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0の庭  作者: 七星ドミノ
43/53

4-3

 佐村の手元を覗き込むと、驚くべき写真が目に映った。

 倉内未歩が、宵闇の中、猫らしき動物の首を締め上げている写真だ。

 そこにはメモの情報も一緒に入っていた。


 倉内未歩がストーカーしていた男の想い人が安来和泉だったために、安来を逆恨みした倉内未歩は、安来の評判を落とそうと、彼女が請け負った依頼の動物を殺していたのだという。


 こうして安来探偵事務所に不穏な噂が流れたのだ。


 三原はまた倉内がよからぬ行動を取った場合、次はこの写真で脅しを掛けるつもりだったようだ。


「これは安来には言わない方がいいか。わざわざ話して聞かせる利点もないしな」


「そう、ですね」


 スマホを元の位置に戻し、佐村と円は次の部屋へと向かった。


 隣を歩く佐村は、この調査で何かを掴んでいるのだろうか。

 疑問を抱えたまま、円達は和泉の部屋の前までやって来た。十の間に入り、バスルームに散乱していた三原の遺体を調べる。そこで円は、三原の時計が少しだけ遅れていることに気が付いた。


「佐村さん、三原さんのデジタル時計、遅れてますよ」


「デジタル時計が遅れるなんてことはあり得……なんでそんなことがわかる? お前は時計を持ってないだろ。さっきからスマホも見ていないし」


「さっきガーデンテラスで見た和泉さんの時計は、午後七時四十八分三十二秒でした。この時計はまだその時間になっていません」


 秒まで表示されるタイプの三原のデジタル時計は午後七時四十一分二十秒。つまり遅れているのだ。


 なぜ、三原の時計は遅れてしまったのだろうか?


「スタンガンの電圧で壊れた?」


「時計の耐電圧試験に使われるのがスタンガンだぞ」


「そうなんですか? 知りませんでした」


「俺の父親は時計師だったからな」


 それで時計の知識を持っていたのかと納得する。納得はしたが、今度は三原の時計が遅れた理由がよけいに分からなくなった。


 円が三原の時計について考えていると、佐村は何かを閃いたらしく、三原の手首から腕時計を外した。


「すいません三原さん。こいつ借りていきます」


 佐村は三原に断って、金の腕時計を自分のポケットにしまった。立ち上がった佐村の横顔には迷いがない。


「行くぞ。あの女に懺悔させてやる」


 犯人が、分かったのだろうか。


 佐村が足早に向かった先は、四の間だった。


 逃亡防止のために寄せた棚のバリケードを二人でどかし、部屋の扉を佐村が乱暴に蹴破る。


 突然の侵入者にさぞかし驚いたことだろう。門野は小さく悲鳴をあげて、怯えた顔で佐村を見ている。


 佐村は大股で門野に近付くと、彼女の胸倉を掴んで壁に押し付けた。


 その隣で円はおろおろしていることしか出来ない。いくら門野が犯人だったとしても、やり方があまりに暴力的だ。


「正直に話せよ。俺を怒らせないように、慎重に言葉を選んでな。万一嘘を口にしたら、指の骨を一本ずつへし折るぜ」


 佐村が冗談を言っているようには見えず、今にも人を殺せそうな鋭い眼光で門野を睨み付けている。


 怯え切った門野は顔をひく付かせながら真実を話し出した。




 ――すべてを話し終えると、門野は床に両手をついて項垂れる。


「だって、そうするしかなかったんだもの……」


 彼女の脇には、一人で愛でていたのだろう、赤い大きな宝石が転がっていた。それが、硝子の館に隠されていたという数百カラットの赤ダイヤなのだろうか。


 何かを握っていたような痕跡を残して死んでいた司堂の姿が思い浮かぶ。この宝石ならば、丁度あの手の形にぴったりと収まるのではないか。


 門野の答えに満足したらしい佐村は「行くぞ」と部屋を出ようとする。


「お前も来いよ、門野。全員の前で罪を暴いてやる」


 それから安来も部屋から呼び出し、全員でガーデンテラスへと向かった。


 その途中で円は、今まで書き溜めたメモを「貸せ」と言われたので佐村に手渡した。中身を確認して、佐村は何かに納得するように頷いた。


 ようやく少しだけ役に立てたようで嬉しい。


 両開きの扉を開けると、ガーデンの人工芝生の上に両足を放り出して座っていた和泉が何事かと顔を上げるが、このままでは何を言おうとこちらの声は和泉には聞こえない。


 佐村は鉄扉の鍵を開け、そして明言した。


「犯人が分かった」


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