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22.恋文の意味

 ヨハンナ様が受け取った手紙が恋文かもしれないというのはわたくしにも分かったが、内容がよく理解できない。サロモン先生がヨハンナ様をお好きな気持ちは伝わってくるような気がするのだが、それでどうしたいのか、これからどんな関係を築きたいのかなど、全く読み取れない。

 困惑しているヨハンナ様に、わたくしは手紙を預かった。


「わたくしが調べてみます」

「まーも!」

「マウリ様、今日は寝ましょうね」

「はい。アイラさま、もういっかい、おやすみのキス」


 おねだりされてわたくしはマウリ様のふわふわの前髪を掻き上げて額にキスをする。


「怖い夢を見ませんように。マウリ様の成長のために、ぐっすりと眠れますように」


 額を小さなお手手で押さえてマウリ様は「えへへ」と照れた笑いをしてお布団に入って行った。わたくしも部屋に戻って分厚いカーディガンを脱いでお布団に入る。ストーブはもう消えているので、部屋の中はきんと冷たかった。

 冷たい部屋の中で布団に入ってもなかなか足先まで温まらない。子ども部屋は寝る寸前までストーブを付けていたが、わたくしの部屋は寝る前には通信で子ども部屋に行くのでそのときにストーブを消していて、戻ってくる頃にはすっかりと冷え切っていた。

 目を閉じて手紙の内容を思い返す。


「『導いて欲しい』ってちょっと、ヨハンナ様に頼りすぎな気がしますね」


 呟くと吸った空気が冷たくて肺が冷える気がする。


「あんな遠回しに言わなくても……」


 考えていたせいかわたくしはなかなか寝付けなかった。

 翌日起きると外が明るい。起き上がると頭がくらくらして、部屋が冷え切っていて窓の外はすっかりと銀世界になっていることに気付いた。頭がぼーっとして咳が出る。


「アイラさまー! おはようごさいますー!」

「あーたま、ごじゃまつ」


 廊下からドア越しにマウリ様とフローラ様が呼びかけてくださるのは分かるのだが、わたくしは着替えるのも億劫でベッドに倒れ込んでいた。わたくしの様子がおかしいと気付いたヨハンナ様が部屋の中に来てくれる。


「アイラ様、熱が出ていますよ」

「え!?」


 昨日の寒さと考えすぎて眠れなかったせいでわたくしは熱を出してしまったようだ。そのまま寝ているように言われて、布団を被ると、ヨハンナ様が廊下にいるマウリ様とフローラ様に説明してくれている。


「アイラ様はお熱が出ています。軽い風邪でしょう」

「アイラさま、おねつ!? しんじゃう!?」

「ちんじゃう!?」

「死にません。お医者様に来ていただいた方がいいかもしれませんが、この雪ですから、難しいでしょうね」


 ショックを受けてマウリ様が廊下で泣き出しているのが分かる。マウリ様に呼応するようにフローラ様も泣いている気配がする。


「アイラさま、『げんきになぁれ!』するー!」

「あーたま、げんち、すゆー!」

「うつっては困りますから、アイラ様のお部屋に入ってはいけません」

「いーやー! アイラさまー!」

「マウリ様! マウリ様にうつると、スティーナ様にもうつるかもしれないのですよ?」


 妊娠中のスティーナ様にうつしては大変だとわたくしは隔離されることになった。食事も部屋に持って来られる。

 食事のお皿の上に見たことのある葉っぱの炒め物が乗っている。


「これは……」

「止める間もなくマウリ様の大根マンドラゴラとハンネスの蕪マンドラゴラが葉っぱを一枚引き抜きました」


 わたくしはマウリ様の大根マンドラゴラとハンネス様の蕪マンドラゴラにまで心配されているようだった。最初は飲み込むのも喉が痛かったが、食べ終えて休んでいると熱も下がって落ち着いてくる。

 大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラの葉っぱが効いたのだろう。

 汗をかいていたので熱いシャワーを浴びて、昼には元気になっていたわたくしは着替えて子ども部屋に行った。子ども部屋ではマウリ様の姿がなくて、衝立の向こうからフローラ様のオムツのお尻が覗いている。


