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17.駆け付けた乳母

 晩ご飯を食べてお風呂に入った後にフローラ様のことを通信で伝えると、ミルヴァ様は人参マンドラゴラを抱き締めて喜んでいた。


『わたくしのいもうと! かわいいいもうとができたの! ねえさまってよんでいいのよ?』

「ねぇね?」

『ニンジンマンドラゴラもわたくしとおそろいね。よろしく、フローラ!』

「にぃに、ねぇね」


 立体映像で触れないことを不思議に思いながらもフローラ様はハンネス様に報告している。「にぃに」と呼ばれてハンネス様は嬉しそうだし、ミルヴァ様も「ねぇね」と呼ばれて嬉しそうだった。


「わたしのことは、にぃにってよんでいいよ?」

「にぃに……にぃに?」


 マウリ様とハンネス様を見比べてフローラ様が迷っている。どちらも「にぃに」なので呼び分けができないのだろう。


「まーにぃにと、はーにぃににする?」

「まーにぃに、はーにぃに!」


 呼び方をマウリ様が提案するとフローラ様はにこっと笑って指さして呼んでいた。

 育児放棄はされていたようだが、フローラ様の身体は痩せているだけで怪我はなかった。オムツかぶれが酷いのはあまり頻繁にオムツを替えてもらえなかったからだろう。

 お医者様から薬をもらって、オムツを替えるたびにお尻を洗って塗るようにすれば、すぐに治るとは言われていた。

 フローラ様が来た翌日にわたくしが高等学校から帰ってくると、フローラ様の乳母が駆け込んできた。両親であるヴァンニ家の当主は隠居をさせられるので職がなくなって来たのかと思えば、涙目でヨハンナ様に縋り付いていた。


「フローラ様はわたくしができる限りのことをしてお育てしました。ご両親はフローラ様に興味がなくて、食事も年齢に合ったものを用意させてくれなくて、ひもじい思いをさせてしまいましたし、オムツも数が足りなくて必死に縫っておりましたが、フローラ様はわたくしの大事なお方です」


 どうか、とその乳母が頭を下げる。


「ニモネン家に引き取られると聞いて心底安堵しております。どうか、愛しいフローラ様をよろしくお願いいたします」


 乳母が持ってきた大きな包みにはフローラ様の玩具や着替えが入っていた。もう入らない小さなものもあるが、思い出としてかき集めたのだろう。


「おー! おー!」

「フローラ様、オルガはフローラ様が幸せになれることを祈っております。わたくしに乳母として愛しくかけがえのない時間をありがとうございました」


 フローラ様の小さな手を握ってほろほろと涙を零して去ろうとするオルガさんを、ヨハンナ様が止める。


「フローラにはあなたが必要なのではないですか?」

「ですが、ヨハンナ様も乳母の身と聞いております。わたくしを雇えはしないでしょう。フローラ様が幸せならばわたくしはそれでいいのです」


 痩せてはいたがフローラ様が素直に育っていたのはこの乳母のオルガさんのおかげのようだ。それを聞いてオルガさんをこのまま去らせることはできない。


「スティーナ様とカールロ様にお願いしてみましょう」


 話を聞いていたわたくしはスティーナ様とカールロ様のいる執務室に向かっていた。執務室にも休めるように長椅子が運び込まれて、スティーナ様は楽な姿勢で書類を見ている。長椅子とは元々横になって休むためのものなので、今のスティーナ様に必要だとカールロ様が性急に買い求めたのだ。


「アイラ様、どうされましたか?」

「こちらの方はフローラ様の乳母だったお方です。フローラ様が素直で優しく安定して育っていたのはこの方のおかげだと思います」


 両親に育児放棄されて、成長の環境が整わなくても、オルガさんは精一杯にフローラ様を育てようとしていた。解いた包みの中には、手作りらしき布の玩具がたくさんあった。買い与えられない分、オルガさんが作ってくれたのだろう。


「オルガと申します。フローラ様の乳母をしておりました」

「若い乳母ですね。長期間仕えてくれそうです。カールロ様、わたくしに赤ん坊もできます。ヘルレヴィ家にもう一人乳母が必要になりますね?」


 デスクに向かって書類を片付けていたカールロ様がスティーナ様の言葉にスティーナ様の方に顔を向ける。微笑んでカールロ様はオルガさんに声をかけた。


「子どもが好きそうだな。フローラの面倒ばかり見てはいられなくなるだろうが、覚悟はできているか?」

「フローラ様のお傍にいられるのならば、なんでもします!」


 生まれたときからフローラ様の面倒を見て来たオルガさんにとっては、フローラ様はかけがえのない可愛い子どもなのだろう。乳母としてフローラ様だけではなく新しく産まれてくる赤ん坊の世話もすることになるが、オルガさんはやり遂げると凛と顔を上げていた。


「よし、雇おう! 雇用契約書を作るから、その間にヨハンナ様に部屋を準備させてくれ」


 ヨハンナ様の方も、フローラ様が家族に加わったのならば、夜はフローラ様と眠るし、夜の間子ども部屋を見る乳母がいなくなるのは確かだった。オルガさんが来てくれたのは渡りに船だったのだ。

