13.危機を感じ取るマンドラゴラ
おやつの後にマウリ様にポンチョを渡すと、表面を撫でて、頬ずりをして、うっとりとしていた。
「ふわふわだね。きもちいい」
嬉しそうなマウリ様がポンチョを着るとお尻の辺りまですっぽりと草色の布に覆われて、とても可愛らしい。裾には房になった糸の飾りがついている。わたくしもケープを広げて身に着けると、柔らかくて肌触りがよくて軽くて暖かい。
「アイラさまとおそろいだね!」
「ミルヴァ様とクリスティアンともお揃いですよ」
「みーとクリスさまと!?」
喜んで飛び跳ねるマウリ様と手紙を書いてラント領にミルヴァ様とクリスティアンのポンチョを送ることにした。マウリ様はクレヨンで大きめの紙に一生懸命書いている。
「みーのことは、おてがみだと、ミルヴァってかかないといけない?」
「その方がいいですね」
「わかったよ。ミルヴァってかくね」
四人並んだブルーグレイと、草色と、葡萄色と、水色の布のようなものを着ている絵が描かれた下に、「アイラさま」「マウリ」「ミルヴァ」「クリスさま」と書かれている。文字は若干歪んでいるがかなり上手に書けるようになっていた。
エロラ先生からエリーサ様が作ってくださったポンチョを入れて送ること、マウリ様とお揃いでわたくしもケープを作ってもらったことなどを書いて封筒に入れると、マウリ様の紙も折り畳んで封筒に入れた。封筒が膨れ上がってしまったが気にしないことにする。
ミルヴァ様とクリスティアンのポンチョはなんとか指標の箱の中に入った。蓋を閉じると魔力が働いて中身が消えるのが分かる。もう一度蓋を開けて確認すると、箱の中は空っぽになっていた。
「クリスさまとみーから、おへんじとどくかな?」
「これから書くので時間がかかると思いますよ」
「そっか……アイラさま、おさんぽにいこう!」
もらったポンチョが嬉しくて脱がないままでいて、お外に行きたがるマウリ様は可愛い。手を繋いで庭に出てもむき出しの顔は寒かったが、ケープに包まれた体は暖かかった。
ポンチョから手を出して繋いでいるマウリ様の手も暖かい。
二人で庭を歩いて畑の近くまで行った。畑のマンドラゴラは越冬のために藁を被せられているが、「びぎゃ」「びょえ」と土の中で喋っている。
「元気なようですね」
「びゃっ!」
「わたしのダイコンさんもげんきだよ」
マウリ様がもう片方の手を繋いで連れている大根マンドラゴラが畝に挨拶をしている。大根マンドラゴラの声に反応して畝が動き出す。
「マウリ様、そろそろサロモン先生の授業ですよ」
ハンネス様が呼びに来てくれるが、マウリ様の視線は畑の畝に釘付けだった。
「アイラさま、マンドラゴラがなにかいいたがってる」
「マンドラゴラがですか? 何を言いたがっているんでしょう?」
「びょえ!」
マウリ様の手から逃れた大根マンドラゴラが、ハンネス様の飼っている蕪マンドラゴラが駆けて来たのに、手招きしている。大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラが手を取り合って畝の前で踊り始める。
何が起きるのかと見守っていると、畝を覆っていた藁が持ち上がった。
「マンドラゴラが成長している!?」
「アイラさま、わらをどけて! にいさまもてつだって!」
マウリ様に促されてわたくしとハンネス様とマウリ様の三人で藁を外していくと、マンドラゴラの葉っぱが育っていた。
驚きで藁を外したまま固まってしまったわたくしの前で、にょきにょきと葉っぱが伸びていく。
「マンドラゴラは葉っぱにも効能がありますね」
いつの間にか来ていたサロモン先生が難しい顔で言っていた。
確かにわたくしが魔力を使って消耗したときにもマウリ様のマンドラゴラが葉っぱをくれた。葉っぱの炒め物を食べてわたくしは消耗から回復したのだ。
何故、今マンドラゴラが葉っぱを成長させたのだろう。
疑問に思っていると、サロモン先生が厳かに告げる。
「スティーナ様がご気分が悪いとおやつの後にお手洗いに行っていましたね」
「え!? おかあさまはちょうしがわるいの!?」
慌てるマウリ様にわたくしは納得した。スティーナ様の危機を感じ取ってマンドラゴラたちは葉っぱを伸ばしたのだ。
「ハンネス様、サロモン先生、手伝ってください。この季節だと葉っぱはすぐに枯れてしまいます。その前に収穫して、余った分は干しましょう」
