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0の庭  作者: 七星ドミノ
28/53

3-5

「ところで、倉内の部屋を調べたいんだが、いいか?」


「そうだな、嬢ちゃんの部屋に何か手掛かりが残されているかもしれない」


 佐村の提案に真っ先に同意を示したのは三原だ。この二人はなんだかんだでとても息が合う。二人なら事件を解決に導いてくれるのではないか。そんな期待をせずにはいられない。


 次々と腰をあげる面々の中で、司堂と門野だけは動こうとしなかった。佐村に無意味に弄られて痛手を負ったのだろう。二人の顔には疲労が色濃く滲んでいる。


 円、佐村、三原、和泉、安来の五人で訪れた九の間の床には、先ほども確認した通り菓子袋が散乱していた。どれだけの菓子を腹に詰め込んでいたのだろうか。部屋に戻ってからも手と胃を休めることなく物を食べていたに違いない。


 倉内の荷物の中には徳用の菓子がこれでもかというほど詰め込まれていた。それに大量の衣服と化粧道具。備え付けの机の上にはビビットなピンク色のミュージックプレイヤーが置いてある。安来が戻しておいたのだろう。持ち主をなくしたプレイヤーが、円の目には虚しく映った。


 机脇のゴミ箱の中を覗くと透明な袋が入っていた。その口を縛っていたらしいピンク色のリボンも一緒に捨てられている。袋の中には菓子の屑が少しだけ残っているのが見えた。


 バスルームでは下着を着替えたようで、館へ到着した時に着ていた服も大ざっぱに床に脱ぎ捨てられていた。九の間に、その他に気になるものはなかった。


「何か気になることはあったか?」


「いや」


 三原の問いに、佐村は短く答えた。その返事は、何も見付からなかったというよりも、考えたいことがあるから話しかけないでくれ、といったニュアンスに近いように思えたのは円だけだろうか。


 時刻は午前三時半を過ぎていた。さすがに皆の顔に疲労の色が見て取れる。


 倉内の部屋を出ると、外で待機していたらしい司堂と門野が「何か見付かった?」と聞いて来た。


「特に有用なものは残されていなかったよ」


 沈んだ声で和泉が答える。親しかった神無木夫妻に続き、自分を慕ってくれていた女性の死が相当堪えているようだ。和泉の顔は最初に会った時よりも、この短期間で随分と老け込んだように見えた。


「それより、さすがに疲れたわ。そろそろ休まないと限界よ」


 門野の発言に異を唱える者はいなかった。こんな状況でゆっくり休めるとも思えなかったが、それでもこれ以上踏ん張っても頭が働きそうにない。


「ひとつ提案がある」


 司堂が真面目くさった顔で切り出した。


「犯人が外部犯である可能性もあるが、俺自身はこの中にいるって考えているんだ、悪いけどな」


 誰も反論はしない。誰もが少なからずそう考えているからだ。


「そこで、ほら、雪山とかでよくやるだろ、前の奴が次の奴の背中にタッチして、延々と回り続けるやつ。あれに似たやつをやったらどうかと思うんだ」


 司堂が提案したルールとはこうだ。一日を八等分した三時間おきに部屋を回る。


 まず二の間の司堂から始まって、三の間の三原に声を掛けに行く。三原は呼びに来た人間をしっかりと確認してから中からノックなり声を出すなりして返事をする。司堂は自室に戻り、それを確認した三原が部屋を出て四の間の門野の部屋をノックする。彼女から返事があることを確認して三原は部屋に戻る。門野は六の間へ円に声を掛けに行き……それを二の間へ和泉が訪れるまで繰り返す。以上が一セットだ。後は部屋に閉じこもって、また次の周回時間がくるのを待つ。


 試しに全員で回ってみると、一周終えるのに十五分ほどで済んだ。誰かがすぐに応答できない時間があると考えても、一周三十分は掛からないだろう。


 ただし、これには重要な決まりを設ける。


 扉をノックしに行く人間は周囲に気を配り、担当外の人間が廊下にいるのが見えたら即座に大声で助けを呼ぶこと。幸いこの館の構造上、身を隠す場所が廊下にはないし、空き室になっている部屋からは距離をとって注意して歩けば声を出す間もなく突然襲われるといったこともない。


