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21.サロモン先生の気持ち

 ニーナ様のお屋敷には夕方までいて、フローラ様が疲れて来たので晩ご飯前には辞することにした。


「にぃに、ごはんたべてかえう!」

「イーリスは食いしん坊なんだから」

「ごはんー!」


 マルコ様とイーリス様はニーナ様のお屋敷で晩ご飯まで食べて帰るようだった。


「マウリさま、またきてね。サロモンせんせいとも、おあいしたいです」

「サロモンせんせいにエーリクさまのことつたえておくね」


 すっかりとエーリク様とマウリ様は仲良くなったようだった。フローラ様は人参マンドラゴラを抱いてハンネス様の傍から離れなかったけれど、嫌そうにはしていなかった。

 帰りの馬車の中ではフローラ様はこくりこくりと居眠りをしていた。半開きのお口から涎が垂れている。垂れた涎もそっと拭いて、ハンネス様は愛おしそうにフローラ様をお膝に抱っこしていた。


「フローラ様とハンネス様はすっかり仲がよくなりましたね」

「妹が可愛くてたまりません。マウリくんもミルヴァちゃんも可愛いけど、フローラ様も……」


 うっとりとしているハンネス様に、マウリ様の指導が入る。


「フローラちゃん、でしょ?」

「あ、そうでした。妹になりましたからね」


 兄弟だから「様付け」は嫌だと主張したマウリ様は、フローラ様も「様付け」でないことを望んでいる。ハンネス様はいつもマウリ様に遠慮があるような気がしているので、フローラ様にはそういうことがなくたくさん可愛がれるのかもしれない。


「にいさま、わたしもあにだから、フローラとよびます。おとうさまもフローラのことはフローラってよんでいたし」


 そう言えばカールロ様は自然にフローラ様を呼び捨てにしていた。マウリ様はそういうところもよく見ている。臆病な分だけマウリ様は観察力が高いのかもしれない。


「ダイコンさんもカブさんも、イーリスさまとエーリクさまのところでげんきそうだったよ」

「大事にしてくださっているようですね」

「エーリクさまに、えいようざいのつくりかたをきかれたの」


 そうだった。

 土から収穫したマンドラゴラには栄養剤が必要だ。エーリク様もイーリス様も定期的に埋めることで今までしのいでいたようだが、これからは冬場で外に埋めても雪で覆われてますます弱ってしまう。


「魔法で調合した栄養剤がわたくしたちのところにはありますから、これまで作っていた栄養剤をお譲りしましょう。栄養剤のレシピもお渡ししないと」


 これから栄養剤を作るとしても薬草を育てなければいけないので、春にならなければ始めることができない。今のところは足りるようにわたくしはお屋敷に戻るとエーリク様とイーリス様に手紙を書いてネヴァライネン家に送っておいた。

 転移魔法で送るとすぐに到着するのが分かる。魔法で送って来られた栄養剤と手紙にエーリク様とイーリス様は驚いているかもしれないが、ニーナ様とマルコ様が説明してくれるだろう。

 ネヴァライネン家に栄養剤を送って安心していると、マウリ様がわたくしの部屋の前に来ていた。大急ぎで栄養剤と手紙を送ったのでまだケープも着たままのわたくしは、ケープを脱いでクローゼットに片付けて、マウリ様の待つ廊下に出る。


「アイラさま、ばんごはんをたべにいこう」

「迎えに来てくださったのですか?」

「エスケープなんだよ」

「エスコートですね」


 言い間違えてしまったが、マウリ様は小さいながらにわたくしをエスコートしてくれる。手を繋いでリビングに行くと、カールロ様もスティーナ様も席に着いていた。

 ハンネス様がフローラ様を抱っこして現れて、フローラ様を子ども用の椅子に座らせる。マウリ様はクッションを重ねて大人用の椅子に昇格していた。


「わたしはもうおおきいから、フローラにおいすはゆずってあげるよ」

「まーにぃに、あいがちょ」

「フローラ、こまったことがあったら、わたしがボーッてしてあげる」

「まーにぃに、すち! はーにぃに、だいすち!」


 順調にフローラ様はマウリ様とハンネス様に懐いているようだった。


「ふー、まっま、ないない。まっま、いた!」


 フローラ様には母親がいなかったけれど、本当はいたのだと感動して菫色のお目目をキラキラさせて主張する。元の両親は関わりがなかったので、すっかりと忘れてしまったのだろう。


