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4.マウリ様とミルヴァ様の祈り

 移転の魔法のかかった箱を使うのは一日に五回程度と決められていたので、他に両親からの大事な用事やラント領からの報告があるかもしれないと、クリスティアンとミルヴァ様は毎日一通だけお手紙を送って来てくれていた。

 子ども部屋の箱がことんっと鳴るとマウリ様がいるときはすぐに気付いてお手紙をとりに行く。パンパンになった便箋にはクリスティアンとミルヴァ様のお手紙が入っていた。

 クリスティアンのものは大きな字で書かれた数行の手紙、ミルヴァ様のものは似顔絵と一行のメッセージだった。


「『おとうさま、おかあさま、だいすき』ですって。カールロ様、見てください」

「なんて可愛い……ミルヴァ会いたいな」


 手紙が届くとみんなで子ども部屋に集まって見るのがわたくしたちの日課になっていた。

 クリスティアンからは今日あったことと、今日の何時に魔法具で通信をしたいという旨が書かれている。

 わたくしとマウリ様でお返事を書かせてもらっていた。

 魔法具での通信はお互いに時間を決めて一日一回と約束しているので、大抵は夕食後になる。指定された時間で構わない旨を書いていると、隣りではマウリ様が薄橙色の丸に黄色の髪とお目目を書いて、大きな赤い口を塗っていた。

 『みー、だいすき』と書かれた似顔絵も折り畳んで便箋に入れて、箱の中に入れると、落下音がなく、箱を開けると中身はなくなっていた。ラント領に移転されたのだ。

 夕食後には子ども部屋の指標の箱の前にスティーナ様とカールロ様とマウリ様とハンネス様とわたくしで集まる。時間になって立体映像が繋がると、ミルヴァ様とクリスティアンと父上と母上が映し出された。


「みー!」

『まー!』


 思わず駆けだしたマウリ様は、同じく駆けだしたミルヴァ様を抱き締めることができずに、すり抜けてしまう。立体映像は映像なので触れないのだ。


「びぎゃー!」

『びょえー!』


 駆けだした大根マンドラゴラと人参マンドラゴラも同じようにすれ違っていた。


「マウリ様、映像なのですよ」

『びきゃぎょええ、ぎょわわわわ』


 わたくしがマウリ様に言うのと同じように、蕪マンドラゴラが立体映像で転んだ人参マンドラゴラの肩を叩いている。人参に肩があるのかといえば疑問だが、なんとなくその辺りということで。


『あねうえ、ぼくはもうおふろにはいって、はもみがきました』

『わたくしも、おふろにはいって、はをみがいたわ!』

「寝る準備ができていますね。今日は通信できる時間が遅くなりましたからね」

「まーも、おふろはいって、はぎまぎした」

「マウリ様、はみがき、です」

「あ、はみがき」


 上手に言えなかったマウリ様に訂正すると、言い直している。時々マウリ様はまだ舌が上手く回らないことがあった。ミルヴァ様ははきはき喋るのに、マウリ様の方が若干言葉が遅い気がするのは、性別の差なのだろうか。


「みー、ないしょなんだけど、おかあさま、あかちゃんがほしいんだって」

『え!? わたくし、おねえさまになれるの!?』


 大きな声で丸聞こえなのだが、その辺はわたくしの両親も配慮して聞こえないふりをしてくれる。喜んで飛び跳ねる立体映像のミルヴァ様に、クリスティアンが真面目な顔でわたくしに聞いてきた。


『ミルヴァさまとマウリさまのおとうとかいもうとは、ぼくの、なに?』

「婚約者の弟妹ですから、義理の弟妹になるのでしょうか」

『ということは、ぼくの、おとうとかいもうと?』


 クリスティアンの表情もぱぁっと輝いてくる。末っ子のクリスティアンは下に弟妹が欲しかったのかもしれない。わたくしの両親はわたくしとクリスティアンの年が七歳離れたのもあって、次の弟妹を望んではいなかった。

 そのことをクリスティアンは知っていて、実の弟妹が生まれることはないと分かっているから、マウリ様とミルヴァ様の弟妹に期待をかけてしまうのかもしれない。


「はやくおにいさまになりたいなー」

『わたくしも、おねえさまになりたい。いつかなのかな?』


 待ちきれない様子の二人に、恥ずかしそうにスティーナ様が言い聞かせる。


「赤ちゃんはまだわたくしのお腹には来てくれていないのですよ。授かったとしてもそれから十月十日は生まれるまでに必要です」

「とつきとおか?」

「赤ん坊がお腹の中で育つ時間です」


 説明されてマウリ様はあまり理解できていないようだった。ミルヴァ様は難しい顔をしている。


『わたくし、まいにち、あかちゃんがきてくれるようにおねがいする!』

「ミルヴァ……恥ずかしいからやめてください」

『あかちゃんがくるのは、はずかしいことなの?』


 純粋な瞳でミルヴァ様がスティーナ様を見つめる。カールロ様が微笑んでスティーナ様の肩を抱いた。


「赤ん坊が来てくれるのは、めでたいことだよな。でも、スティーナ様はマウリとミルヴァを産んだときに危なかったから、少し怖くなってるんだ。赤ん坊が来ることよりも、スティーナ様が毎日健康に暮らせることを祈ってくれるか?」

