14.スティーナ様の妊娠報告
スティーナ様の妊娠が分かったので、夜の通信では話すことがたくさんあった。夕食を早めに食べて、お風呂に入って、歯も磨いて、眠る準備を整えておいた。話が長くなりそうだったので、通信が終わったらすぐに寝られるようにしておきたかったのだ。
ポンチョも届けたので、通信が早くなることについては先にラント領から届いた手紙で決まっていた。ミルヴァ様のお絵描きとクリスティアンの可愛い手紙が指標に届いていたのだ。
「手紙で伝えるよりも、通信で伝えた方がいいでしょう」
スティーナ様の意見にわたくしは賛成だった。
ずっとマウリ様は半泣きの顔をしている。心配になったわたくしが膝をついて顔を覗き込むと、マウリ様はわたくしに抱き付いてきた。
「わたし、しらなかった……あかちゃんがおなかにくると、おかあさまのからだがくるしくなるなんて。あかちゃんがきてくれるようにおいのりしてたけど、おかあさまのからだをくるしくさせるおいのりだった」
「マウリ様が祈ったからスティーナ様が体調を崩されたわけではないのですよ」
「わたし、おかあさまにげんきになってほしかったのに」
ぐすぐすと洟を啜るマウリ様に、スティーナ様が近寄って、カールロ様がマウリ様を抱き上げた。立ったままの姿勢でスティーナ様と視線が合って、マウリ様はうるうると目を潤ませている。
「赤ちゃんができて吐き気がするのを、悪阻といいます」
「つわり?」
「わたくしの身体が赤ちゃんを育てるために、赤ちゃんを認めるまでの間戦うのです」
「あかちゃん、おかあさまをこうげきしてるの?」
「一つの命を産み出すのですから、簡単なことではありません」
マウリ様とミルヴァ様のお産でもスティーナ様は命を落としかけた。お産は命懸けなのだとマウリ様は改めて思って、スティーナ様を失うかもしれない可能性に気付いて怯えているのだ。
「ミルヴァと通信をして詳しく話しましょうね」
そろそろ通信をする時間が近付いていた。
指標の上の魔法具に手を翳すと、クリスティアンとミルヴァ様がドアップで映っていた。ポンチョを見せたいようだが、近すぎて二人の顔しか見えない。
「ミルヴァ、クリスティアン様、もう少し下がって」
『おかあさま、わたくしのポンチョをみて! かわいいでしょう?』
『ぼくのポンチョ、ミルヴァさまとマウリさまとおそろい!』
嬉しそうに見せてくる二人の可愛さに笑顔になってしまう。スティーナ様に話しかけてから、ミルヴァ様とクリスティアンはカールロ様に抱っこされているマウリ様が泣き顔なのに気付いたようだ。
『まー、どこかいたいの?』
『あねうえ、マウリさまは、ころんだのですか?』
聞かれてわたくしから話していいものか迷っていると、スティーナ様とカールロ様が寄り添って視線を絡め合う。二人で頷いて、カールロ様がミルヴァ様の立体映像と視線を合わせた。抱っこされているマウリ様の鼻から洟がつつーっと垂れて、ミルヴァ様がそれを拭こうとしてハンカチを取り出すが、立体映像なのですり抜けてしまう。
「スティーナ様に赤ん坊ができたんだよ」
『おかあさまに、あかちゃんが!?』
『スティーナさまに!? カールロさま、スティーナさま、おめでとうございます!』
飛び跳ねて喜ぶミルヴァ様とクリスティアンに反して、マウリ様はひっくひっくと涙を堪えている。
『まーは、うれしくてないていたのね』
「ちがうよ、みー! あかちゃんがおなかにくると、おかあさまはからだがくるしくなるんだ」
『え!?』
説明されてミルヴァ様が驚きの声を上げる。
「悪阻と言って、吐き気がしたり、ご飯が食べられなくなったりしますね」
『おかあさま……くるしいの?』
「苦しかったですが、マンドラゴラの葉っぱをもらって吐き気は治まりました」
そこでわたくしはマンドラゴラが全部葉っぱを伸ばした理由を理解することができた。
「マウリ様、葉っぱはまだまだたくさんあります! 悪阻が治まるまで毎日スティーナ様にマンドラゴラの葉っぱを召し上がっていただくとよいのではないでしょうか?」
「びょわ!」
「ぎょわわ!」
足りなければ自分たちの葉っぱを差し出すと言わんばかりのマウリ様の大根マンドラゴラとハンネス様の蕪マンドラゴラに、立体映像のクリスティアンの蕪マンドラゴラとミルヴァ様の人参マンドラゴラも答える。
