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3.スティーナ様とカールロ様の関係

 高等学校から帰ると、ルームシューズに履き替えて、着替えをして、リビングに行く。おやつの準備をしているマウリ様は椅子によじ登って、ヨハンナ様が落ちないように見守っていた。ハンネス様もわたくしの姿を見ると席に着く。

 執務室からスティーナ様とカールロ様が出て来て、おやつが運ばれてきた。


「これは、アイスクリームですか!?」


 まだ暑さの残る時期なのに冷たいものが食べられることに驚いていると、厨房の料理人さんが説明してくれる。


「最新式の冷凍庫をヘルレヴィ家では導入しております。王都から仕入れたものですが、液体化した大気を使っているのだとか。難しいことは分かりませんが、中に入れたものを冷やすことができる戸棚のようなものです」

「そんなものが発明されていたのですね」


 全く原理は分からないが、箱の中に入れたものを冷やせるというのは魔法のようでもある。


「あとで、れいとうこをみにいってもいいですか?」

「どうぞ、いらっしゃいませ、マウリ様」

「にいさま、アイラさま、いっしょにいこうね!」


 無邪気に見学をお願いするマウリ様に厨房の料理人さんも笑顔で答える。おやつの後は厨房の見学になりそうだ。

 おやつを食べている間にわたくしは高等学校でマルコ様とニーナ様と話したことをスティーナ様とカールロ様に話すことにした。


「マウリ様の家庭教師の件ですが、マルコ様はニーナ様が勉強を教えてもらう対価を支払うということで丸く収まりそうなので、マウリ様には早めに新しい家庭教師をお迎えするのはどうでしょう?」

「マルコさま、もうこないの!?」


 ショックを受けるマウリ様にわたくしは優しく伝える。


「イーリス様と遊びに来てくださると思いますよ」

「わたし、マルコさまにどうぶつのほんをかえしてない」

「そうでしたね。まだ何度かは来てくれると思います」


 今日はニーナ様の家との話し合いがあるから来られないが、明日にはマルコ様はマウリ様のところに来てくださるだろう。お別れも言わないままに去っていくような方ではない。お別れを言っても、イーリス様とニーナ様とエーリク様と遊びに来てくれることだろう。


「ほん、かえせる?」

「大丈夫ですよ、マウリ様」


 穏やかに頷くとマウリ様は納得して落ち着いたようだった。アイスクリームが溶けてしまう前に食べる。口の中で冷たく溶けるアイスクリームはとても美味しい。


「マウリのための家庭教師か……王都の父上と母上に相談してみるかな」

「そんな大層な方が来てくださるのですか?」

「ドラゴンの能力を制御するんだ、一流の家庭教師じゃないといけないだろう」


 実の息子ではないがカールロ様はマウリ様のことをよく考えてくださっている。マウリ様のために一流の家庭教師を用意しようとしてくれているカールロ様に、ハンネス様がおずおずと問いかける。


「私も分からないところがあったら……いえ、自分で調べるべきですよね」

「ハンネス、遠慮をすることはない。マウリと一緒に授業を受けられるときには受けたらいい」

「いいんですか!?」


 勇気を出して言いかけたが要望を引っ込めかけたハンネス様にも、カールロ様は大らかに微笑みかけた。ハンネス様は嬉しそうに頬を染めて微笑み、ヨハンナ様もそれを微笑ましく見ている。

 カールロ様が来てからヘルレヴィ家は以前にもまして明るくなった気がしていた。


「それにしても、カールロ様、あなたの格好」

「いや、これは……」

「領主として共に領地を治めてくださるのでしょう? 領主がみすぼらしい格好では領民は不安になります!」


 ちょっとよれた普通のシャツに、皺の寄ったズボンという出で立ちのカールロ様に、スティーナ様も遠慮なく物申す。自分たちの領地の領主が立派な姿をしていることは、領民の誇りでもある。

 領民を富ませるだけでなく、自分たちも身だしなみを整え、恥じない格好をするようにとスティーナ様からカールロ様に指導が入ってしまった。


「公の場では『私』と仰ってくださいね。言葉遣いも公の場では正してください」

「はい……スティーナ様は美しいが手厳しい」


 苦笑しているカールロ様に、スティーナ様が柳眉を顰める。


「わたくし、オスモにも口うるさい女と思われていたようです。カールロ様はこんなわたくしはお嫌いでしょうか?」

「まさか! 俺の足りないところを補ってくれる最高の伴侶と思っている! 不甲斐ない若造だが、これからもビシバシ指導してくれ!」


 不安を吹き飛ばすようなカールロ様の大きな声に、マウリ様がお目目をきらきらと輝かせていた。嬉しそうなマウリ様の膝の上に登って、大根マンドラゴラもぱちぱちと手を叩いている。


