38.ハンネス様のお誕生日
「マウリ、ミルヴァ、あなたたちの父親のオスモとわたくしは縁を切ることにしました。マウリとミルヴァはわたくしの可愛い息子と娘です」
離婚が決まった後にスティーナ様はマウリ様とミルヴァ様の子ども部屋を訪ねて話をした。椅子に座って真面目な顔で聞いている二人は、「父親」という単語に首をひねっていた。
「オスモ、おかあさまをくるしめた、わるいやつ!」
「おとうさまは、あのはねのえがうでにあるかたでしょう?」
完全にオスモ殿を父親とは認識していないミルヴァ様と、カールロ様を父親と思い込んでしまっているマウリ様を前に、スティーナ様は苦笑していた。
カールロ様との件でミルヴァ様がスティーナ様と話し合わなければいけないことがあるとわたくしの両親は判断したのだろう。ミルヴァ様とクリスティアンをヘルレヴィ領に来ることを許してくれた。
ミルヴァ様とマウリ様にスティーナ様が乙女のように頬を染めて聞く。
「カールロ様をどう思いますか?」
「おとうさま!」
「おかあさまのことが、だーいすきなの。しってるわ、わたくし。ラントりょうのちちうえもははうえがだいすきなの」
ミルヴァ様にとって父親というものは母親を愛し、大事にするものだと擦り込まれているようだ。わたくしの両親は仲睦まじく、いつもお互いを尊重している。わたくしの両親を見て来たのならば、ミルヴァ様にとってオスモ殿がスティーナ様を苦しめるだけの悪者で、父親とは到底思えないのは理解できた。
マウリ様は大根マンドラゴラを抱き締めてもじもじしている。
「おとうさまは、わたしをだっこしてくれるかな?」
「まだ父上ではないのですよ。カールロ様はわたくしよりもずっと年下です。急に双子の父親になど……なってくださると仰っていた……」
カールロ様がスティーナ様に告白するより先にマウリ様とミルヴァ様の父親になりたいと言ったことが、スティーナ様のお心を動かしているようだった。
揺れ動く複雑な気持ちでスティーナ様はハンネス様のお誕生日を迎えた。
ハンネス様のお誕生日当日も朝から畑仕事をしたけれど、シャワーを浴びて朝ご飯を食べると、ハンネス様は用意していた花束をヨハンナ様とスティーナ様に手渡した。
「私がここまで大きくなれたのは母上とスティーナ様のおかげですから、生まれた日にお礼を言いたいのです。ありがとうございます」
誕生日でプレゼントをもらう立場なのに、逆に花束を渡されてヨハンナ様とスティーナ様は嬉しそうにしていた。
「母親にとっては息子が元気に育つだけで親孝行ですよ」
「ハンネス様は本当にいい子に育って。わたくしは誇らしいです」
自分の息子であるハンネス様の成長を喜ぶヨハンナ様と、産んだわけではないが息子のように思っているスティーナ様。二人ともハンネス様の母親のようだった。
お昼ご飯を食べてから、マウリ様とミルヴァ様とクリスティアンがお昼寝をして、起きて来てから、おやつにお誕生日のケーキを食べた。
ラント領では機会がなかったので、マウリ様とミルヴァ様のお誕生日のケーキも出て来て、お皿の上は賑やかになっていた。
マウリ様とミルヴァ様のためには小さな一人用の丸いベリーのタルトをそれぞれ一個ずつ、ハンネス様には大きな桃のケーキが運ばれてきた。みんなで歌を歌ってお祝いをする。
「にいさまとわたしたち、いっしょにおいわいできてうれしい」
「にいさまと、まーと、わたくし、いっしょね」
ぱちぱちと手を叩いて喜んでいるマウリ様とミルヴァ様に、ハンネス様の表情も緩む。
「私も可愛い弟と妹と祝えて嬉しいです」
最初の頃には遠慮のあったハンネス様も今はしっかりとマウリ様とミルヴァ様と弟と妹と思ってくれている。
ケーキを食べているとスティーナ様がぽつりと呟いた。
「カールロ様はハンネス様のことも息子のように思ってくれるでしょうか」
呟きを聞いたヨハンナ様とハンネス様が驚いて慌てる。
