20.フローラ様の本性
フローラ様の服を大喜びで選んでいたオルガさんが自分のために欲しがったのは、暖かな下着や外に行くための上着などだった。部屋の中で生活する分にはお屋敷の使用人の服が割り当てられるので問題はないそうだ。
「フローラ様とお庭で遊びたかったんです。旦那様と奥様はフローラ様を部屋に閉じ込めて、お庭にも出させてくれなかったのです」
小さなフローラ様はオルガさんがヴァンニ家の元当主夫婦がいないときを見計らって外に連れ出してはいたが、それも短時間で、もっと遊びたいと泣くフローラ様をオルガさんも泣きながら部屋に連れて帰っていたと聞く。
話を聞けば聞くほどフローラ様にはヘルレヴィ家のお屋敷では自由に伸び伸びと暮らして欲しいと思う。
マウリ様と似たポンチョも買ってもらって嬉しそうなフローラ様は、お部屋の中でもそれを着ていた。
「きもちーの」
「肌触りがよくて気持ちいいですね。フローラ様とても可愛いですよ」
「かーいー?」
「はい、可愛いです」
一人っ子だというオルガさんは自分の妹のようにフローラ様を溺愛している。
新しい服を着てポンチョも着ているフローラ様は若干暑そうだったが、寒いよりはずっといいだろう。
サロモン先生の授業が始まると、オルガさんも参加して、フローラ様もオルガさんのお膝の上に座って参加している気分になっていた。
「獣の本性の制御について学びましょうか。フローラ様は何に見えますか?」
「ねこさん!」
「にゃーにゃ!」
お手手を上げて発言するマウリ様を真似して、フローラ様も答えている。わたくしは子ども部屋のテーブルで勉強をしながらその様子を見ていた。
「猫……おや、フローラ様は猫でしょうか?」
ふと目を凝らしたサロモン先生が戸惑っている気がする。マウリ様は「ねこさんよ?」と言っているし、フローラ様自身も「にゃーにゃ!」と主張しているが、サロモン先生にはフローラ様が違うもののように見えているようだった。
「これは、虎ではないですか?」
「とら!?」
「ふー、にゃーにゃ!」
子どもの頃は見分けがつきにくいし、マウリ様もドラゴンだったのにトカゲと思われていたのだ。由緒正しきヴァンニ家の令嬢であるフローラ様が虎でもおかしくはない。
「ホワイトタイガーですね……両親は猫と見間違えて、冷遇していたのでしょう」
「フローラ様はホワイトタイガーなのですか!?」
「将来はヴァンニ家から戻ってきてほしいと言われる存在になるかもしれません」
ヴァンニ家のフローラ様の両親は熊だが、数代前に虎も混じっていたのだろう。隔世遺伝でフローラ様はホワイトタイガーとして生まれて来た。話を聞いてオルガさんはフローラ様をしっかりと抱き締めて感激している。
「マウリ様がトカゲと思われていたように、強い本性を持つものは、幼い頃は攫われやすく、弱い本性に擬態していることが多いのです。私も幼い頃は小鳥だと思われていました」
小鳥だと思われていたサロモン先生は実はグリフォンだった。本性は擬態もすることをわたくしは初めて知った。
わたくしには獣の本性がないので、本性の制御や隠し方などの授業は受けたことがない。サロモン先生とマウリ様の話はわたくしにとっては新鮮なものばかりで、聞いていてとても勉強になる。
「将来ヴァンニ家に戻って当主になれるかもしれませんよ、フローラ様」
子猫だと侮って自分を捨てた両親に仕返しができるかもしれない。オルガさんの言葉にフローラ様は首を傾げている。
「ふー、にゃーにゃ! ふー、まっま、はーにぃにと、いっと」
自分は子猫で、ヨハンナ様とハンネス様と一緒にいると主張するフローラ様はすっかりと自分の両親のことは忘れているようだった。それもそのはずだ。育児放棄して会いに来なかった両親よりも、毎日優しくしてくれるハンネス様とヨハンナ様の方がフローラ様の心にはしっかりと家族として定着したのだろう。
「フローラ様はわたくしの娘ですよ。オムツは濡れていませんか?」
「ちっち、ない」
「お腹は空いていませんか?」
ヨハンナ様に問いかけられて、フローラ様が手を握ったり開いたりする仕草をする。これは喉が乾いているという印だった。フローラ様をお膝に乗せているのでお茶の準備ができないオルガさんに変わって、ヨハンナ様がお茶を淹れて持って来てくれた。
「ミルクは冷たいものを入れましょうね。それで温度も下がるでしょう」
「ヨハンナ様、すみません」
「気にしなくていいのですよ。わたくしは自分の娘の世話をしているだけですからね」
カップを手渡されてオルガさんの手を借りてフローラ様がごくごくとミルクティーを飲む。かなり零してしまったので着替えが必要になったが、着替えの服もたくさん用意してあるので安心だった。