 さらに扉をノックされた部屋の住人は、必ずドアスコープから相手の顔を確認することが特に念押しされた。


 これなら三時間おきにそれぞれの生存確認ができるし、もし誰かが殺された際に、犯人を容易に浮上させることが出来る、と司堂は言うのだ。


「そんなことしなくても、全員で固まっていれば……」


 安来の提案を司堂が遮る。


「この中にいる犯人が、三人以上の複数犯である可能性だってあるんだろ。あの女の巨体を持ち上げるだけの力は一人では無理だ。そんな奴らと一緒の部屋にいたら返って気が休まらない。しかも助けが来るまで最低でも二日近くあるんだぞ。不眠不休で見張りあってろって言うのか? このルールの利点は、三時間の間、各々休むことが出来るところにあるんだよ」


「ずっと各自部屋に籠って、絶対に外に出ない方が安全じゃないですか?」


 円が言うと今度は門野が反論して来た。


「ここって外側の壁は耐火性みたいだけど、内側に火でも放たれたらどうするの? 適度に見回らないと、廊下にガソリンでも撒かれて火を点けられたら逃げ場がないじゃない、この館」


「犯人は一人一人殺すことになぜかこだわっているようだから、それはないと思うが……しかしこの状況でも安否確認と休息が同時に行えるのは正直嬉しい」


 三原は司堂の提案に賛成のようだ。そんな三原の目は門野に向けられていた。彼女の体を舐めるように見ている。これがなければ手放しで信頼出来る名探偵なのだが、なかなか人間というものは欠点を持たずには生きられない生き物のようだ。


 そんな三原に冷めた視線を向けている佐村に気付き、円は彼も同じことを考えているのかなと思った。


「では、司堂君が提案したルールで、それまでは各々部屋で休息を取るということで異論はないね?」


 和泉がまとめる。誰も反対意見を口にする人間はいなかった。


 佐村は先ほどからずっと黙ったままだ。何かを考えているようだが、その考えを他者に言うつもりはないのだろう。誰が犯人か確定に近い目星が付かない内ならば懸命な判断に思えた。何しろこの館に潜んでいる犯人は円達全員を狙っているのだ。的確な推理力を発揮して犯人に邪魔に思われたら、次のターゲットが佐村になってしまうかもしれない。


 考えたら途端に怖くなり、円かは佐村の横顔を見上げた。佐村がいなくなる。そんなこと想像するのも嫌だった。いつでも堂々としていて、物怖じしない彼の強さは、円にとっても見えない敵と戦うための武器なのだ。


 円の視線に気付いたのか、佐村はこちらを見た。少しだけ口角が持ち上げられた気がしたが、瞬きをして次に見た彼の顔はいつもの仏頂面で、妄想でそう見えてしまったのかなと思った。


「もうじき四時になるな。じゃあ最初の見回りは午前七時から開始するぞ」


 時刻は朝方の三時五十分だった。疲弊した面々は司堂に頷いてから自室に戻った。


 鍵をしっかりと掛けて円はベッドに寝転ぶ。相当疲れているはずなのに脳だけが異様に冴えていて、目を瞑っても一向に睡魔がやって来ない。仕方がないので円なりに事件の整理をしてみようと思い立った。


 犯人は吊り橋をどのタイミングで破壊したのか。全員が館に到着してから見計らったかのように爆破したということは、犯人は少なくとも全員の居場所と状況を把握できる位置にいたということだ。遠隔起爆装置を使ったことは明らかだが、直後の身体検査で誰も所持していないことが確認されている。


 ガーデンテラスでは全員が同じ毒を盛られたはずなのに、なぜ百瀬だけが回復せずに死んでしまったのか。三原と安来の症状が軽かったことが何か関係しているのかもしれない。


 倉内未歩は部屋を出る前にシャワーを浴びたようだが、その後でクッキーを口にしたようだ。急に小腹がすいて燃料を補給した?


 考えれば考えるほど、円の思考は混乱して行く。やはり慣れないことはするものではないな、と思った。


 佐村は何かに気付いている風だったが、今は話を聞きに行くこともできない。時間外に迂闊に廊下に出れば、犯人と間違え兼ねられないし、佐村もさすがに疲れて休んでいるだろう。


 円は大人しく目を瞑り、門野が呼びに来るのを待つことにした。


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