24.カールロ様とスティーナ様の新年の宣言
年末になって、マウリ様が大きな紙に一生懸命数字を書いていた。それを壁に貼ってフローラ様を呼ぶ。
「ここが、みーとクリスさまとラントりょうのちちうえとははうえのくるひ」
「みー、くー」
「きょうが、ここ! まいにち、ひとつずつすうじをけしていくから、いつくるかわかるからね」
「あい!」
「フローラ、いいこでいっしょにまとうね」
「あい!」
去年わたくしがやったのと同じことをマウリ様はフローラ様にしている。それはちょっとした感動の光景だった。スティーナ様が妊娠して兄になるということを考え始めた矢先にフローラ様がやって来て、マウリ様は一足早く兄になった。まだフローラ様と会っていないミルヴァ様に会う日をフローラ様に教えようと、兄の自覚ができているのがわたくしにとっては物凄い感動的な出来事だった。何より話し合う二人は可愛らしい。
サロモン先生はあれ以来何度かヨハンナ様に詩を渡しているようだが、やはり難解でヨハンナ様の理解の範疇にはなかった。わたくしも見せてもらったが、よく分からない比喩が並んでいて、どういう意味なのか分かりかねる。
古代語よりもサロモン先生の詩は難解かもしれなかった。
そのような状況なのでサロモン先生とヨハンナ様の仲が近付くこともなく、年明けを迎えそうだった。
年明けのパーティーにはヘルレヴィ領中の貴族が集まる。フローラ様の弟は生まれたばかりなので来ないだろうが、フローラ様はニモネン家に引き取られ、ヘルレヴィ家で育っていくことをはっきりと周知されなければいけないだろう。
「ヴァンニ家のご子息は無事にネヴァライネン家に引き取られることになった」
「エーリク様が喜ぶことでしょう」
「将来はヴァンニ家を継ぐように頼まれるかもしれないが、今のところはフローラはニモネン家で、ご子息はネヴァライネン家で養育される」
朝食の席でのカールロ様の知らせにわたくしは心底ほっとしていた。ヴァンニ家の夫婦が当主から降ろされて隠居させられ、次に当主に着いたのが遠縁の老夫婦で子どもがいないということなので、そちらにご子息とフローラ様をお渡しするのが筋だったのかもしれない。
「兄弟もいないで一人きりで育つよりもネヴァライネン家とニモネン家で伸び伸び過ごして欲しい。私たちは年齢も年齢だから、しっかり遊んであげることもできない」
そのように老夫婦は言ってくれていたので、フローラ様とご子息が育つまでは特に邪魔されることなく安心して過ごせた。
「おとうさま、フローラのおとうとのおなまえはなぁに?」
「えっと、ターヴィだったかな」
「ターヴィ! フローラ、おとうとはターヴィっていうおなまえで、ネヴァライネンけにいるんだって」
「たー?」
フローラ様の代わりにマウリ様が聞いてあげているが、フローラ様はあまりよく分かっていない様子だった。すっかりとニモネン家の娘になっているフローラ様。ヨハンナ様やハンネス様によく懐いている。
ハンネス様の最近の悩みはサロモン先生とヨハンナ様のことなのだが、ヨハンナ様はサロモン先生から好かれていることに自覚がなかった。
「『咲き誇る花のように』……サロモン先生はお花が好きみたいですね。子ども部屋に飾りましょうか」
「いや、ヨハンナ様、それはあなたのことで……」
「年上を揶揄っちゃいけませんよ」
笑い飛ばされてしまうサロモン先生が若干気の毒でもあった。
年明けのパーティーのために新しい服を誂える。マウリ様は来年には6歳になるのでジャケットとハーフ丈のスラックスにベストの三つ揃いのスーツを誂えていた。フローラ様は薄紫のドレスを、わたくしはヘルレヴィ・スィニネンと呼ばれるヘルレヴィ家だけで染められる鮮やかな青いドレスを誂えてもらった。
「高価なのではないですか?」
「ヘルレヴィ家の次期当主の婚約者の衣装ですから。ぜひヘルレヴィ・スィニネンを着てください」
ヘルレヴィ・スィニネンを着ることによって、貴族の中でブームが生まれればヘルレヴィ領が潤う。わたくしもスティーナ様もヘルレヴィ領のお洒落の宣伝塔でもあるのだ。
