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佐村は壁に立て掛けられていたボストンバッグの中身を床に広げた。携帯食料にペットボトルの水、男にしては多すぎる着替えに、歯ブラシや剃刀などの生活用品。三日間の滞在が予定された旅行先へ行くには、ごく当たり前のものばかりが詰め込まれている。
その中にひとつだけ、異質なものが混じっていた。ボストンバッグの一番奥に、ティッシュで何重にもくるまれた塊だ。佐村がティッシュを剥がしていくと、中から出て来たのは金縁に赤い宝石が嵌った楕円型のブローチだった。縦三センチほどの大きさのそれは明らかに女物だ。
「なんでこんなもの持ってるんだ?」
「門野さんへのプレゼントでしょうか?」
「ティッシュで包んでか?」
「おかしいですよね。なんだろう」
無遠慮にブローチを弄っていた佐村は、ブローチの宝石部分が押し込めるボタン式になっていることに気が付いた。
「おい、多分これだ」
「え?」
佐村は立ち上がり、何を思ったのか床に置いたブローチを思い切り踏み付けた。かしゃっと妙な音がした。
佐村が足をどけると床には、赤い宝石の下でよくわからない機械のようなものが潰れており、小さい頃に分解して両親に怒られたテレビのリモコンのようだと思った。
「もしかしてこれが起爆装置だったんですか? どうしてこんな場所に」
「宝石部分はガーネットか何かだな。少し手が器用で知識のある奴なら自作出来るレベルのものだが、ある程度金がないと宝石部分の調達が難しいだろ」
「ここにあるっていうことは、司堂さんが吊り橋を爆破したってことなのかな……」
「さて、どうだろうな。司堂が何かの目的で動いていたことは確かだが」
佐村は何か思い当たる節があるように見えたが、現段階では口にしたくない様子だ。
それにしても、こんな重大なことを隠していたなんて、司堂は一体ここで何をしようとしていたのだろうか。
「次は十一の間へ行く」
円は返事の代わりに、ごくりと唾を飲み込んだ。
あそこには、ここに来て初めて見て以来、封印したままの父の遺体が放置されているし、まだ熱が残っていた百瀬の遺体を閉じ込めた場所でもある。
偽物だったとしても、円は百瀬の笑顔を知っている。あの顔が、今どのような状態になってしまっているのか、正直見るのが怖かった。
「嫌ならここで待ってろ」
佐村は気を遣ってくれたのだろうが、それでは助手失格だ。
円は「いえ、行きます」と答えて、佐村に続き十一の間へと足を踏み入れた。
百瀬の遺体は食い荒らされ、破れた服から覗く横腹からは、赤黒い内臓のようなものが覗いている。腐り落ちた眼窩にたかる蝿と蛆がぐるぐると這い回るので、まるでそこにはすでにないはずの百瀬の眼が動いているようで気味が悪かった。
佐村と円は口と鼻を覆うようにハンカチを押し当て、百瀬の死体や周囲を調べた。父の方は極力見ないようにする。臭いが酷く、あまり長くはいられそうもない。
「これ、百瀬が腕に貼っていたやつだ」
剥がれて床に落ちていた白い小さな四角いものを佐村が指差す。
「ニコチンシールですか?」
「どういう原理で禁煙が出来るんだっけな」
「経皮吸収を利用した医療品ですね。皮膚からニコチンを吸収することで、長期にニコチンを摂取出来ないことによる脳の苛々を静める役目があります。でも扱いには医師の許可が必要ですよ。中身は濃度の高いニコチンなので、謝って口に入れたりしたら大変ですから」
「詳しいな。使ったことがあるのか」
「私は生まれてこの方一度も煙草を吸ったことはありません。父の会社で扱っていた商品に似たものがあっただけです」
腐臭に耐え切れず、二人で十一の間を後にした。
「確証がほしいんだよな」
佐村は独り言のように呟いた。