『ぎょわぎょわ!』
『びょわわ! びょえ!』
『おかあさま、たりなければニンジンさんもカブさんもきょうりょくするって!』
『スティーナさまのためなら、がんばるといっています!』
心優しい子どもたちとマンドラゴラに囲まれて、スティーナ様は涙ぐんでいた。
「わたくし、元気な赤ちゃんを産めるように体を労わりますね」
「領主の仕事は俺がほとんどする」
『領主の仕事で分からないことがあるときには相談してくださいませ』
『カールロ様を補佐します』
父上と母上もカールロ様とスティーナ様を応援してくれていた。
『まー、おにいさまになるのよ。もうなかないで』
「みー、わたし、おにいさま?」
『そうよ、わたくしはおねえさま!』
ショックから立ち直れていないマウリ様をミルヴァ様が慰めている。立体映像なので触ることはできないが、撫でようとしているが触れなくてもどかしそうだ。
『わたくし、おかあさまにあいたい……』
「わたくしもミルヴァに会いたいですね」
スティーナ様の顔を見上げたミルヴァ様に、クリスティアンが話しかけている。
『ふゆやすみには、ヘルレヴィりょうにいかせてもらおう』
「わたくしたちが行くのではなくて?」
『来年はアイラとクリスティアンの誕生日をヘルレヴィ領でやりましょうかね』
「よろしいのですか?」
『スティーナ様はヘルレヴィ領でゆっくり過ごされた方がいいでしょう』
クリスティアンの提案に父上と母上も賛成して、次の冬休みはヘルレヴィ領で過ごすことになりそうだった。
秋の終わりに分かったスティーナ様の妊娠。
ショックを受けていたマウリ様も、マンドラゴラの葉っぱがスティーナ様を助けられると分かって安心したようだった。
ショックが抜けるとマウリ様の興味は赤ん坊のことに移っていった。
サロモン先生が質問攻めにあうことになる。
「サロモンせんせい、あかちゃんはいつうまれるの?」
「春頃ではないでしょうか」
「あかちゃんは、なにをたべるの?」
「お乳を飲みますよ」
「おちち! まー、のんだことあるのかな?」
赤ん坊の頃は誰でもお乳かミルクを飲まなければ成長できない。歯も生えていないので、ご飯を食べることができないのだということや、最初は首が据わっていないことなどは教えられたが、サロモン先生も赤ん坊のことに詳しいわけではないようだ。
「どれくらいおおきくなったら、ごはんがたべられるの? おはなしはいつごろからできるの? まーがだっこしてもいいの?」
延々と続く質問に徐々に答えられなくなってくる。
困っているサロモン先生にヨハンナ様が話に入って来た。
「赤ちゃんがご飯を食べられるのは、かなり先ですが、生まれて半年も経つと、ご飯を食べる準備をします」
「どんなじゅんび?」
「どろどろにした食べ物を食べ始めるのです。それを離乳食と言います」
「りにゅうしょくをたべたら、おちちはいらないの?」
「離乳食は最初はスプーン一杯から始めます。それではお腹がいっぱいにならないので、お乳やミルクが必要です」
出産と子育ての経験のある乳母のヨハンナ様から教えてもらって、マウリ様は大きな目をくりくりさせて一生懸命聞いていた。
「おててをつないで、おにわをおさんぽしたいの」
「それは、1歳を越してからでしょうね」
「さいしょは、ずっとねてるの?」
「眠っているか、泣いているかですよ。なかなか寝ないこともありますから、マウリ様も夜中に叩き起こされるかもしれません」
「まー、あかちゃんのためなら、へいき」
話しているとハンネス様が気になる様子でそわそわしている。子ども部屋を覗いているハンネス様をわたくしが呼んだ。
「ハンネス様も一緒に聞いたらいいと思いますよ。ハンネス様の弟か妹でもあるのですから」
「ハンネスの小さな頃の話をして差し上げましょうかね」
「母上、恥ずかしいことは言わないでください!」
会話に入っていいか分からなかったハンネス様も話を聞くことができて、照れ臭そうだが嬉しそうだった。
来年の春までに、わたくしも赤ん坊について学ばねばならないことがあった。
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