『わたくし、おかあさまのけんこうをいのります!』

「まーも! おかあさまがげんきなように、おいのりする!」


 カールロ様に言葉を添えてもらって、スティーナ様は頬を染めていた。幸せそうなお二人の様子にわたくしの両親も微笑ましそうに様子を見ている。


『アイラ、代わりはないかな?』

『高等学校ではしっかり勉強していますか?』

「はい。マウリ様には新しい家庭教師が王都から来る予定なんですよ」


 わたくしが答えると両親が笑い出す。


『アイラのことを聞いたのに、マウリ様のことを答えて』

『本当にアイラはマウリ様が可愛くて仕方がないんですね』


 そうだった。わたくしの高等学校での生活を聞かれたのに、わたくしはマウリ様のことを答えてしまった。自分でも気付かないうちにマウリ様のことがわたくしの中で大きくなっている。

 マウリ様の成長を願い、マウリ様の喜びが自分の喜びのように感じる。わたくしは可愛いマウリ様が大好きだった。

 今は小さなマウリ様を可愛く思う気持ちでいっぱいなのだが、いずれはこれが恋愛感情になるのだろうか。スティーナ様とカールロ様のように、愛し合い支え合える関係になれるのだろうか。

 恋を知らないわたくしにはまだそれは未知の感情だった。

 翌日の高等学校が終わると、わたくしの帰る馬車に乗ってマルコ様がヘルレヴィ家にやってきた。マウリ様が大喜びで子ども部屋から駆けて来る。


「マルコせんせい! わたし、あたらしいせんせいがくるの。あたらしいせんせいがきても、マルコせんせい、ときどききてくれる?」

「イーリスもマンドラゴラをもらったお礼を言いたいと言っていました。またヘルレヴィ家にお邪魔させてもらいますよ」

「マルコせんせい、ありがとう!」


 飛び付いたマウリ様をマルコ様は微笑みながら抱き留めている。妹のイーリス様で慣れているのだろう。飛び付かれてもマルコ様が揺らぐようなことはなかった。

 おやつを食べながらニーナ様の家との間で決まったことを聞く。


「ニーナ様の勉強とエーリク様の勉強を見る約束で、ヘルレヴィ家に新しい家庭教師が来たら、次は僕はネヴァライネン家に雇われることになりました。これから先も雇い先はあるので、安心してください」

「マルコ様にはたくさんお世話になりました。最後のお給金は弾みましょうね」

「そんな……ありがたいですけど……」


 遠慮しているマルコ様にカールロ様が「もらえるものはもらっておけ」と囁いていた。

 新しい家庭教師が決まるまではもう少し時間がかかりそうなので、マルコ様にはまだマウリ様と勉強をしてもらう。子ども部屋のテーブルでわたくしが宿題をしている傍で、マルコ様はマウリ様に新しく魔物と神獣の図鑑を見せていた。神獣の中にはユニコーンやドラゴンも入っている。


「マウリ様、ドラゴンは動物図鑑には載っていなかったでしょう」

「うん、わたし、なかまはずれだった」

「こちらの魔物と神獣の図鑑には載っているのですよ」


 魔物と神獣の図鑑を見せてもらってマウリ様はグリーンドラゴンとレッドドラゴンのページを開いて指を差す。


「これ、まーとみー!」

「そうですね、マウリ様とミルヴァ様です。自分がどのような神獣なのかよく覚えておくといいですよ」

「グリーンドラゴンはせいめいりょくや、しょくぶつをつかさどる……レッドドラゴンはひやじょうかをつかさどる……マルコさま、つかさどるってどういうこと?」


 言葉の意味が分からずに問いかけるマウリ様にマルコ様が説明する。


「グリーンドラゴンは生命力や植物を操れる、レッドドラゴンは火や浄化の力を使えるという意味ですね」

「せいめいりょくって、なぁに?」

「生きる力ですよ。元気の源です」


 話を聞いてマウリ様がハッと息を飲んだ。


「わたし、おかあさまがげんきでいてくれるように、まいにちおいのりをしたいの。それが、できるってこと?」

「グリーンドラゴンの力を使いこなせれば、身近にいるひとの生命力を高めることができますよ。つまり、元気にさせることができる」


 マルコ様の説明にマウリ様はびしっと姿勢を正した。


「わたし、ちからをつかいこなす! マルコさま、おしえて。わたしのだいじなおかあさま、おとうさま、アイラさま、にいさま、ヨハンナさま……みぃんなげんきがいいの!」


 素直な心のままに発せられたマウリ様の要望に、マルコ様が図鑑のページを捲る。グリーンドラゴンの項目を読んでもらっているマウリ様の表情はこの上なく真剣だった。

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