ!」
叫ぶがしかし、噴上は意に介さない。
そして力強く振り下ろされた。
無防備な安在の頭に、鉄パイプが無慈悲にぶつかる。
その直前だった。
「!?」
何かが噴上の懐に飛び込んだ。噴上は最初、大導路に何かを投擲されたのだと考えた。
しかしそうではなかった。
大導路が投げた物ではない。大導路そのものだった。
猛スピードのタックルと勢いに乗って打ち込んだ肘打ちが、隙だらけの噴上の腹部に激突した。
「おあぁっ!」
たまらず声と涎を吐き出して、身体をくの字に折り曲げて二、三歩後ずさった。
急激な内臓の負傷に吐き気を覚えながらも、噴上は目の前に立つ大導路を睨みつけた。
先程は尻餅をついていたはずの大導路が、鉄パイプを振り下ろす刹那の時間のうちに起き上がって跳び込んで来たのだ。
あまりの速さに違和感を覚えるが体調が悪すぎて考えがまとまらない。
「何だ、てめぇ…」
毒づくが、呼吸もままならないため声は小さく大導路には届かない。
混乱と怒りでどうにかなりそうだったが、しかし相手が誰だろうがそれが能力者であるというのなら取るべき行動は一つだった。
右腕を伸ばして手の平を大導路に向けた。
取るべき行動はすなわち、全力の攻撃だ。『炎熱』を使って火事場で吸収していた炎を解き放つ。
噴上の掌から大蛇の如き火柱が吹き出て、一直線に大導路へ向かった。人一人など軽々飲み込んで焼き溶かすほどの勢いだ。
それに対して大導路は殆ど動かなかった。
ただ身体を守るように両腕を突き出しただけだ。それは防御というにはあまりに頼りなかった。しかし大導路は強い自信を覚えていた。
突き出した右腕の手首を曲げて、手の先を左に向けていた。同じように左手首も直角に曲げて手の先を右に向けていた。
奇怪な防御の構えを取り、そして能力は放たれた。
『D』の能力『方向』。
火柱が大導路の両掌に吹き当たった瞬間、太い一本の火柱は左右に分裂した。
一方は真右に、一方は真左に。大導路の身体を避けるように真横に吹き飛んでいき、吹き飛んだ先の地面に落ちた。
「何っ!?」
自身の能力に絶対の威力を確信していた噴上の驚きは計り知れない。未だ地面に座る安在も、呆然と炎の奇怪な動きを眺めていた。
大導路は防御を終えて反撃に動いた。
しまった、と噴上が思った時にはもう大導路の身体は素早く前方に跳んでいた。
その手つきは妙で、前ならえをするように跳ぶ方向へ手の先を向けている。
一秒程度の間に大導路は再び噴上の懐へ高速で入っていた。
「この…!」
接近を許したものの目の前の大導路に鉄パイプをくらわそうと、上体を動かした。
しかしその行動が終わる前に噴上の頭は揺れた。大導路の右フックが噴上の顎をしたたかに打っていた。
その一撃は十分、噴上にダメージを刻み込んだ。
そこからさらにもう一発。腹部に左ストレートをくらった。防御や回避の余裕も無く、思いっきり食らって噴上の身体が後方へ飛ぶ。
衝撃で手からすっぽ抜けた鉄パイプは近くの砂場に突き刺さった。
ろくに抵抗もできないまま吹っ飛び、地面を転がって後方の駐輪場の柱に激突しながら、噴上は思った。
強すぎる…そして速すぎる。
ただの高校生の強さや速さではない。異常だ、という噴上の感想はそのまま真実への推理に変わった。
能力のなせる力だ。
向かってくる炎を左右に別れさせて受け流したのも、能力によるものと見て間違いない。
相手の技をカウンターする能力で炎を受け流したのか?しかし身体能力の強化はどう説明する?
戦いが始まった初日、情報が何もない状況で噴上が正解に到達することはない。
対して大導路は、ほとんど初発ともいえる能力の使用に確かな手応えを感じていた。
上手くいっている。まるでもともとあった自分の一部のように『方向』を使いこなせている。
…大導路の『方向』は手で触れた運動エネルギーの方向を、手の先が向いている方向に変えて、且つ更なるエネルギーを付与させる能力である。
ゆえに左右に手の先を向けていた両掌に炎が当たった時、炎は軌道を変えて左右へ分裂して飛んでいった。
さらに大導路自身に能力を使用すれば手を向けている方向へ加速することができる。通常では叶わない移動力を発揮させられるうえ、打った拳も方向はそのままにしてエネルギーの付与を行い、本来の大導路では到底放てない加速と威力を込めた一撃を放つことができたのである。
防御と攻撃、これが大導路が早々に考案した戦闘スタイルだった。