スティーナ様の体調不良がいつまで続くか分からないけれど、マンドラゴラたちは全員葉っぱを伸ばしてスティーナ様を助ける体勢だった。葉っぱを収穫して今日使う分と、これからも使うかもしれない分を分けた。今日使う分はそのままにして、これからも使うかもしれない分は乾かしておく。
ヘルレヴィ領に畑ができてから二年、薬草の保管庫も庭に出来上がっていた。干してからお屋敷に戻ると、スティーナ様はリビングのソファで休んでいた。葉っぱを握り締めたマウリ様が涙目でスティーナ様に近寄る。
「おかあさま、くるしいの? おびょうき?」
「マウリ、心配しなくていいのですよ」
「わたし、おかあさまだいすき。しんぱいする」
蜂蜜色のお目目から涙が零れそうになっているのを、スティーナ様が抱き締める。ぐすぐすと洟を啜るマウリ様に、カールロ様が「医者を手配しろ」と使用人さんに命じているのが見えた。
「おかあさま、おいしゃさまにかからないといけない……おかあさま、しんじゃうの?」
ぽろりと涙が零れるマウリ様に、スティーナ様は指先でその涙を拭う。
「マウリ、まだ分からないのですが……わたくし、赤ちゃんができたのではないかと思うのです」
「え? あかちゃん!?」
葉っぱを握り締めてスティーナ様にぐいぐいと押しつけているマウリ様の蜂蜜色のお目目が輝く。
「わたしの、おとうとかいもうと?」
「お医者様に聞かないと本当に赤ちゃんがいるのか分かりませんが、マウリとミルヴァを授かったときと同じなので」
「あかちゃんがくると、おかあさま、くるしくなるの?」
「赤ちゃんがお腹に宿ると、わたくしの身体にとって赤ちゃんは異物なので、しばらく戦わなければいけないのです。ご飯が食べられなくなったり、気分が悪くなったりします」
赤ん坊がお腹に来ると体調が悪くなるという事実を知ってマウリ様がショックを受けている。マウリ様とミルヴァ様が生まれたときにスティーナ様が命が危険なくらいに体調を崩されたのはマウリ様もよく知っている。
「おかあさま……しんじゃやだ」
「死にません。わたくしを愛してくれるマウリとミルヴァとカールロ様がいるのに死ねますか。必ず元気な赤ちゃんを産んでみせます」
力強く宣言するスティーナ様だが、カールロ様は慌てているようだった。涙がぽろぽろと零れるマウリ様の手を取って、わたくしは厨房まで歩いていく。大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラもぽてぽてと付いて来ていた。
「これを、おかあさまにたべさせてください」
「これは、マンドラゴラの葉っぱではありませんか」
「スティーナ様の危機を感じ取って庭のマンドラゴラたちが葉っぱを生やしたのです」
「びぎゃ! びょえ、びょわわ!」
「びょぎゃ! ぎょぎゃ! ぎょえ!」
マンドラゴラたちもマンドラゴラたちなりに説明をしている気がする。それにしてもスティーナ様の危機を感じ取ることができるなんてマンドラゴラは本当に不思議な植物だ。
受け取った葉っぱを厨房の料理長はジュースに混ぜてくれた。出来上がったジュースを受け取ってスティーナ様のところまで、零さないようにマウリ様が一歩一歩気を付けながら歩く。何度かちゃぷんちゃぷんと零れそうになったが、マウリ様は零さずにスティーナ様のところまでジュースを届けられた。
甘いジュースにマンドラゴラの葉っぱを混ぜ込んだものを、スティーナ様が受け取る。
「ありがとうございます、マウリ」
「おかあさま、げんきになぁれ! げんきになぁれ!」
「わたくしは大丈夫ですよ」
苦笑しながらジュースを飲んだスティーナ様がほぅっと息を吐く。
「吐き気が治まって来た気がします」
「おかあさま、げんきになった?」
「かなり元気になりましたよ」
吐き気を我慢しながらスティーナ様はマウリ様と話していたようだ。吐き気が治まったと聞いてマウリ様の蜂蜜色のお目目から涙がぽろりと零れる。
「よかった、おかあさま」
「マウリとマンドラゴラのおかげですね」
微笑むスティーナ様の元にカールロ様が急遽呼んで来たお医者様を連れてくる。若い女性のお医者様がスティーナ様に質問をして、診察をしている間、わたくしとマウリ様とハンネス様は廊下で待っていた。サロモン先生は席を外してくれている。
しばらくして呼ばれたわたくしたちは、スティーナ様とカールロ様から、スティーナ様の妊娠を知らされるのだった。
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