18.冬休みの前に
冬休み前の最後の魔法学の授業は調合だった。
空間を捻じ曲げて作られたサンルームの中にあるとは思えない広い部屋の中で、わたくしが畑で収穫した薬草を調合する。水に浸してすり潰したり、蒸して刻んで絞ったりするのは同じなのだが、幾つか違う工程もあった。
まず使うのは魔法で着けた火。
「魔法で着けた火を使うことによって、薬草の混ざり具合が変わって来る。魔力も入る」
エロラ先生の指示通りにコンロの火は魔法で着けた。火が着くと部屋の中が暑くなる。汗をかきながらわたくしはエロラ先生に導かれて魔力の入った栄養剤を作る。マンドラゴラの栄養剤だけを作ればいいのかと思っていたら、エロラ先生はそれとは別にマンドラゴラの葉っぱを使ってスティーナ様のための魔法薬も教えてくれた。
「マンドラゴラの葉っぱを魔力を込めて煮詰めるだけなんだけど、それも魔法の火で行うだけで全く違うものになる」
「分量はどれくらいですか?」
「入れるものの味が変わらない程度の一滴で済むから、スティーナ様も飲みやすくなるだろう」
気にはしていたのだが、マンドラゴラの葉っぱをいくら甘いジュースに入れたとしてもその青臭さや苦みは消えない。スティーナ様はそれを飲むと吐き気が治まるので我慢して飲んでくださっているが、スティーナ様の飲みやすい薬があればそれが一番だとわたくしも思っていた。
エロラ先生に教えてもらった通りに作った栄養剤とスティーナ様の魔法薬はかなりの量になった。それを肩掛けのバッグに納めて、わたくしは額に浮いた汗を拭いた。
調合の授業が終わるとエロラ先生は冷たい花茶をわたくしのために淹れてくれた。汗をかいて渇いた喉によく沁み込む。
飲んでいるとドライフルーツも出してくれる。甘酸っぱいミカンのドライフルーツは疲れた体に程よく沁み込んで美味しかった。
「エロラ先生はフルーツとお茶がお好きですか?」
「私は妖精種だから、植物を好むのだよ」
ずっと接しているので忘れそうになるが、エロラ先生は妖精種だった。尖った耳と細身の体、美しい姿がそれを示している。
「年に一度しかエリーサには会えないけれど、アイラちゃんは冬休みにしっかり家族に会って甘えるんだよ」
「甘える、ですか?」
「アイラちゃんはまだ13歳なんだからね」
甘えると言われてわたくしはピンとこなかった。わたくしもクリスティアンも両親に甘えるタイプではない。両親はわたくしが困ったときには助けてくれるけれど、わたくしが求めなければわたくしの考えを尊重してくれる。
わたくしは思うままに生きて来たし、ヘルレヴィ領に行くときも両親は最終的にはわたくしにどうするかを決めさせてくれた。
「アイラちゃんは、もっと周囲に甘えてもいい」
「甘える……」
甘える方法がよく分からなくてわたくしは戸惑ってしまった。
午後からの授業はなく、講堂で冬休み前の注意などが話された。ヘルレヴィ領では雪が深く積もる。今年も馬車で通学するときに雪が積もり始めていた。
一番寒くなって雪が積もるのは年明けからだ。去年は年明けはラント領に行っていたが、今年はスティーナ様が妊娠しているので、ラント領からわたくしの両親とクリスティアンとミルヴァ様が来てくださる。
「もっと甘える……どうすればいいのでしょう」
その必要がないくらいわたくしは満たされているので、両親に甘えなくてもいいような気がしているのだが、エロラ先生にはまだ13歳の子どもに見えているのだろう。長寿のエロラ先生からしてみれば、13歳など産まれたばかりのように見えているのかもしれない。
講堂で話を聞いて帰り支度をしているとニーナ様とマルコ様から話しかけられた。
「アイラ様、一度あたしの屋敷に遊びに来ませんか? ヘルレヴィ家よりは狭いですけど」
「僕もそのときにご一緒します」
友人のお屋敷に遊びに行く。それはわたくしが経験したことがない出来事だった。
「マウリ様とフローラ様とハンネス様もご一緒でいいですか?」
「もちろん。うちにはエーリクもいますし」
「イーリスも行きますよ。……フローラ様って、アイラ様、ヴァンニ家の息女をニモネン家が養女にしたとは本当なのですね」
マルコ様はフローラ様のことを知っていた。
「マウリ様の妾になるように置いて行かれたのです。それに憤慨して、カールロ様がヴァンニ家の両親は隠居させました」
「あ、その話、あたしも聞きました!」
「ニーナ様の方が貴族社会に詳しくないと」
「あまり興味ないからなぁ」