「わたくしがフローラ様の……いいえ、フローラの母ですよ」

「まっま!」


 マウリ様の食事を介助しながらヨハンナ様が言うのに、フローラ様は大喜びしている。


「みーともあえるからね」

「ねぇね?」

「おとうさま、おかあさま、みーはいつくるの?」


 ラント領からミルヴァ様が来るのを心待ちにしているのはマウリ様だけではない。わたくしの両親とクリスティアンも来るのでわたくしもラント領からの来客を待っていた。


「年明けですね。またクリスティアン様とアイラ様のお誕生日を一緒に祝うことになるでしょう」

「俺にとっては初めてのラント領領主一家の長期訪問だな。気合が入る」


 夏休みが終わる頃に結婚したカールロ様にとっては、ラント領のわたくしの両親と会うのもほとんど初めてだし、クリスティアンやミルヴァ様とも久しぶりに会う。

 毎日のように通信で話しているので慣れてはいるだろうが、カールロ様も緊張はするのだろう。


「ラント領のご領主様たちにフローラ様は受け入れていただけるでしょうか?」


 オルガさんが心配しているがそれは無用のことだった。既に通信で何度もフローラ様とは話しているし、ミルヴァ様もまだ実際に会ったことのない妹に会うのを楽しみにしている。


「赤ん坊が生まれる前に一人家族が増えたが、家族が増えるのはいつでも嬉しいことだな。フローラ、ヘルレヴィ家には慣れたか?」

「あい、ぱっぱ!」

「フローラ、カールロ様は父上ではありませんよ」

「マウリとミルヴァの妹なんだ、父親でいいよ。ハンネスも俺のことは父親と思っていい」


 大らかに受け止めてくれるカールロ様だがヨハンナ様には遠慮があるようだった。男性には頼らずに生きていくと決めているヨハンナ様。

 その生き方に変化があればいいのだが。せめてカールロ様をハンネス様とフローラ様の父親のように認めてくれるところから始めてくれたらいいと思っていた矢先のことだった。

 ヨハンナ様が夜の通信を終えて、マウリ様にお休みの額にキスをしていると、そっとわたくしを呼び出した。まだ眠っていなかったマウリ様もベッドから降りて顔を出してくる。


「アイラ様にしかご相談できないのです」

「どうなさいましたか? 何か不都合がありましたか?」


 ヨハンナ様はお屋敷では認められて嫌がらせをする相手もいないとわたくしが把握している範囲では見えていた。しかし、ここは貴族のお屋敷なのだ。裏で何が起きているのか分からない。

 おずおずとヨハンナ様が取り出した手紙になにが書いてあるのかわたくしは警戒していた。

 封筒を開けて中身の便箋を見る。簡素だが青い縁取りのある綺麗な便箋だった。


『ヨハンナ・ニモネン様

 あなたを想うと私の凍てついた心が雪解けを迎える。

 春に向けて花の咲き誇るように、あなたへの気持ちが止まらない。

 愚かな若造である私をあなたは優しく諭して導いてくれた。

 あなたという花の美しさを愛でるだけでは私は止まらなくなっている。

 初めて味わう激情の炎をどうすればよいか、聡いあなたに導いて欲しい。

サロモン・シルヴェン』


 二回読んでみて意味が分からなくて、三回目を読み始めたわたくしに、マウリ様がお目目をぐるぐると回している。


「アイラさま、むずかしい!」

「わたくしも難しくてよく分かりません」

「先ほど、通信が終わってフローラを寝かせに行ったら、廊下で待っていたサロモン先生にこれをいただいたのです……これは、何だと思いますか?」


 全く分からないが、これはサロモン先生の秘密であって、スティーナ様やカールロ様に相談していいことではないような気がしていた。


「頭のいい方の書かれる文章は難解で……」

「わたくしもよく分かっていませんが、これは、もしかすると、恋文なのでは?」


 恐る恐る発言すると、ヨハンナ様が一瞬真顔になって、それから笑い出す。


「サロモン先生が、わたくしに? それはありませんよ」

「そのような内容だと思うのです」

「わたくしの方がずっと年上ですし、子どもも二人おります。宰相の家系のシルヴェン家に相応しくありません」


 シルヴェン家に相応しくないような相手を選ぶことを賢いサロモン先生はしないとヨハンナ様は言うのだが、恋とはそのようなものなのだろうか。好きになったら止められない。身分の差など気にならない。それが恋なのではないだろうか。

 カールロ様も身元の分からないスティーナ様に恋をして必死に調べて追って来た。スティーナ様がカールロ様に相応しい身分でなくともカールロ様は結婚したのではないだろうか。

 この手紙は恋文で間違いないとわたくしは判断したのだが、ヨハンナ様は信じられないご様子だった。

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