「勉強が終わったらニーナ様のお屋敷に行きますよ」
わたくしが声をかけると、マウリ様がサロモン先生に「ありがとうございました」とお礼を言って、ポンチョを取りに行っていた。部屋で勉強していたハンネス様も上着を着て来て、着替えたフローラ様にポンチョを着せる。
わたくしもブルーグレイのケープを身に纏った。
わたくしとマウリ様とハンネス様とフローラ様が馬車に揺られてニーナ様のお屋敷に行く。ヘルレヴィ家ほどではないが、そこそこに広い庭のある立派なお屋敷だった。庭はほとんど雪で埋もれているが、薔薇の茂みがあるのが分かる。
「いらっしゃいませ、アイラ様! マウリ様とハンネス様と……こちらがフローラ様?」
「ふー!」
「よろしくおねがいします、フローラさま。わたしはエーリクです」
エーリク様がフローラ様に丁寧に挨拶をしている。マルコ様とイーリス様は先に来ていたようだった。
「イーリスがお屋敷のお昼ご飯が食べたいって聞かなくて」
「おいちいの!」
「食いしん坊なんだから」
「にぃにも、おいちい、たべてた!」
「美味しかったけど!」
マルコ様とイーリス様の兄妹のやり取りが面白い。イーリス様は3歳に、エーリク様は7歳になっていた。
「おじゃまします。わたしのいもうと、かわいいでしょう?」
「まーにぃに!」
「とてもかわいいですね。わたしもいもうとがほしいです」
マウリ様とフローラ様とエーリク様が話しているのも可愛い。
ちょうどおやつの時間だったので、子ども部屋におやつを運んでもらってみんなで食べることになった。テーブルは狭く、椅子も足りないので、床に敷物を敷いてそこにおやつのお皿を並べて、クッションを置いて寛いで食べる。
おやつは簡単に摘まめるクッキーとチョコレートだった。
「はーにぃに、こえ」
「チョコレートはフローラ様はやめておきましょうか。クッキーをいただきましょう」
「あい!」
初めて見るチョコレートにフローラ様は興味津々だったが、まだ年齢が低いのでハンネス様にやめておこうと言われると素直にクッキーを手に取って食べていた。
甘いバターの香りのクッキーと、コショウの入ったチーズクッキーがある。甘いものとしょっぱいものを交互に食べるとついつい食べ過ぎてしまう。
「このチーズのクッキーと、プレーンのクッキーがたまらなく美味しいですね!」
「チーズのクッキーはうちの料理長のオリジナルなんです」
「レシピが欲しいです」
わたくしは頼まれていたレシピをニーナ様に渡しながらお願いすると、ニーナ様は料理長にレシピを聞いてくれるようだった。甘くないクッキーがこんなにも美味しいものだとは知らなかった。これはスティーナ様にもカールロ様にもヨハンナ様にもオルガさんにも食べて欲しい。
レシピを貰ってわたくしはニーナ様にお礼を言った。
「ぎゃぎゃ?」
「ぎょわ?」
「びょえ!」
「びょわ!」
エーリク様の蕪マンドラゴラとマウリ様の大根マンドラゴラとイーリス様の大根マンドラゴラとハンネス様の蕪マンドラゴラが挨拶をしている。フローラ様のニンジンマンドラゴラはしっかりと抱き締められているのでそれには加わっていなかった。
「まんどあごあ、いっぱいねー」
「まーごー」
「まんどあごあ!」
「ま、ごあ!」
手を叩いてマンドラゴラたちを見ていたイーリス様に、フローラ様が話しかけているが、訂正されて、一生懸命言い直す様子も可愛い。二人ともちゃんと言えていないのも可愛すぎる。
「あたらしくできたいもうとはどうですか?」
「すごく可愛いですよ。エーリク様も弟妹が欲しいのですか?」
「ほしいです……ははうえは、もうあかちゃんはうまないといっています」
しょんぼりするエーリク様にわたくしは思い付いたことがあった。
フローラ様には生まれたばかりの弟がいる。その弟と頻繁に会わせてやりたいのだが、育児放棄をするような両親から引き離された弟は引き取り手を探していた。
「フローラ様の弟様がいらっしゃるのですが、引き取り手が見付かっていないようなのです」
「あねうえ、ははうえとちちうえにおねがいしてください!」
「えーまた弟?」
「あねうえ!」
「はいはい、エーリクのためなら」
男の子ということが引っかかるようだがニーナ様はご両親に話をしてくれるようだった。
フローラ様の弟がネヴァライネン家の子どもになれば頻繁に会うことができる。フローラ様にとってはそれはいいことのように思えた。
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