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7.ヘルレヴィ領への手紙

 春になってお屋敷の庭も暖かくなり、マウリ様とミルヴァ様も庭で遊ぶようになった。靴を履かせてもらって初めて庭に出た日は、二人とも抱っこから降りるのを嫌がってへばり付いていた。しばらく庭を歩いていると、蝶々が飛んできてマウリ様とミルヴァ様の蜂蜜色のお目目がそちらに向く。


「きれー」

「こあーい!」


 綺麗だと蝶々を追いかけようと地面の上に降りたミルヴァ様と対照的に、マウリ様は涙目でわたくしの身体にしがみ付いている。


「マウリ様も降りてみませんか? 歩くと体が強くなりますよ」

「こあいのー」


 ふるふると震えて涙目のマウリ様も、もうすぐ3歳になるので重くなってきている。抱っこしたまましゃがむのは大変だったけれど、しゃがんで地面に咲く花を見せると、蜂蜜色のお目目をくりくりとさせて、手を伸ばしている。


「おはな!」

「お花ですね」

「ほちい」


 花への興味が勝ってやっと地面の上に降りたマウリ様は、しゃがみ込んでじっと花を見ていた。わたくしの方を振り返って、花を指さす。


「あーたま、あげゆ」

「わたくしにくださるのですか?」

「ぷちん、ちたら、おはな、かなちい」


 摘んでしまったら花が枯れることをマウリ様はわたくしの誕生日にクリスティアンがくれた花が数日で萎れてしまったことで知っている。摘まなくても時期が来れば枯れるのだが、それまでの時間は摘まずに置いておこうという優しいマウリ様の気持ちが伝わってくる。


「それでは、毎日ここにこのお花を見に来ましょうね。マウリ様がわたくしにくださったお花ですからね」

「あい」


 ありがとうございますとお礼を言うと、マウリ様は嬉しそうに、照れ臭そうにしていた。

 蝶々を追いかけて走って行ったミルヴァ様は途中で転んでしまったようだ。派手にロンパースに土を付けて帰って来た。半泣きのミルヴァ様をマウリ様が撫でる。


「いちゃい?」

「へーち!」

「いこいこ」

「へーちだも!」


 痛くないと主張するが涙目のミルヴァ様の鼻の上に付いた土をハンカチで拭う。転んだことがショックだったのかミルヴァ様はその後はサイラさんに抱っこされていた。

 始めは庭に出るのもおっかなびっくりだったが、マウリ様もミルヴァ様もすぐに庭に慣れた。草花の絵本を読んだクリスティアンが花の名前を教えていく。


「これは、バラだよ。あっちはダリアのかだんがある。これはマーガレット。チューリップもこのじきにさくよ」

「バラ、ダリア、マーガレット、ちゅーいっぷ」

「おはな、いっぱいねー」


 末っ子だったクリスティアンにとってマウリ様とミルヴァ様が来たことはとても嬉しいようだった。これ以上弟妹が生まれる予定はなかった分だけ、弟と妹ができたような気分になっているのだろう。

 小さな双子を連れ帰ることでクリスティアンが子ども返りしたり、拗ねたりしてしまわないか少し心配だったわたくしは三人の関係に安心していた。

 マウリ様とミルヴァ様の3歳の誕生日の少し前に、わたくしはヘルレヴィ領に手紙を書いた。お誕生日にリーッタ先生から貰ったガラスペンでインクを付けて、綺麗な便箋と封筒を選んで丁寧にお手紙を書く。

 宛名はスティーナ・ヘルレヴィ様だったけれど、読むのはオスモ殿だろうと予測はできていた。

 マウリ様とミルヴァ様が3歳になるので、産んでくださったお母様のお見舞いに連れて行きたいこと。二人が順調に育っていることをお母様にも見てもらいたいこと。息子と娘として二人をお母様に会わせて差し上げたいこと。

 仮初の当主のオスモ殿に握り潰されては困るので、両親にお願いして、ラント領領主夫婦からの手紙と一緒に送ってもらった。

 マウリ様とミルヴァ様のお誕生日が来ても手紙の返事は来なかった。

 お誕生日にはマウリ様用とミルヴァ様用で小さなタルトがそれぞれに焼かれた。わたくしたちにも大きなタルトが用意されているが、小さいとはいえタルトをそれぞれ丸ごと一つ前にしてマウリ様とミルヴァ様は大興奮していた。

 フォークを握り締めて、口の端からは涎が垂れている。

 誕生日のためにマウリ様はロンパースではなくシャツとハーフパンツを着せられて、ミルヴァ様はワンピースを着せられている。初めて着た綺麗な服よりも、二人の視線は一心にタルトに向けられていた。


