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0の庭  作者: 七星ドミノ
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1-5

 倉内探偵事務所のドアは、一言で表すとカラフルだった。ドアノブには可愛らしいカバーが付いているし、ドアの曇り硝子にはビビットな色で星やらハートやらがペイントされている。


 一瞬、本当にここで合っているのかと、外に出てハート型の看板を二度見した。確かに倉内探偵事務所と書いてあるので扉をノックしようとしたところ、中から甲高い女性の声が聞こえて来た。


「もぉ! どうして出てくれないのよ、パパ! 今すぐどうしても、ちょっとだけお金が必要なのに!」


 円は佐村と顔を見合わせてから「失礼します」と声を掛けてドアノブを回した。入った瞬間、やはり場所を間違えたのかと思った。


 事務所内部はファンシーグッズやぬいぐるみで埋め尽くされ、その中心で体重百キロを優に超えていそうな肥満体型の女性がスマホを握りしめて地団太を踏んでいる。


 助けを求めて視線を横にやれば、さすがの佐村も気圧されたようで言葉を失っていた。肥満度でいえば円の父の方がはるかに上だったし長身でもあったので、単に迫力のみを追求するなら彼女など足元にも及ばないが、色鮮やかなタイトなワンピースに無理やりねじ込まれた体が、黄色い声と共に上下に揺れる光景はなかなか精神的に来るものがある。


「……あ、お客さん?」


 呆然と立ち尽くしている円達にようやく気付いたようで、倉内未歩と思しき女性は慌ててスマホを、可愛らしくデコレーションされた事務机の上に置いた。


 どうなることかと思ったが、とりあえず三人とも席に落ち着きほっとする。出された麦茶は砂糖を大量投入したのか喉が焼けるほど甘く、隣で佐村がしかめっ面のまま「毒物かよ……」と吐き捨てるのが聞こえた。


 倉内と円達を隔てるテーブルの上にはバスケットが置いてあり、その中にチョコレートやクッキーなどが山盛りに盛られている。


「それでぇ、今日はどうしてここへ?」


 意識して作っているのだろう甘ったるい声で言いながら、彼女は菓子を摘まんでは口の中に放り込んだ。その食べっぷりに呆気に取られ、質問に答えずに見詰め返していると、倉内は意味がわかったようで少し照れたように笑いながら口の端に付いたチョコレートを手の甲で擦り取った。


「お菓子はいつもお徳用パックを買うの。だって、やっぱり一番重要なのは量だもんね。お腹がいっぱいになると、幸せになれるんだ。あ、でもバレンタインの時だけは奮発しちゃうよ? 普段は食べられないチョコが沢山出るからすっごく楽しみなの!」


 どうでもいい情報だった。


「今日は仕事の依頼でここへ来たんだよね? ちなみに、報酬っていくらくらいもらえるのかなぁ?」


 倉内は菓子の油と砂糖で汚れた手を、自分の服に擦り付けるようにして拭いた。彼女は一見して二十代後半くらいに思えるが、子供の頃の癖が抜けないまま成長したのだ。


「成功報酬ですが、今回の仕事に協力して下さった方全員に百万円をお支払いします」


「わっ! それほんと!? もう絶対引き受けちゃうよ、それ!」


 倉内は円の両手を握って上下に勢いよく振った。手の間で菓子の油がぬめる。


「あの、まだ仕事の内容を話してないんですが……」


 話を聞く前に安請け合いする探偵に不安を覚える。


 円は多少気圧されながらも現在の状況と、ここを訪れた理由を話した。真剣な顔でふむふむと話を聞いている倉内だが、その間も菓子を食べる手と口は止まらない。カラフルなネイルは菓子の油分で、てらてらと光っている。


 一通りの状況を理解したらしい倉内は、ようやく満腹になったのか菓子に伸びなくなった手で巻き髪をくるくるともてあそびながら言った。


「ここね、見てもらえばわかると思うんだけど、あんまり利益が出てないの。わがまま言ってパパに事務所を作ってもらったのはいいけど、探偵って私には合わなかったみたい。もう永久就職しちゃおうかなぁ」


 ちらちらと佐村に視線を送る倉内。倉内が付け睫毛がびっしりついた目を急にぱちぱちと瞬いているのを、円はたくましい女性だなと思いながら他人事のように眺めていた。隣の佐村は事務所の窓から見える高級ハム店の看板を真剣な面持ちで見やっていた。


「はぁ……ダメダメ。冷たい人はNGなの、私」


 倉内は聞えよがしに大袈裟な溜息を吐く。


「それで、できるだけ早く現地に向かいたいんですが、明後日の午前十一時にK県のH駅集合ということで不都合はないですか?」


「オッケーだよ~。私もできるだけ早く鼻を高くして目をぱっちりさせたいから急ぎたいな」


 ようするに整形がしたいので、可能な限り早く報酬を受け取りたいという意味だろうか。


 スマホにスケジュールを入力している倉内を眺めながら正直円は、こんな人が協力者で大丈夫なんだろうかという不安を覚えずにはいられなかった。


「えっと、現地では携帯の電波も届きませんしインターネットも使えないので、そこの所はよろしくお願いします」


「ええ!? そこって、人が住める場所!? うそぉ、未歩ってば守ってもらわないと死んじゃうかもー!」


 悲鳴に近い声をあげて太い体をくねらせる倉内を、もはや佐村は眼中から抹消したようだ。何も言わずに入口のドアに向かって歩き出す。円もそれに続き「それでは失礼します」と頭を下げてから、ファンシーなドアの奥に倉内未歩を封印した。


「俺一人でよかったんじゃないのか」


 次の目的地であるカフェに向かう途中で佐村が言った。倉内未歩に不安を覚えたのだろう。円もなぜ父の友人を名乗る人物が倉内未歩を頼りにしたのか、実際に彼女に会ってみて訳がわからなくなった。


 しかし、やはり頭を掠めるのは硝子の館に行くと言ったきり、十四年も戻らない祖父のことだ。硝子の館には何かがある。万一の有事の際に備え、協力者は多いに越したことはないだろう。


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