 オルガさんが子ども部屋の隣りの乳母の部屋を貰って、ヨハンナ様はハンネス様の部屋の隣りの部屋に移動することになった。

 家具はそのままで衣服や道具だけ運ぶのをマウリ様が手を上げて手伝いを志願した。


「ヨハンナさま、わたしのポーチにぜんぶいれてしまうの。それから、おへやでポーチからぜんぶだすんだよ」

「マウリ様、なんて賢い! そうすれば、何度も往復せずに、重いものも持たずに、一度で移動できますね」

「まー、かしこい!」


 褒められて嬉しそうにマウリ様はヨハンナ様にポーチを開けて差し出していた。ポーチの中に全部の荷物を入れてしまって、新しい部屋でポーチから出していく方法は本当に無駄がなくて楽にできる。


「マウリ様、こんな素晴らしい方法をどうやって思い付いたのですか?」

「ラントりょうにいったとき、おかあさまのトランクを、わたしのぽーちにいれたでしょう? あのときとおなじだとおもったんだ」


 マウリ様はラント領に行くときも大量になっていたスティーナ様の荷物をトランクごとポーチに入れる作戦で、みんなが荷物を持たずに旅行できるようにした。あのときもとても賢いと思ったのだが、5歳という年に似合わずマウリ様はとても思慮深くて賢い。何よりも可愛くて優しい。


「マウリ様の優しい気持ちから素晴らしい発想が生まれたのですね」

「わたし、アイラさまにもやさしくしたい」

「え?」

「だいすきが、いっぱいで、アイラさまにとくべつにしたい。アイラさまにはれんあいかんじょうしてるから」


 恋愛感情の使い方を間違っているし、多分意味もよく分かっていないのだろうが、熱のこもった告白にわたくしは嬉しくなる。


「そう言ってくださることが既に特別なのですよ」

「アイラさまは、わたしのとくべつ? わたしはアイラさまのとくべつ?」

「そうです、わたくしたちは特別です」


 荷物運びの手伝いを終えたマウリ様を抱き締めると、マウリ様もしっかりと抱き返してくれた。

 乳母の部屋を与えられたことについてオルガさんは恐縮していた。


「子ども部屋のソファででも眠れます」

「これまでそうしていたのですか?」

「わたくしに部屋を与えてくれるような主人ではありませんでしたから」


 乳母にも一人の時間が必要だし、サロモン先生の授業が入っているときなどは少し離れて休んでもいい。ヨハンナ様はサロモン先生とマウリ様の仲を心配して見に来てくれていたが、夜は乳母の部屋で眠って、隣りの子ども部屋で泣き声が聞こえると様子を見に行くようにしていた。

 子どもを育児放棄していただけでなく、乳母や使用人の扱いもヴァンニ家ではよくなかったようだ。それを感じ取ってわたくしはカールロ様に後で伝えなければいけないと思っていた。


「おー、ねんね」

「フローラ様、おやつを食べてから眠りましょうね。フローラ様には栄養が足りておりません」

「おー!」


 慌ただしい部屋の引っ越しが終わるとおやつの時間になったが、フローラ様は昨日からの疲れがあるのか眠そうだった。おやつを食べさせようとしているオルガさんの口に、クッキーサンドを押し付けようとしている。

 よく見るまでもなく、オルガさんも酷く痩せて目が落ち窪んでいた。


「オルガさんも食べてください」

「乳母が主人と食事を共にするなどできません」

「オルガさんにも栄養が必要です」


 細くて倒れそうなオルガさんは、自分の食べるものがなくてもフローラ様に渡していたのだろう。フローラ様はそんなオルガ様を心配して自分のおやつを涎を垂らしながらも分けようとしている。


「乳母だからというのは関係ない。ヨハンナ様も食事を共にしないのを俺は気にしてたんだ。ハンネスは俺の息子同然だし、フローラも娘だと思っている。みんなでおやつくらいは一緒に食べよう」

「わたくしは、失礼してジュースだけですが、それでも、みんなと共に食卓に着くと、気分の悪さが落ち着く気がします」


 カールロ様とスティーナ様の言葉に、フローラ様の隣りにオルガさんの席、ハンネス様の隣りにヨハンナ様の席が用意された。山盛りにお皿に乗っていたクッキーのジャムとクリームチーズサンドが、見る見るうちになくなっていく。

 最初は遠慮がちだったオルガさんも、食べ始めると止まらなくなったようだ。余程お腹が空いていたに違いない。

 楽しいおやつの時間を終えると、フローラ様は疲れて眠ってしまった。オルガさんもふらふらになっているので、ヨハンナ様がそっと声をかける。


「夜は夜泣きで眠れないことがありますから、眠れるうちに休んでおいてください」

「ですが、わたくしには乳母の仕事が」

「わたくしも乳母です」


 ヨハンナ様に押し切られる形でオルガさんは乳母の部屋で休むことになった。

 オルガさんという二人目の乳母がヘルレヴィ家に来て、赤ん坊のための準備も万端になった。


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