「お誕生日おめでとうございます、マウリ様、ミルヴァ様」

「けーち! たべちゃい!」

「いたらきまつ!」

「待ってください、みんなで食べましょうね」


 まだ飲み物も来ていないのにタルトに顔を突っ込みそうな二人を、わたくしとサイラさんで必死に止めていた。


「まーの」

「みーの」


 一個ずつ別々にタルトがあるということがとても嬉しいようだ。厨房が二人のお誕生日のために考えてくれたことに感謝する。


「マウリ様、自分のことは『私』と言うのですよ」

「まー?」

「ミルヴァ様は『わたくし』と言った方がいいですね」

「わたくち!」


 リーッタ先生の指導にマウリ様は全然分かっていない様子で首を傾げていたが、ミルヴァ様は理解したのか「わたくし」と言おうとしている。


「男の子は言葉が遅いというし、クリスティアンも4歳まで自分のことは『くりす』と言っていたから仕方ないだろう」

「ミルヴァ様はとても賢いですね。マウリ様はゆっくりでいいのですよ」


 わたくしの両親に言われてミルヴァ様は誇らしげに胸を張り、マウリ様はもじもじとスタイを揉んでいた。

 食べ終わると着替えをして庭に出る。マウリ様が手を繋いでわたくしを連れて行ってくれるのは、庭の端のマウリ様がわたくしにくださると言った花が咲いている場所だった。毎日そこを始めに見てから、庭を見て回る。

 黄色く咲いていたタンポポの花は、すっかり綿毛になっていた。


「ふー、ちる?」

「わたくしが、ですか?」

「あーたまの、おはな」


 わたくしの花だからわたくしが綿毛を飛ばしていいと言ってくれるマウリ様。折らずに綿毛を飛ばすのは難しいので、わたくしはマウリ様に任せてみることにした。


「わたくしの代わりにマウリ様がしてくださいますか?」

「まーが、ちる?」

「はい、お願いします」


 お願いされて誇らしげに胸を張り、マウリ様がべちょりと地面の上に這いつくばる。服が汚れるのも気にせずに、綿毛の位置に顔を合わせて大きく息を吸い込んだところで、綿毛が吸い込む息につられてマウリ様の鼻に入ってしまう。


「へくちん! くちん!」

「マウリ様!?」

「おはな、へん! くちん!」


 洟を垂らしながら何度もくしゃみをするマウリ様の鼻をハンカチでかませると、鼻の中から綿毛が出てきた。


「まー、じょーじゅにでちなかった」


 落ち込んでしまうマウリ様を抱き上げて、わたくしはタンポポの茎を折った。手に持ってマウリ様の顔の前に持って来て、わたくしもマウリ様に顔を寄せる。


「一緒に吹きましょう」

「ふー、ちる!」


 二人で吹いて飛ばしたタンポポの綿毛。飛んで行った先でまた来年も咲くだろう。そのときもマウリ様がこのお屋敷にいてくれればいいという思いと、一日も早くマウリ様をヘルレヴィ家のお屋敷に返して差し上げたいという思いが複雑に絡み合う。

 マウリ様とミルヴァ様が正当な後継者として大事にされて欲しい思いはあるのだが、それと同じくらいマウリ様とミルヴァ様が可愛くて離れがたい思いが消えない。

 特にマウリ様はわたくしによく懐いてくれていて、わたくしもマウリ様のことが可愛くて可愛くて堪らなかった。

 ラント領に来てから清潔になって、食事もたっぷりと摂っているマウリ様とミルヴァ様はふくふくとしてきて、幼児らしい丸っこいフォルムになっている。細かった手足もしっかりして、腕の痣も全部綺麗に消えた。


「まー! わたくち、ちょーちょ、ちゅかまえた!」

「え!? ミルヴァ様、蝶々を捕まえたのですか?」

「あーたま、みてー!」


 お手手にしっかりと蝶々を握っているミルヴァ様にわたくしは慌てて駆け寄る。危惧していた通り、蝶々は強く握られて羽根がくしゃくしゃになっていた。


「虫を捕まえるときには、強く握ってはいけませんよ」

「ぼくがいたのに、ごめんなさい」

「クリスティアンのせいではないですよ」


 ミルヴァ様に言い聞かせると一緒にいたクリスティアンの方が謝って来る。蝶々は握られると羽根が脆くてくしゃくしゃになってしまうこと、虫は強く握っては死んでしまうこと、触ってはいけない虫もいることなど、まだまだマウリ様とミルヴァ様に教えなければいけないことはたくさんあった。

 ヘルレヴィ領からの手紙の返事は、春の終わりに来た。


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