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16.フローラ様の処遇

 わたくしには分からないが、この女の子の獣の本性はどうなっているのだろう。


「マウリ様、あのお嬢さんの獣の本性が分かりますか?」

「えっとね、ちいさいねこさん」

「猫……」


 強い本性ではない。普通の親ならば自分の小さな娘を捨てるようにしてお屋敷に置いていったりしない。おやつの席に座らせると、女の子は顔を突っ込むようにして必死に食べていた。顔中におやつのプリンが付いてしまって、ハンネス様が濡れたタオルで拭っている。


「フローラ・ヴァンニ……両親は熊なのに、隔世遺伝で子猫として生まれてしまったようだな。それで、弟が生まれたので、いらなくなった、か」


 おやつを食べながら言うカールロ様の表情は厳しい。プリンを食べながら屈強な男性が厳しい表情で言っているのはちょっと似合わないと思ってしまうが、カールロ様はマウリ様とハンネス様とできる限り食事やおやつを共にしてくれていた。家族として距離を縮めたいのだろう。

 難しい顔でマウリ様もプリンをスプーンで掬って食べる。


「わたし、アイラさまがだいすき! ほかのひととけっこんしないよ!」

「ふぇ……」


 スプーンでビシッとさされて、フローラ様が泣き顔になる。弟が生まれたというだけでも上の子は不安定になるのに、そんな時期に捨てるようにヘルレヴィ家に連れて来られたら不安で仕方がないだろう。

 その上、マウリ様はこの態度だ。


「ヴァンニ家に帰すのは簡単ですが……その後でその子はどうなるのでしょう」


 気分が悪くなるのでプリンではなくマンドラゴラの葉っぱの入ったジュースを飲んでいるスティーナ様がグラスを置いて呟く。


「他の貴族のところにやられるのでしょうか」


 呟くハンネス様の手をフローラ様がぎゅっと握り締める。


「こあい……ひとり、やぁの」


 一人になるのは嫌だと訴えるフローラ様の姿にハンネス様は心が動いたようだ。


「フローラ様をヘルレヴィ家に引き取っては……相手の思う壺ですか?」


 遠慮がちに言うハンネス様に、カールロ様がプリンを食べ終えてスプーンを置いた。


「きっちりヴァンニ家と縁を切らせて、全く関係がないようにしてやろう。自分の娘を捨てるように置いていくなんて許せない」


 カールロ様の言葉でフローラ様の処遇が決まりそうだった。

 無理やりにヘルレヴィ家と縁を持とうとしたヴァンニ家の思惑通りにはならないようにして、ヴァンニ家で冷遇されているフローラ様を助ける方法。それを提案したのはヨハンナ様だった。


「ハンネスはその子を気に入っているようです。わたくしがフローラ様を引き取りましょうか?」


 貴族の身分としては低くなってしまうが、フローラ様はヘルレヴィ家とは繋がりができることもなく、安全に愛される環境で暮らすことができる。


「みーのベッド、つかったらいやなの」

「びぇぇぇ!」

「みーとまーのつかってた、ベビーベッドなら、かしてあげる」

「ふぇ?」


 マウリ様もヨハンナ様の態度に強硬な姿勢を崩しつつあった。

 フローラ様は涙と洟を拭いてもらって、ヨハンナ様に抱っこされる。


「わたくしの子どもになりますか?」

「まっま?」

「そうですよ。父親はいませんが、わたくしがあなたを大事に育てます」

「まっま! まっま!」


 ぎゅっとヨハンナ様に抱き付くフローラ様の姿にわたくしは2歳の頃のマウリ様とミルヴァ様を重ねていた。マウリ様もミルヴァ様も父親のオスモ殿に冷遇されて、乳母には虐待を受けて、トカゲの姿で絡まるようにして二人で布団の中に隠れていた。

 お互いしか信じられる相手のいなかったマウリ様とミルヴァ様。

 フローラ様に至ってはたった一人で両親に捨てられるような生活を送って来たのだ。ずっとつらかったことだろう。


「アイラさま、わたし、フローラさまとはけっこんしない」

「分かっていますよ。わたくしはマウリ様を信じています」

「けっこんしないけど、フローラさまに、マンドラゴラをあげてもいい?」


 泣いて一人で寂しかったフローラ様にはマンドラゴラが傍にいてくれれば安心かもしれない。自分は認められないけれど、ヨハンナ様の決断を聞いてマウリ様なりに考えることがあったのだろう。

