若い戦士
魔物を退治するという依頼を受けて出ていった旅の戦士が、一向に戻ってこない。
立ち寄った村でそんな相談を受けた旅の戦士ドライオは、ふうむ、と腕を組んだ。
「戻らず、もう何日になる」
「三日です」
村長は答えた。
「魔物の棲む森までは、たった半日の距離ですのに」
「そうか」
ドライオは頷いた。日は少し傾きかけていたが、村長からその場所を聞き出すと、下ろしかけていた荷物をまた背負う。
「その戦士がまだ生きてたら、連れ帰ってくるから報酬はそいつにくれてやってくれ。だめだったら、俺が魔物を退治してくるから、そいつにやるはずだった報酬を俺に」
そう言い残して、ドライオは村を発った。
すっかり暗くなりかけた頃、ドライオは目的の場所にたどり着いた。
ランプの灯が、周囲を照らし出す。
ドライオの鋭敏な目は、戦いの痕跡を見逃さなかった。
ここでやり合ったな。
戦斧を右手に持つと、ランプを高々と掲げる。
集まってくる羽虫に構わず、ドライオは声を張り上げた。
「いるか」
その声は、静かな森の中に響き渡った。
「まだ、生きてるか」
同じ言葉を、何度か繰り返す。
やがて、自分の大声がすっかり静寂の中に吸い込まれていくのを確認してから、ドライオは荷物を下ろした。
今日はここで夜を明かすつもりだった。
だが、携帯食の干し肉を齧っていたドライオの耳に、微かな声が聞こえてきた。
「おうい」
弱々しい声だった。
「こっちだぁ」
ドライオは立ち上がると、戦斧とランプを引っ掴んで声のする方へ走った。
低い茂みの先の斜面。ドライオがランプを掲げて見下ろすと、若い男が一人、手を振っているのが見えた。
「おうい、ここだ」
男は言った。
「助かった」
「大丈夫か」
ドライオは声を掛けながら、斜面をゆっくりと下る。
「そこから動けねえのか」
「魔物を倒すときに、ここまで転がって足を挫いた」
若い男はそう答えた。
「よかった。水だけ飲んで堪えてきたが、もう限界だったんだ」
「そうか」
ドライオは男の元までたどり着いた。
頬に血がこびり付いていた。流したのであろう血の匂いがする。
「災難だったな」
ドライオは男の腋の下に腕を差し入れた。
「立てるか」
「すまねえ」
男はドライオに支えられて立ち上がるが、顔をしかめて低く呻いた。
「いてて」
「ずいぶん怪我したな」
「なあに」
男は表情を緩めた。
「転がったときの怪我がほとんどだ。魔物には大してやられちゃいねえ」
「そうか」
ドライオは頷く。
「若いのに、腕がいいんだな」
「こう見えても、それなりの場数は踏んでるんだぜ」
そう言った途端、男はまた顔をしかめて呻く。
「あ、いてて」
それでも、傍らに転がっていた剣と荷物を拾うことは忘れない。
「商売道具を忘れるわけにはいかねえ」
「おう。誰も持っちゃくれねえぞ」
ドライオはそう言うと、支えた腕に力を込める。
「上まで登るぞ」
「ああ」
男は頷く。
「あんた、すげえ力だな」
助けられた安堵感からだろう。若い戦士の口はよく動いた。
「今回ばかりはさすがにもうだめかと思った。来てくれて本当に助かったぜ」
「お互い様だ、こういうことは」
ドライオはそう言うと、男の様子を確認しながら、ゆっくりと斜面を登り始める。
「いてて」
「我慢しろ」
「次は何かあったら、俺があんたを助けるぜ」
「期待しねえでおくぜ」
斜面をようやく登り終えて、ドライオの荷物が置かれた場所まで戻った頃には、二人とも汗だくになっていた。
「ほら」
しゃがみこんだ若い戦士に、ドライオは水筒を差し出す。
「飲め」
「ありがてえ」
若い戦士が喉を鳴らして水を飲むのを、ドライオは黙って見守った。
「うまかった」
「そうか」
水筒を受け取ると、ドライオはそれを荷物に括り付ける。
「今日はここで野宿だな」
ドライオは若い戦士に背を向けて、荷物をほどき始めた。
「それで明日の朝、村に」
言いながらドライオは振り返った。
右手の戦斧が唸りを上げる。
剣を振り上げていた戦士の上半身が吹き飛ぶように地面に叩きつけられた。
「……どうして」
目を見開いて、若い戦士が呟く。
ドライオは答えず、少し悲しそうにその顔を見た。
戦士の身体がぐにゃりと歪んだ。
ドライオの目の前に残った戦士の下半身も同様に、元の姿を取り戻していく。
ぬめりとした灰褐色の鱗。爬虫類を思わせる顔。
それが、擬態を得意とする魔物の本当の姿だった。
「どうして、分かった」
魔物が呻いた。
「俺が、奴ではないと」
「血の匂いが濃すぎるんだよ」
ドライオは言った。
「あんなに血を流して、生きてられる人間なんていねえんだ」
「……そうか」
魔物は牙を剥き出した。
「うまく化けたと思ったのにな。人間は脆いんだな」
それが最期の言葉だった。
ドライオは、魔物に食い殺された若い戦士のためにしばし祈ると、ほどきかけていた荷物を再びまとめ始めた。