「マウリ様は?」

「ドラゴンの姿になってベッドの下に入ろうとして入れなくて、布団を被ってじっとしています」


 寂しいときや怖いときにはマウリ様はドラゴンの姿になってベッドの下に隠れる癖があった。それがわたくしが熱を出してしまったことによって復活したが、マウリ様のドラゴンの姿が猫くらいになっているので子ども用の低いベッドの下には入れなかったようなのだ。

 ベッドに腰かけて布団の膨らみを撫でる。フローラ様も心配そうに覗き込んでいる。


「まーにぃに、おびょーち?」

「病気ではありませんよ。マウリ様、わたくし、マンドラゴラの葉っぱのおかげで治ったようです」

「アイラざま?」


 泣き声のマウリ様がもそもそとベッドから出てくる。抱きしめると人間の姿になってわたくしの胸に顔を埋めてぐずぐずと泣き始めた。


「しんじゃうがどおもっだ」

「鼻をかみましょうね」

「あい」


 鼻をかんで涙を拭うと、フローラ様がマウリ様の頬を撫でる。


「まーにぃに、へーち?」

「へいきだよ。フローラ、しんぱいをかけてごめんね」


 ようやく落ち着いたところで、わたくしはハンネス様を呼んで相談してみることにした。

 ひっそりと子ども部屋のテーブルに集まってサロモン先生の手紙をハンネス様にも読んでもらう。ハンネス様は書かれている文章を何度も何度も読んでいた。


「これは、なんでしょう?」


 読んでもやはり意味が分からないようだ。


「わたくしも判断しかねていて」


 正直に答えると、ハンネス様が眉間に皺を寄せる。


「サロモン先生に直接聞いてみます」

「待ってください。サロモン先生はヨハンナ様に秘密の手紙を渡したのです。それがわたくしたちに読まれたとなると、恥ずかしいでしょう」

「ですが、私の母のことです」


 眉間の皺が取れないハンネス様はヨハンナ様のことをそれだけ心配しているのだろう。

 もう一度手紙を読み直してみるが、やはり意味は分からない。


「恋文、ですよね」

「アイラさま、こいぶみってなぁに?」

「好きなひとに送る手紙ですよ」

「わたし、アイラさまにこいぶみしてる」


 何度もわたくしにお絵描きをくれているマウリ様は、言葉の使い方は間違っていたけれど確かにわたくしに恋文を送ってくれていた。似顔絵に「アイラ」と書いてあったり、「だいすき」と書いてある恋文はとても分かりやすい。


「マウリ様ほどでなくても良いから、もうちょっと直接的な表現で愛を語って欲しいですよね」


 話しているとサロモン先生が子ども部屋に入って来てわたくしは急いで恋文を隠そうとした。それより先にハンネス様がそれを取り上げてしまう。


「サロモン先生、これはなんですか?」

「ハンネス様、なぜ、それを……」

「どういうつもりなのですか?」


 詰め寄るハンネス様にサロモン先生が若干俯きがちに答える。


「書いてある通りです」

「書いてあることを読んでも何も分かりません」

「え?」


 分からないと言われてサロモン先生は戸惑っているようだった。


「こ、子どもには分からないかもしれません」

「サロモン先生、説明してください」

「ヨハンナ様には気持ちは伝わっていると思います」


 サロモン先生はこの手紙でヨハンナ様に気持ちが伝わると思ったようだった。

 わたくしは全く意味が分からないし、ヨハンナ様も困惑していたことをどうサロモン先生に伝えればいいのか。


「サロモン先生……難解すぎる内容だったようですよ」


 わたくしの言葉にサロモン先生はショックを受けていた。


「宮廷では、好ましい相手には美しい詩を書いて贈るのが習わしなのです」

「詩!?」


 訳の分からない文章は、なんと、詩だった。

 それはわたくしもヨハンナ様もハンネス様も意味が分からなくても仕方がない。


「サロモン先生、残念ながら、何も伝わっていません」


 心苦しいが真実をお伝えするとサロモン先生は無表情のままショックを受けているようだった。

 サロモン先生の恋は前途多難なようだ。

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