 優しい考えにわたくしはマウリ様の手を握る。


「とてもよい考えだと思います。きっとフローラ様の今までの孤独を癒してくれます」

「まー、フローラさまがすきなんじゃないよ! フローラさまは、わたしとおなじだから」


 2歳の頃の自分と同じような境遇だと理解しているマウリ様に、わたくしは頷いてフローラ様を暖かなわたくしの大きめのショールでぐるぐる巻きにして畑まで連れて行くことにした。

 よく見ればフローラ様は綺麗な服を着せられていたのに、靴も持っていない。


「靴を買いに行かなければいけませんね」

「私が抱っこします」


 ハンネス様に抱っこされてフローラ様は畑の前まで連れて来られた。


「フローラさまにかわれてもいいマンドラゴラはでてきて!」

「びぎゃ!」

「びょえ!」


 マウリ様が畝に声をかけると、マウリ様の大根マンドラゴラとハンネス様の蕪マンドラゴラも声を上げている。畝の中で「びゃ?」「びょぎゃ?」「ぎゃ!」とマンドラゴラたちが話し合って、しずしずと出てきたのは人参マンドラゴラだった。

 まだ葉っぱが生えていないが、栄養剤を与えれば葉っぱも生えてくるだろう。

 越冬するマンドラゴラたちにも栄養剤を与えた方がいいのかもしれないと思いつつ、わたくしは出て来てくれた葉っぱのない人参マンドラゴラを丁寧に水で洗い、フローラ様に差し出した。


「びょわ!」

「フローラ様のマンドラゴラです」

「ふーの?」


 水滴を拭きとった人参マンドラゴラをしっかりと両手で抱き締めて、フローラ様が微笑む。

 銀色の髪に菫色の瞳。

 とても可愛らしいフローラ様。

 こんなに可愛いフローラ様を捨てるようにして置いていった両親には怒りしかない。


「フローラ様は、今日からフローラ・ニモネン様です」

「ふー?」

「そうです、私と同じニモネン家の子どもです」


 オスモ殿の家名であるエルッコを名乗っていたハンネス様も無事にヨハンナ様のニモネンの家名を名乗れるようになっている。ヴァンニ家よりもずっと身分は低いが、ヨハンナ様とハンネス様の愛情を受けて育つのならばフローラ様も安心だろう。


「すち!」

「え? 私が?」

「う! すち!」


 ぎゅっとハンネス様に抱き付いてフローラ様が精いっぱいの愛情をハンネス様に示している。見知らぬ場所に連れて来られて、両親には捨てるように置いていかれたヘルレヴィ家で、優しくしてくれたハンネス様はフローラ様にとっては大好きな相手になったようだった。


「私の妹……なんて可愛い」

「フローラさま、にいさまのいもうとなら、わたしの、なぁに?」

「妹でいいと思います」

「わたしのいもうと! みーのいもうと?」

「ミルヴァちゃんの妹でもいいと思います」

「みーにおしえないと!」


 来たときには泣いて大変だったフローラ様もおやつを食べてハンネス様に抱っこされて、人参マンドラゴラを抱き締めて落ち着いている。

 庭にいると風が冷たいのでフローラ様の小さなお手手が真っ赤になっていた。一度子ども部屋に戻って、わたくしとマウリ様でお手紙を書くことにした。

 マウリ様がフローラ様の似顔絵を描いてくれて、わたくしがニモネン家に新しい家族が増えたことを手紙に書く。


「今、ヴァンニ家から親権を取り上げて、ニモネン家にフローラ様が移れるように手続きをしている。フローラ様は育児放棄されていたみたいだから、問題はないだろう」


 問題なのはヴァンニ家への制裁だとカールロ様は言う。

 ヘルレヴィ家にフローラ様を置き去りにして、マウリ様の妾にあわよくばしようとするような両親には、制裁を与えなければいけない。生まれて来た跡継ぎの子どもも、そんな両親に育てられるのは危険だろう。


「もう一人の子も引き取り先を探して、ヴァンニ家の夫婦には当主を辞めて隠居してもらうようにしよう」

「カールロ様、わたくしも手続きを手伝います」

「スティーナ様は休んでいてくれ。これくらいなら俺にもできると格好いいところを見せたいんだ」


 顔色の悪いスティーナ様には休んでいてもらって、カールロ様が手続きを進めることになった。初めての領主としての仕事がこんなことになるとは思っていなかったが、カールロ様は立派に務めを果たしている。


「いつか、フローラ様は弟と平和に会える日が来ればいいですね」


 両親に問題があったとしても姉弟にそれは関係ない。弟の方も別の家に引き取られるのならば、大事に愛されて育つことだろう。

 もう少し大きくなれば二人が会える日も出て来るかもしれない。

 その日まではフローラ様はニモネン家の娘として、ハンネス様とヨハンナ様に可愛がられて育つのだ。

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