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11.ポンチョとケープとニーナ様の夢

 授業の終わりにエロラ先生はわたくしに三つのポンチョと一つのケープを渡してくれた。


「エリーサに頼んでいたものが出来上がったよ。厳重な守りの魔法がかけられているから、お屋敷の敷地内から出るときには身につけた方がいい」

「ありがとうございます。草色がマウリ様で、葡萄色がミルヴァ様で、クリスティアンが水色、わたくしがブルーグレーですか?」

「そうだよ。強力な防寒効果もあるから、これからの季節に役立つだろう」


 薄手だが寒い日には防寒効果が働いて、それほどでもない日には涼しく過ごせる仕様になっているポンチョとケープ。魔法のかかったものを受け取るのはありがたいが、ものすごく高価なのではないかと考えてしまう。


「本当によろしいのですか?」

「君たちのために作ってもらったのだよ。それに、私とエリーサは年に数日しか連絡を取り合ったり会ったりすることを許されていない。魔法具を頼むのはそれに含まれないから、手紙のやり取りができて幸せだった」


 魔法具職人のエリーサ様とヘルレヴィ領の高等学校の魔法学の教師のエロラ先生は、ラント領とヘルレヴィ領に引き離されている。お二人は思い合っているのだが、女性同士ということで周囲が許さないのだ。

 百年間離れていられたら認めようという周囲の言葉に、エロラ先生とエリーサ様は今挑戦している。その最中だからこそ連絡を取るのも制限されているが、わたくしたちの用事となると、それにかこつけて連絡を取れるのだと言われれば遠慮するわけにもいかない。

 ポンチョとケープは大事に受け取った。


「防水、汚れ防止の魔法もかかっているから、雨や雪、汚れにも強いよ。本当にエリーサは完璧な魔法具職人なんだから」


 うっとりと恋人のことを語るエロラ先生は美しい。元々美しいが、恋がますますエロラ先生を美しくしているのだろう。

 歌うようにエリーサ様の名前を呼ぶエロラ先生にお礼を言って、エリーサ様へのお礼状はエロラ先生が書いてくれるように頼んで、わたくしはサンルームを辞した。お礼状もわたくしが邪魔をするよりもエロラ先生に頼めばエロラ先生はエリーサ様と連絡が取れる。

 引き裂かれる恋人同士が再び共に暮らせる日まで、わたくしはどんな協力も惜しまないつもりだった。

 ポンチョとケープは肩掛けのバッグに入れた。肩掛けのバッグはどれだけ物を入れても重くなることはないし、かさばらない小ささだし、開き口より大きなものでもするりと入ってしまう。

 これもエリーサ様が作ったのだと思うと、エリーサ様の偉大さにわたくしは感服するしかなかった。

 魔法学の授業が終わるといつも通りに空き教室に行く。ヘルレヴィ家の家庭教師からネヴァライネン家の家庭教師になっているマルコ様はニーナ様にお弁当を持ってきてもらっていた。

 マルコ様とニーナ様が同じお弁当を食べているのは微笑ましい。


「アイラ様のお食事は色んなものを食べるんでしょう?」

「おにぎりや、カレーや、薄焼きパンなどもヘルレヴィ家で作り始めましたね」


 ラント家で食べていたのでマウリ様は慣れているが、スティーナ様やカールロ様、ヨハンナ様やハンネス様は新しい料理に興味津々だった。ラント領の風土料理を食べると驚いてくれたり、喜んでくれたりする。

 特にカレーは大好評だった。

 肌の色の濃いひとたちも多いラント領では、スパイスをたっぷり使ったカレーという料理が食べられる。薄焼きのパンにつけたり、ご飯にかけたりして食べるのだが、厨房の料理長にレシピを渡したときにはそのスパイスの種類の多彩さに驚いていた。

 マウリ様のために甘口だったがカレーをみんなでお昼ご飯に食べた日は忘れられない。マウリ様はお代わりをして、カールロ様は三杯も食べていた。


「サロモン先生もカレーはお好きかしら……」

「サロモン先生? 新しい先生が決まったのですか?」


 マルコ様に言われてわたくしは頷く。


「一昨日のわたくしが休みの日に来てくださいました。マウリ様も少しずつですが慣れています」

「それはよかった」


 安堵して人の好い笑顔を浮かべるマルコ様に、ニーナ様が話を戻す。


「ラント家のレシピをネヴァライネン家にももらえないでしょうか?」

「ネヴァライネン家でもラント領の料理を作ってみるのですね。料理長にお願いしてみます」

「ありがとうございます。マウリ様とミルヴァ様のお誕生日会で食べた料理……名前も分からないんですけど、多分ラント領のだと思うから、また食べたくて」


 ネヴァライネン家の令嬢であるニーナ様はマウリ様とミルヴァ様のお誕生日会にも来ていたのだ。ひとが多かったのでわたくしは気付いていなかったが、そこで軽食を食べていたという。