少しお腹が目立つようになってきたスティーナ様は細身の体に、胸で切り替えをするお腹を締め付けないドレスを誂えていた。ヘルレヴィ・スィニネンは女性だけでなく男性にも使われる。鮮やかな青いスーツを着たカールロ様はわたくしでも見惚れるほどに格好良かった。
「カールロ様、そんなに素敵なのですから、前髪もちゃんと上げて、整えてください」
「スティーナ様に言われたらそうしないといけないな」
笑み崩れているカールロ様にスティーナ様がそっと告げる。
「赤ちゃんも生まれます。わたくしのことは、スティーナと呼んでくださいませ」
「スティーナ……俺のこともカールロと呼んでくれ」
「はい、カールロ」
結婚するまでが急だったのでどこか遠慮のあった二人も、スティーナ様が妊娠したことによって距離が縮まったようだ。
「やっぱり、わたしも、にいさまによびすてにされたいー!」
そこで黙っていないのがマウリ様だ。『マウリくん』と今はハンネス様は呼んでいるが、それでは我慢できなくなったようだ。
「私如きがマウリ様を呼び捨てなど」
「『さま』にもどったぁー! フローラのことはフローラってよんでるのに……まーのこと、きらい?」
ぐいぐいと近付いてくるマウリ様にハンネス様も折れた。
「マウリ……私の可愛い弟」
「にいさま! わたし、にいさま、すき!」
最初の頃にはやきもちを焼いたり、慣れなかったりしたのが嘘のように今はマウリ様とハンネス様は仲良くなっている。二人の様子を微笑ましく見ていると、マウリ様がわたくしの手を握った。
「にいさまはすきだけど、れんあいかんじょうしてるのは、アイラさまだからね?」
「はい。わたくしもマウリ様が大好きです」
可愛くて堪らないマウリ様。
このままの関係が続いて行って、いつか青年になったマウリ様に熱っぽく告白されるときが来るのだろうか。そのときには詩ではなく、直接愛を語って欲しいと思うのはサロモン先生の件があったせいだった。
新年のパーティーでは、スティーナ様とカールロ様が寄り添って、マウリ様とハンネス様とフローラ様も傍に立っていた。フローラ様は大勢の目に晒されて、怖がっているのかハンネス様に抱っこされている。
小さな子どもがいるのでお昼を兼ねたお茶会形式でのパーティーだった。
「ヘルレヴィ領では、まだまだ貧しいものたちが寝る場所もなく凍死しているという報告が耐えません。これからのヘルレヴィ領を豊かにしていくために、今年からマンドラゴラの栽培を始めます」
「びぎゃ!」
「びょえ!」
「びょわ!」
マンドラゴラとカールロ様に呼ばれてマウリ様の大根マンドラゴラと、ハンネス様の蕪マンドラゴラと、フローラ様の人参マンドラゴラが返事をする。
マンドラゴラ栽培のために設けた寮はすぐにひとで溢れてしまった。去年まではマンドラゴラの種が足りなかったので栄養剤になる薬草を育てていたが、今年からは増やしたマンドラゴラの種で領地の畑でもマンドラゴラ栽培が始まる。
「マンドラゴラ栽培に成功すれば、ヘルレヴィ領で体が弱っている領民、病気の領民を助けることができます」
医者と薬が足りていない状態のヘルレヴィ領はマンドラゴラ栽培に期待がかかっている。スティーナ様の言葉に会場から拍手が上がる。
「ヴァンニ家からフローラという養子をニモネン家に迎え、ヘルレヴィ家には春に新しい家族も増える予定です。今年もヘルレヴィ領共々ヘルレヴィ家をよろしくお願いいたします」
挨拶をするスティーナ様の肩を抱くカールロ様。二人の睦まじさは見て取れた。
「ヴァンニ家の子どもを引き取るなんて」
「妾として押し付けられたのでしょう」
「ニモネン家は妾の家系ですからね」
聞こえてくる陰口にハンネス様の眉間に皺が寄ったのが分かった。マウリ様がハンネス様のジャケットの裾を引っ張る。
「にいさま、こわいおかお」
「いちゃい?」
「ううん、痛くないです。ありがとう」
フローラ様にも心配されてハンネス様は眉を下げて微笑んでいた。
まだまだ乗り越えなければいけない事項はたくさんある。サロモン先生の届かないアプローチがどうなるかというのも、そのうちの一つだった。
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