ニーナ様も聞いてはいたようだが、フローラ様の名前が出てもすぐには反応しなかった。こういうことはマルコ様の方が情報収集に長けているようだ。
既にフローラ様のことが平民のマルコ様の耳にまで入っているのならば、新年のパーティーでもフローラ様は話題になるだろう。隠すよりも堂々としていた方がいいのかもしれない。
わたくしは高等学校から帰ると、マウリ様にハグをして「ただいま帰りました」と伝える。マウリ様も抱き返して「おかえりなさい」を言ってくれた。
挨拶をしてから着替えを終えると、カールロ様とスティーナ様の執務室に向かう。マウリ様が後ろから付いて来て、その後ろからフローラ様が付いて来て、フローラ様を心配するオルガさんが付いて来て、執務室に着く頃にはハンネス様も来て、大人数になっていた。
「入ってもよろしいでしょうか?」
「まーと、にいさまと、フローラと、オルガさんもいるよ!」
「どうぞ」
「ちょうどおやつに行こうとしていたところだ」
扉の前で転びそうになったフローラ様をオルガさんがキャッチしている。抱き上げられてフローラ様はオルガさんの肩をぺちぺちと叩いていた。
「おっ! おっ!」
「これは、わたくしの名前を呼んでいるのです。呼ぶときにはお手手で優しく叩くように教えたのですよ」
喋りがまだ拙いフローラ様と意思疎通を図るためにオルガさんは幾つかのサインを決めていたようだった。
「喉が乾いたらお手手を握って開くのを繰り返します。オムツが濡れたら、下腹を叩いて教えます」
「う!」
「そういう方法があるのですね」
話を聞いていたスティーナ様が感心して「わたくしも赤ちゃんに教えてみましょう」と言っていた。
カールロ様にはわたくしは幾つか話したいことがあった。
リビングに移動して、おやつを食べながら話をする。
「ヴァンニ家の使用人さんたちは酷い扱いを受けていたようです。その改善も考えていただいているでしょうか?」
「使用人までは考えてなかったな。他にもあるのか?」
「フローラ様の件はヘルレヴィ領中に知れ渡っているでしょう。新年のパーティーではフローラ様の紹介もして、地位をはっきりさせた方がいいかもしれません」
「それはそうだな。他にもあったら、なんでも言ってくれ」
たった13歳のわたくしの意見を真剣に聞いてくださるカールロ様に感謝しながら、わたくしは話しを変えた。
「冬休みにニーナ様のお屋敷に誘われています。マウリ様とフローラ様とハンネス様と遊びに行ってもいいですか?」
許可を求めると、スティーナ様が「まぁ!」と声を上げた。
「お友達のお屋敷に行くなんて素敵じゃないですか。行ってきてください。マウリやハンネス様やフローラ様を気にしなくてもいいのですよ」
「わたくし一人では行きません」
答えるとスティーナ様がため息を吐く。
「マウリの世話をさせるためにアイラ様にヘルレヴィ領にきていただいたわけではないのです。アイラ様はアイラ様なりに、その年齢の楽しみを味わってほしいのです」
わたくしはマウリ様の世話をしているつもりはなかった。
「わたくしがマウリ様と一緒にいたいから言っているのです」
「それならばよいのですが。アイラ様はお優しくて聞き分けがよすぎるから、わたくしは心配です」
スティーナ様にはわたくしが無理をしているように見えているのだろうか。わたくしは畑仕事も楽しんでやっているし、高等学校での勉強もとても興味を持って受けている。マウリ様と過ごすのも、ハンネス様やフローラ様と過ごすのもわたくしが楽しいから一緒にいるのだ。
「学校ではわたくしのための魔法薬まで作って来てくれて」
「スティーナ様、それはわたくしの勉強のためでもあるのです。わたくしは全てのことを自分で決めて、自分のいいようにしかしておりません」
はっきり答えるとスティーナ様も安心したようだった。
カールロ様が大らかに笑ってスティーナ様の肩を抱く。
「スティーナ様もアイラ様もお互いに遠慮があったみたいだな。もう家族のようなものなのに」
そうなのだ、わたくしはスティーナ様を家族のように思っている。スティーナ様にもカールロ様にもそう思って欲しいと思っている。それがカールロ様には伝わっていて安心した。
「わたくし、遠慮していたのですね。アイラ様、ありがとうございます。喜んでアイラ様のお気持ちを受け取らせていただきます」
明るく微笑むスティーナ様の美しい姿にわたくしはほっと胸を撫で下ろした。
感想、評価、ブクマ、レビュー等、歓迎しております。
応援よろしくお願いします。作者のやる気と励みになります。




