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15.小さな来訪者

 女の子が泣いている。

 まだ2歳くらいのぽやぽやの髪の可愛い女の子だ。

 その子がヘルレヴィ家に来たきっかけから、わたくしは聞かなければいけなかった。

 その日は朝から健気に何度も葉っぱを伸ばすマンドラゴラの畑に行って、マウリ様とハンネス様と大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラで説得をしていた。


「そんなに生やさなくても、スティーナ様が毎日ジュースに入れて飲むくらいの葉っぱはあります」

「マンドラゴラさん、がんばりすぎたらかれちゃうの!」

「冬が越せなくなっては大変です。無理をしないで」

「びょえ! びょびょ!」

「びょびゃ! びぃぎゃ!」


 説得にも応じず、わさわさと葉っぱを茂らせたマンドラゴラに、わたくしたちは葉っぱを収穫するしかない。収穫するときに土の中に隠れた一匹一匹に語り掛ける。


「春になれば赤ん坊が生まれます」

「おかあさまのおちちに、マンドラゴラさんがいるかもしれない!」

「無理をせずに冬を越してください」

「びぎゃ!」

「びょわ!」


 必死の説得をしたが、明日また畑に行って葉っぱが伸びていないとも限らない。もう寒い時期で葉っぱを茂らせるだけのお日様の光も足りないし、土の養分も足りているか分からない。マンドラゴラが生命力を削って葉っぱを茂らせているのではないかとわたくしたちは心配だった。

 できることと言えば肥料を足して水を与えるくらいしかない。

 寒くなって来ていたので水はかなり冷たくなっていたが、わたくしたちは如雨露や柄杓でマンドラゴラに水をかけて行った。


「おかあさまがマンドラゴラにおみずをかけてあげたでしょう? それがマンドラゴラはすごくうれしかったんじゃないかな」

「スティーナ様への恩返しなのですね」

「まー、マンドラゴラに『げんきになぁれ!』する! げんきになぁれ! げんきになぁれ! おかあさまのためにいっぱいありがとう!」


 両手の指を絡めて手を組んで一生懸命にお祈りをするマウリ様に、マンドラゴラがますます元気になって葉っぱを茂らせるのではないかとわたくしは恐れてもいた。

 冬に入りかけていたが畑の世話に気が抜けない状態になってしまった。スティーナ様の体調に異変があれば、畑からマンドラゴラが自ら志願して出てきそうな勢いだが、そのときには有難く使わせてもらおうとわたくしもマンドラゴラの前で、胸の前で手を組んで祈りを捧げた。

 朝から忙しく働いて、熱いシャワーで温まって、朝ご飯を食べて、わたくしはハンネス様と馬車に乗る。馬車に乗る前にはマウリ様としっかりとハグをして「行ってきます」と言っておいた。

 馬車が見えなくなるまでポンチョを着たマウリ様が庭で手を振ってくださる。わたくしも馬車の窓から手を振った。


「ハンネス様はポンチョは欲しくなかったですか? わたくし、すっかりとハンネス様のことを忘れて……」

「私は、ちょっと恥ずかしいです……」


 年齢的にポンチョを着るのは恥ずかしいと頬を染めるハンネス様は5歳のマウリ様とミルヴァ様や、6歳のクリスティアンとは違った。10歳の男の子とはこんな感じなのか。マウリ様も10歳になるとこんな風にポンチョを恥ずかしがったりするのだろうか。

 その頃にはポンチョは着られなくなっているだろうが。

 話しながらハンネス様が幼年学校に着くと「行ってらっしゃいませ」と見送り、わたくしも高等学校に行った。高等学校では午前中は魔法学の授業になっている。

 サンルームに行くとエロラ先生が待っていてくれた。


「何か私に報告があるね?」

「分かるんですか!? まだ公にはされていませんが、スティーナ様が妊娠されたようです」

「それはめでたい。アイラちゃんは素直だから、言いたいことがあると顔に出るんだよ」


 なるほど、わたくしは表情で言いたいことがあるか分かるようだ。

 納得しているとエロラ先生がサンルームの中にある小部屋にわたくしを招いてくれる。区切られた小部屋があるとそのときまでわたくしは気付いていなかった。


「こんな部屋ありましたか?」

「ちょっと空間を捻じ曲げて作ってみた」


 エロラ先生は空間を捻じ曲げて部屋まで作れるようだ。ドアを開けると広いスペースが広がっている。コンロがあって、調理器具のようなものが並んでいて、そこはキッチンのように見えた。