「おとうさまはおかあさまがだいすき。おかあさまもおとうさまがだいすき」


 二人の仲がいいのがマウリ様には嬉しいようだった。

 物凄く急な結婚だったし、二人が分かり合えていないうちに家族になってしまったのではないかと心配することもなく、カールロ様とスティーナ様はよいパートナーになっていた。

 わたくしもマウリ様と同じく嬉しくなる。

 カールロ様は王都のご両親に手紙を書いたようだった。


「カールロ様、わたくし、魔法で手紙を送ることができます」


 一度行った場所ならば覚えていられる。カールロ様のご実家はわたくしも訪ねたのでしっかりと場所を覚えていた。


「それなら頼もうかな。魔法使いがいるとこういうときに助かるな。ありがとう」


 お礼を言ってカールロ様はわたくしに大事なお手紙を預けてくれる。こうやって大事な要件の書かれた手紙をわたくしの移転の魔法を信じて預けてくださるということも、やはり誇らしいことだった。


「カールロ様にとっては、わたくしも家族ですか?」


 手紙に魔法をかけて移転させてから問いかけると、カールロ様は青い目を細める。


「可愛い息子の婚約者で、将来はお嫁さんだろ?」


 マウリ様はまだ5歳だけれど、わたくしはマウリ様の婚約者としてしっかりと認められている。少しばかり年の差はあるけれど、わたくしとマウリ様は将来結婚することが決まっているようだった。

 いつ婚約を破棄されてもおかしくはない状態で過ごした10歳から12歳までの期間。その間にマウリ様は2歳から4歳になった。わたくしに魔法の才能があると認められる前から、スティーナ様はわたくしがマウリ様とミルヴァ様を助け、マンドラゴラを栽培してスティーナ様を回復させたことに感激して、わたくしとマウリ様の婚約を続けさせてくれた。

 大きくなるにつれてマウリ様も獣の本性を持たないわたくしに興味がなくなるかといえば、そういうことはなく、マウリ様は出会ったときと変わらずにわたくしを慕ってくれている。


「マウリ様は、成長してもわたくしを好きでしょうか」


 ぽつりと零れた言葉に、カールロ様がわたくしの顔を覗き込んだ。美しく整った顔立ちで、白い肌に浮いたそばかすと栗色の髪に青い目が愛嬌があるカールロ様。


「俺はスティーナ様を見たときに運命を感じた。何歳であれ、このひとがいいと運命を感じることはあるんじゃないかな。特にマウリはアイラ様と引き離されたら三日間泣き止まず、寝ないで、食べないで、アイラ様を探し続けたんだろう?」

「その話を聞いたのですね!?」

「マウリからもスティーナ様からも聞いたよ。絶対にマウリとアイラ様を引き離してはいけないって」


 スティーナ様が説明していたかもしれないのは想定の範囲内だが、マウリ様までカールロ様に話していたというのはちょっと恥ずかしい。泣いて泣いて目が開かないくらいまで顔を腫らしていたマウリ様は、あのときの悪夢を繰り返したくはなかったのだろう。新しく来た父親のカールロ様にもしっかりと自分とわたくしを引き離さないようにお願いしている。


「その後にクリスティアン様が寂しがったのも聞いたよ」

「マウリ様ったら、なんでも話してしまうんですから」


 それだけマウリ様がカールロ様を信頼しているということなのだろうが、何でも話されてしまうとちょっと恥ずかしかったりもする。マウリ様には他のひとにはそんなに話さないように言っておかなければいけない。

 子ども部屋に戻って宿題をしていると、マウリ様が隣りの椅子に座ってお絵描きを始める。クレヨンで文字を書くのもマウリ様はかなり上手になった。


「マウリ様、なんでもひとに話してはいけませんよ」

「なんでもって、なぁに?」

「マウリ様がわたくしを探してずっと泣いていたことや、クリスティアンが寂しさで遠吠えをしたことです」


 それを言うとマウリ様も顔を赤くしてもじもじとお尻を振る。


「まーも、はずかしいからあまりいいたくなかったの。おとうさまが、アイラさまとべつべつにくらしなさいっていったらこまるから、はずかしいけどいったの。ごめんなさい」


 素直に謝るマウリ様をこれ以上叱ることはできない。


「これからは気を付けてくださいね」

「はい」


 いい子のお返事をしたマウリ様の蜂蜜色の髪を撫でると目を細めてうっとりしている。


「宿題が終わったら冷凍庫を見に行きましょうね」

「うん、まってるね」


 約束通り宿題が終わったらわたくしとマウリ様はハンネス様を誘って厨房に行ったのだった。

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