8.スティーナ様の配慮
スティーナ様が用事があると言ってわたくしを引き留めたので、何事かと構えていたら、サロモン先生もマウリ様もカールロ様もハンネス様もヨハンナ様も出かけた二人きりの部屋で、スティーナ様は声を顰めてわたくしに聞いてきた。
「失礼なことを聞くかもしれませんが」
「はい、なんでしょう」
「下着のサイズが合っていないのではないですか?」
「きゃっ!?」
突然聞かれたことにわたくしは驚いて妙な声を上げてしまった。
女性用の下着をわたくしも身に着けているのだが、それはラント領からヘルレヴィ領に来るときに持って来ていたもので、わたくしはこの一年で胸の大きさが変わっていた。
あまり知られたくないので隠していたが、確かに下着のサイズは合わなくなっている。わたくしの母上も胸は大きい方だったので、このまま育てば胸は大きくなるのかもしれない。
「なぜ、分かったのですか?」
「こちらに来て一年になりますものね。気付かなかったわたくしの鈍さを許してくださいませ。アイラ様も成長期ですのに」
「い、いえ」
スティーナ様はほっそりして胸もそれほど膨らみがないので、わたくしは胸が大きくなるのが何となく恥ずかしいような気がしていた。エロラ先生のようにほとんど胸の膨らみがない方がカッコよく思えてしまうのだ。
胸が育っていくことにコンプレックスを感じていたから言えなかった下着のサイズが合わないという事実に、スティーナ様は母親のように気付いてくださった。
「下着を買いに行きましょうね」
「はい……わたくしの体の線、そんなに崩れていましたか?」
「いいえ、気になるほどではないですよ。ですが、そのまま合わない下着をつけ続けるのは成長によくないでしょう」
これからは下着のサイズが合わなくなったら相談してほしいと言われてわたくしは妙に安堵してしまう。
「ラント領に行ったときに母上に相談すればよかったと思っていたんです」
「気付かなくて申し訳ありませんでした」
「スティーナ様のせいではありません」
スティーナ様も女のお子様をお持ちとはいえ、まだ5歳なので女性用の下着のことまでは気付かないだろう。今回気付いてくれたことが本当にありがたかった。
マウリ様たちが買い物に行っている間に、わたくしとスティーナ様は女性用の下着の専門店に行った。胸のサイズを計られるのは恥ずかしいが、身体に合ったものを身につけなければ体のラインが崩れてしまうので、試着室の中で測ってもらう。
胸のサイズに合わせた下着は、可愛いものをスティーナ様が選んでくれた。水色の花の刺繍のあるもの、ピンクの花の刺繍のあるもの……数種類を買って包んでもらう。
買い物から帰ってくるとマウリ様の泣き声が聞こえた。
「アイラさまー! どこぉー?」
わたくしを探している声に、急いでルームシューズに履き替えて子ども部屋に走る。泣いているマウリ様をカールロ様が抱っこして宥めていたが、わたくしが視界に入った瞬間、マウリ様は飛び降りようとする。危ないのでカールロ様に抱き留められて、床に降ろされて、マウリ様がわたくしの元に走って来た。
「アイラさまー! さびしかったのー!」
「スティーナ様と出かけていただけですよ」
「おかあさま、アイラさまをとらないで!」
遂にマウリ様の嫉妬はスティーナ様にまで向いてしまった。申し訳なくスティーナ様を見ると、苦笑しているのが分かる。
「大事な用事があったのです」
「おかあさま……」
「マウリはアイラ様がお困りのまま暮らしている方がいいのですか?」
問いかけられてわたくしのお腹の辺りに抱き付くマウリ様が顔を上げた。
「アイラさま、おこまりだったの?」
「少しだけ」
「もうなおった? げんきになぁれ、する?」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
優しいマウリ様は自分が寂しかったことよりもわたくしのことを心配してくれる。有難く思いながらマウリ様を抱き上げた。マウリ様もぎゅっとわたくしに抱き付いてくる。
「マウリ様、重くなりましたね」
「まー、おもい?」
「いつまで抱っこさせてくれるのでしょうね」
そのうちに恥ずかしがって抱っこはさせてくれなくなるというのは、クリスティアンでよく分かっている。クリスティアンは精神的な成長の早い子どもだったから、早いうちから抱っこは嫌がったし、お膝に乗るのも好きではなかった。自立していたのだ。