「ここは?」

「そろそろ、魔法薬の調合を教えてもいい頃だと思ってね」

「魔法薬ですか?」


 薬草学は学んでいるが、魔法で薬が作れるというのは教本で読んでいたが実践したことがなかった。


「アイラちゃんはマンドラゴラを育てているし、マンドラゴラやその他の薬草の持つ生命力を最大限に引き出す魔法薬の調合が得意なのではないかと思っていたんだ」

「わたくしの、得意分野」


 確かに薬草学の授業は好きだし、畑で薬草やマンドラゴラを育てるのもわたくしは大好きだ。畑仕事などしたことのなかった貴族の令嬢だったわたくしだが、今は畑仕事をしない日の方が少なくなっている。


「材料の薬草も色々取り揃えてあるが、アイラちゃんの持っている薬草もあるよね。マンドラゴラの栄養剤用のものとか」

「マンドラゴラの栄養剤を作れるんですか?」

「魔力を込めてもっとたくさん、もっと効能の強いものが採れるようにできたら、私にとっても利益になる」


 今日は薬草を持って来ていないが、薬草を持ってくればこれからエロラ先生にマンドラゴラの栄養剤の作成方法を教えてもらえる。

 調合室の使い方を教えてもらって魔法学の授業は終わった。明日には栄養剤用の薬草を持ってこようと忘れないようにメモしておく。

 お茶を飲んで、お礼を言ってニーナ様とマルコ様の待つ空き教室にわたくしは行った。


「アイラ様、変なやつが動き出してるみたいですよ」

「え?」


 お弁当を食べているとニーナ様から話される。


「マウリ様にお妾さんを持たせようという貴族がいるって話を聞きました」

「どこの情報ですか?」

「大々的に、自分の娘はマウリ様に気に入られるだろうって言ってる貴族がいるんですよ」


 そのときにはあまり気にしていなかったのだが、午後の授業を受けてお屋敷に帰ってくると、子ども部屋で女の子が泣いていた。

 年の頃は2歳くらい。おめかししたワンピースのスカートの裾からぷっくりとしたオムツが見えている。


「このお嬢さんは誰ですか、ヨハンナ様」

「アイラ様、帰って来てくださったんですね。大変だったんですよ」


 マウリ様はぷっくりとほっぺたを膨らませてわたくしのスカートにへばりついているし、女の子は子ども部屋の床に座り込んで泣いている。オムツが濡れているのではないかと心配になるが、まずはヨハンナ様の話を聞かなければいけない。


「ヴァンニ家のご夫婦がやってきて、マウリ様の妾にお嬢さんを置いて行かれたのです」

「えぇ!? マウリ様はまだ5歳ですし、そのお嬢さんはまだ2歳くらいでは?」

「そうなのですよ。カールロ様が止めようとしたのですが、スティーナ様のご気分が悪くなられて、介抱している間に、さっさとお嬢さんを置いて帰ってしまって」


 残されたお嬢さんは困惑していたが、マウリ様を見て一生懸命にご挨拶をしたようなのだ。


「ふー、でつ」

「いやっ! きらい! アイラさまとけっこんする!」


 2歳の女の子と5歳のマウリ様との会話である。成立していないどころか、完璧に決裂してしまった。マウリ様は5歳なりにヨハンナ様のことがあるので妾という言葉を知っている。わたくし以外の相手と結婚するようなことになるかと思って、思い切り拒絶してしまったのだ。

 話を聞いて困っているわたくしの前で、ハンネス様が女の子を抱き上げる。


「オムツが濡れていますね。お着換えをしましょう」

「ふー、ちらい! やっ!」


 嫌いと拒絶されたことにショックを受けている女の子のオムツを手際よくハンネス様が替えていく。オムツを替えて、ミルヴァ様のお譲りの服を着せられた女の子にハンネス様が眉を顰めていた。


「オムツかぶれも酷いし、あまりオムツを替えてもらっていなかったのではないでしょうか」

「ふー、まんま! おなか、ちーた!」

「お腹も空かせているようです」


 痩せた女の子の身体は小さな頃のマウリ様とミルヴァ様を思わせる。

 わたくしにはこの女の子を放っておくことはできなかった。


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