第11話-『F』の『炎熱』
「さっきの男は何だったんだ?噴上という奴は知り合いのようだったが。そして君も能力者なのか?」
「…走りながら…色々と…聞かないでよ」
安在は息苦しそうに返す。しかし答える気はあるようで、二呼吸ほどおいてから説明しだす。
「そう…。私もあの集まりに呼び出された一人。あなただってそうでしょ。それにあなたこそ誰なの?」
「俺は大導路憧夢という。改めて助けてくれてありがとう。命の恩人だ」
堂々とした自己紹介と極めてまっすぐなお礼に、安在は逆に不審げに眉をひそめた。
「…君、私の知り合いじゃないよね?…噴上の知り合いでもない?」
「ああ、知り合いじゃない。赤の他人だ。火事が起きていると聞いて、戦いと関係があるなら何か分かることがあるかもと近づいて、そこで噴上というあの男に見つかってしまったんだ」
「…なんだか…すごい迂闊な話ね」
「自分でもそう思うよ」
本当にそうだ、と心から思っているし反省もしている。好奇心は身を滅ぼすとはこのことだ。しかし実際に自分と同じような人間がいることを直視することができた。もはや戦いが現実であることは理解していたが、それでも直接見るのと見ないのとでは、心の構えが変わってくる。
得られた情報は大きい、と考えることにした。
「大導路…くん。とりあえずこのまま逃げよう。噴上から遠ざからないと…。少なくとも二キロ以上は…」
「そうだな、紅針盤の範囲から外れないと…。だが何で知り合いなんだ?俺は参加者は全員適当に選ばれた人達だと思っていた」
「…適当に選ばれたはず。適当に選ばれた結果、たまたま知り合いが選ばれていた、そうとしか考えられない」
「友達じゃないのか」
「…友達だったら殺し合うと思う?」
安在は自嘲気味な表情で見てきた。口調も投げやりだ。
「友達…そう昔は…いや、そんなこと考えてもしょうがないか…。あいつは今、私を殺すことを考えてるの。この戦いのルールに則って、自分の殺したいって想いをそのまま行動に移しているんだと思う」
喋る安在の表情が歪んでいって、泣き出しそうに顔に変わったように見えた。しかし汗を拭うためか、一瞬顔を腕で隠したあとは険しい表情に戻っていた。この後の行動をどうするか考えているような、少なくとも前を向いている表情だった。
その表情を見て、今は自分も作戦を練る時だ、と大導路は前方に向き直る。
「…とりあえず頑張って二キロ以上、できれば三キロ近く離れたと思える距離になるまで走り続けよう」
二人は道路を駆けて行った。
※
薄暗い路地には、ポツリポツリと各所に炎が散らばっていた。
戦闘の残滓として飛び散った火の粉が、周囲の木片や紙屑に触れてさらに火の手を伸ばそうとしていた。
それを一つ一つ、屈んでは指で炎に触れている者がいる。
噴上だった。炎を吹き放った張本人が祭りの後の後片付けのように炎を除去している。
指先で触れると炎はたちまち弱まり、そして消えていった。潰して無理やり消しているのではない。指で吸い込んでいるのだ。
『F』の能力『炎熱』。
炎を吸い込み、任意のタイミングでそれを放出することができる能力だった。
噴上は与えられた能力の名を心の中で唱える。これが自分の力、与えられた力。この力をもって敵と戦う。戦うとはつまり殺すこと。
あの女を、安在を殺すということだ。
安在とは幼馴染だ。安在のことを考えると色々な顔を思い出す。幼少期の頃のはしゃいでる顔、小学校の入学式の時の緊張している顔、中学時代で二人きりの時に時折見せてきた、今思い出しても心意がよく分からない意味深な表情の顔。
多くの顔を知っている。自分は安在という女を知っている。真面目で優しい性格で知られていることも。友人の多い人間関係も。
そして醜い本性も知っている。
かつては記憶の中の安在の顔に憎しみを抱いていなかった。代わりにもっとずっと安らかな感情を抱いていた。だが今はそうではない。
俺が殺す。俺が殺さねば。心がずっと唱えている。
全ての火を消して路地を出た。とうに安在ともう一人の男の姿は消えている。探さねばならない。
歩いている最中も安在のことを考えている。これまで見た様々な表情、様々なシーンが目の前に広がる。思い出を振り返ることを執拗に繰り返しているのは何故だろう。
分からない。だが殺さねば。
戦いは始まったのだ。俺が殺さねばならない。
あいつは、この戦いで生き延びられるような人間ではない。
※
…人は環境を選べない。人生の何割かは運だ。
噴上風火は自分の人生を客観的に評価する時、運が悪かったと思っていた。それも極めて悪かったと思っていた。
極貧の家庭で育った。父親も母親も悪い人ではなかったが、ただただ貧しかった。貧しい理由は父親が何らかの理由で背負った多額の借金らしかったが、その詳細はどうでもいいことだった。
重要なのは貧しすぎて何も手に入らないということだ。玩具も、本も、自習用の教材さえも。家族旅行も一度として行けなかった。
貧しさは自由の反対語だ、と幼くして思った。貧しいと選択肢が減る。選択の余地の無さは自由と対極だった。アレを買うかコレを買うかという悩みを今まで抱えたことがない。それは両親も同じで、最低限の生活をどうにか維持するために最低限の生活用品と食材を買うだけの日々だった。
選択の無さが生活の閉塞感を強めていた。自分の住む町以外何も知らない。自転車も無いから行ける範囲は限られるし、必要でない限り電車もバスも乗れない。十歳になっても電車に乗ったのは両手で数えられる程度だった。
そんな噴上にも夢はあった。
六歳の時に高熱で倒れた時のこと、両親は健気に看病してくれたが金がないことを理由に病院へ連れて行ってくれなかった。市販の薬すら処置されず、ただの風邪でありながら噴上は命を脅かされていた。
ある青年が噴上の家に訪れた。青年は近所に住んでいる医師免許を取ったばかりの若い医者だった。寝込んでいる噴上の話をどこからか聞いて訪ねてきたのだ。完全なる善意で、青年は無償で診察をした。さらには家庭用の医薬品をわけてくれた。
柔らかい笑みでこちらを見てくる青年は自分とは違う生き物のように見えた。両親とも違って見えた。両親は常に追い詰められているような、悲壮感を宿した顔を日頃浮かばせていた。青年は違う。心の余裕が表情から感じ取れた。余裕ゆえの安らぎ、安らぎゆえの慈愛。
笑顔で人の性格や本質が分かる。自分もこういう笑顔ができる人間になりたい。
風邪が完治し熱が引いたことで通常以上に鮮明になった意識が、自分は医者になりたいと決めさせた。心の余裕を得るために、慈愛の心を持つために、他人への優しさを持つために。大人になったら自分のような苦しい環境の子供達に優しさを与えたいと思った。
それから噴上は両親に事あるごとに医者になりたいと話した。両親はそれについて何も言わず微笑んだ。その微笑みからはどこかを陰りを感じつつも、この道を進むことが両親の家計を助けることにも繋がると信じて自身の夢を強固なものにした。
自身の夢を幼馴染の安在にも話した。安在とは物心つく前から一緒で、何でも話す仲だった。噴上は安在のことが好きだった。
「僕は必ず医者になるよ」
「応援するね。私ができることなら何でもする」
安在は微笑んでそう言ってくれた。