 あのときにもカレー味のポテトサラダや、ゆで卵を潰してカレー粉と混ぜたものをクラッカーに乗せて出していた気がする。


「ネヴァライネン家にレシピが来るということは、僕も食べられるということか」

「マルコにはエーリクの勉強まで見てもらってるから、当然、食べて行ってよね」


 マルコ様がニーナ様に勉強を教えていると、エーリク様がやって来て割り込んで自分の勉強を教えてもらうと言うのだ。ニーナ様はあまりやる気がないのだが、エーリク様はやる気満々なので、マルコ様はエーリク様に教えつつ、やる気のないニーナ様を鼓舞して勉強させている状態なのだという。


「ニーナ様がもっと自主的に勉強してくれたらなぁ」

「難しすぎて、頭がぐるぐるしちゃうのよ。あたしは走ったり、ボールを投げたりする方が好き」


 その言葉通り、体育を専攻しているニーナ様はその成績は非常によかった。ネヴァライネン家が大型の犬科の家系で、運動に長けているせいだろう。マルコ様は音楽を選択している。わたくしは選択授業の代わりに魔法学を学んでいるので、体育や音楽や美術などの教科は受講していなかった。


「新しい歴史学の先生が来るらしいんだけど、どんな先生かな?」

「どんな先生でもニーナ様のやる気を出させてくれるならいいよ」

「マルコ、酷い!」


 新しい歴史学の先生に興味津々のニーナ様と、呆れ気味のマルコ様。二人の仲は縮まっているように思えた。

 歴史学の授業が始まると若い女性の先生が入って来た。


「初めまして、今日から歴史学の担当になりました。よろしくお願いします」


 ちょっと早口だが、小柄な体にぴしっとパンツスーツを着た先生は、教科書を開く。教科書の内容を早口で読み上げてから、それにまつわる話をしてくれる。


「シルヴェン家では代々幻獣が生まれ、宰相の地位を獲得してきました。初めは王太子殿下の教育係として王宮に入り、やがて宰相の地位へと上り詰めるのです」


 国の宰相の歴史で出てきたシルヴェン家の名前にわたくしはノートをとるペンを止めた。サロモン先生もシルヴェン家の出身だ。いずれは王族の家庭教師となると言っていたが、王太子殿下の家庭教師となって宰相にまで上り詰める可能性があるのだと気付いて驚いてしまう。

 カールロ様のマイヤラ家も大公殿下の家系だが、シルヴェン家は宰相閣下の家系だった。周囲に物凄いひとばかり集まっていることに今更ながらに気付かされる。


「あたし、騎士になりたかったんです」


 授業が終わってからニーナ様がぽつりと呟いた。


「騎士や警備兵になって、国を守りたい。だけど、両親は女がする仕事じゃないって言うんです」


 騎士や警備兵になってしまうと、その職の公平性を保つために生まれた家とは縁を切らなければいけない。ネヴァライネン家にとっては大事な令嬢であるニーナ様を手放したくないのだろう。

 騎士も警備兵も国王陛下の管轄になって、それぞれの領地に王都から派遣されて、領主の権力すら影響を受けずに犯罪が起きたときには出動する。王都で王宮を守るのが騎士、その他の領地で治安を守るのが警備兵と決まっている。

 それぞれの領地で持っている私兵とは全く管轄が違うのは、貴族の犯罪も取り締まれるようにだった。


「ニーナ様の夢、素晴らしいと思います」


 わたくしの言葉にニーナ様が緑色の目を輝かせる。


「警備兵や騎士になるためには最低限のマナーと教養は身に着けておかなければいけないんですけどね」

「それは、今、頑張ってるわ!」


 マルコ様に言われてちょっと言葉に詰まったニーナ様。

 性別に関係なくなりたい職業になれる未来が来ればいい。

 ニーナ様の夢をわたくしは応援するつもりだった。

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