甘えん坊のマウリ様はクリスティアンよりは長く抱っこさせてくれるかもしれない。
「わたし、いつか、だっこしてもらえなくなるの?」
「マウリ様が恥ずかしくて嫌になりますよ」
「おひざにものれなくなるの!?」
止まっていた涙がまた零れだして、わたくしは慌ててしまった。
マウリ様にとっては抱っこしてもらえなくなることも、お膝に乗れなくなることも、ものすごいショックなことだったようだ。
「サロモンせんせい、まーは、なんさいまでだっこしてもらえる?」
先生としても信頼関係が築けてきたのか、マウリ様がわたくしに抱っこされたままでサロモン先生に聞いている。気を付けて距離を取りながらサロモン先生がマウリ様の蜂蜜色のお目目を覗き込む。
「それは、抱っこしてくれる方の腕力と、マウリ様の羞恥心にかかっています」
「しゅうちしんって、なぁに?」
「抱っこされることが恥ずかしいと思う気持ちです」
「まー、それ、ないよ」
ないと主張するマウリ様にサロモン先生が丁寧に説明する。
「今はないかもしれません。成長するにつれて、自立心が芽生えて、甘やかされることが恥ずかしいと思うときが来るのです」
「じりつしんってなぁに?」
「自分のことが自分でできると思う気持ちです」
「わたし、じぶんのことはできるけど、だっこはしてほしい」
5歳の繊細な心がサロモン先生に読み解けるだろうか。答えを待っているとサロモン先生が計算を始める。
「アイラ様の腕力を考えると、これからマウリ様の体重が増えていくとして、物理的に7歳くらいには抱っこは不可能になるのではないでしょうか」
「アイラさま、だっこしてくれない?」
「してくれない、ではないのです。できなくなるのです」
確かに7歳にもなるとマウリ様は相当体重も増えているだろう。そうなるとわたくしでは抱っこするのは難しくなる。
「カールロ様はもう少し長く抱っこできるかもしれません」
「おとうさまより、アイラさまがいーの!」
「それでしたら……お膝に乗るのはその時期でも可能かもしれません」
「できるの?」
お膝には乗れると聞いて零れそうだったマウリ様の涙が引っ込む。
「無理をして抱っこをすると膝や腰を傷めることがあります。マウリ様の成長に伴った行動を学ばねばなりませんね」
「おひざにだっこしてくれるなら、まー、がまんする。アイラさまがおひざやこしがいたいのは、いや」
突拍子のない抱っこのことに関しても、笑わずに冷静に話してくれるサロモン先生はマウリ様と合っているのかもしれない。
答えを貰ってマウリ様なりに納得したようだった。
「わたくし、魔法で筋力強化ができるでしょうか」
筋力を強化することができれば、マウリ様が多少重くなっても抱っこができる。しかし、成長していくマウリ様がいつまでわたくしに抱っこされてくれるかは分からない。
お膝に乗る気でいるようだが、7歳になった頃に同じことを考えているかどうかは分からないのだ。
「サロモンせんせい、みーにもおしえてあげて」
「ミルヴァ様ですか?」
「おおきくなってからのだっこは、こしやおひざがいたくなるかもしれないって、みーはしらないとおもう」
ミルヴァ様も成長するにつれて抱っこはされなくなっていると思うのだが、マウリ様はミルヴァ様がその事実を知らないかもしれないということが気になっている。マウリ様にとっては離れて暮らしていてもミルヴァ様は一番に情報を教えたい相手だった。
「お手紙を書きますか?」
「ポータルで、まいばん、わたしとおとうさまとおかあさまとアイラさまで、ラントりょうのちちうえとははうえとみーとクリスさまとおはなししてるんだよ」
「指標?」
聞き慣れない単語にわたくしが説明を添える。
「わたくしの高等学校の魔法学の先生が作ってくださった、ラント領とヘルレヴィ領を繋ぐ目印のようなものです。そこに乗せた魔法具で、わたくしたちはほぼ毎晩通信をしているのです」
「魔法具ですか。それは興味深いですね」
子ども部屋の端にある指標の箱と魔法具を見せると、サロモン先生は箱を開けたり、魔法具を手に取って見たりしていた。
「サロモンせんせい、みーにしょうかいしてあげる」
「私もご一緒していいのですか?」
サロモン先生の問いかけに、カールロ様とスティーナ様が「ぜひ」と答える。
今夜の通信ではミルヴァ様とクリスティアンにサロモン先生を紹介できそうだった。
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