「ハンネスのことはお気になさらずに」
「スティーナ様が幸せになれる結婚をしてください」
ヨハンナ様とハンネス様に、スティーナ様は表情を引き締めた。ケーキを食べる手を止めてフォークを置く。
「わたくしにとっては、何よりも重要なことです。マウリとミルヴァはわたくしの命より大事な息子と娘。ハンネス様もわたくしの息子のようなものです。大事にしてくれない相手とは結婚できません……離婚してすぐに結婚というのもあまりよくないでしょうし」
スティーナ様は不安になっているのだろうか。
カールロ様が本当にスティーナ様を家族ごと愛してくれるのか知りたいのかもしれない。
「王都でカールロ様に聞いてみてはどうですか?」
わたくしの提案にスティーナ様は「どうやって?」と戸惑っている。
「わたくしたちも国立図書館と国立植物園に行くでしょう。そのときに同行してもらうのです」
スティーナ様は非常にしっかりした方だし、わたくしは制御がまだ甘いが一応魔法も使えるし、マウリ様とミルヴァ様はドラゴンになれる。それでもスティーナ様一人でわたくしたちを連れてラント領と行き来したりするのは危険な気がしてはいたのだ。
王都行きにカールロ様が同行してくださるならば心強い。
迷っているスティーナ様に「わたくしがお手紙を書きます」と申し出たが、スティーナ様はそれを断った。
「わたくしが、書いてみます」
前向きに考えられるようになったのかもしれない。
図書館や植物園でカールロ様の態度をわたくしたちも見ることができるだろう。そこでスティーナ様が見極めることができればよいのだが。
カールロ様からは了承の返事があったようだった。
夏休みも終わりに差し掛かる頃に、わたくしたちは王都に行くことにした。クリスティアンとミルヴァ様は、国立図書館と国立植物園に行ったら、リーッタ先生とサイラさんが駅に迎えに来てそのままラント領に帰ることになっている。
早朝に畑仕事を終えてシャワーを浴びて着替えて朝ご飯を食べて、駅まで馬車で行く。
今回の旅はハンネス様も一緒だった。
マウリ様がわたくしの膝に座って、ミルヴァ様がスティーナ様の膝に座って、クリスティアンとハンネス様が二人並んで座る。
「ぼくのカブマンドラゴラ、すごくいろつやがいいとおもいませんか?」
「よく太っているよね。栄養がありそうだ」
「びぎゃ!」
褒められてクリスティアンに抱っこされている蕪マンドラゴラは誇らし気に胸を張っている。
「ハンネスさまも、マンドラゴラをかわないのですか?」
「私も飼っていいのでしょうか?」
「マンドラゴラはかわいいですよ。ハンネスさまもそだてているなら、あねうえはいっぴきくださるとおもいます」
6歳のクリスティアンにも丁寧に優しく話しかけてくださるハンネス様の姿に、マウリ様とミルヴァ様には本当にいい兄上がいるとしみじみする。年上の相手と話すことに慣れているクリスティアンはハンネス様にすっかりと懐いてしまったようだった。
列車の中でもハンネス様の隣りに座って、ずっと話をしていた。
「ようねんがっこうとは、どういうところですか?」
「平民の子どもも貴族の子どももいます。先生たちは身分に関係なく平等に扱ってくれます」
「べんきょうはおもしろいですか?」
「退屈なこともありますが、新しいことを知るのは楽しいです」
「どんなきょうかがすきですか?」
「私は農業に興味を持っています。果樹園の子どもたちも多いので、その分野については幼年学校でも詳しく教えてくれています」
丁寧にハンネス様が興味津々のクリスティアンに説明してくれている。話を聞きながら、マウリ様とミルヴァ様は眠りそうになっていた。
「クリスティアン、あまり聞いてはハンネス様が困りますよ」
「全然困っていません。クリスティアン様は賢くて可愛いです」
マウリ様とミルヴァ様だけでなく、クリスティアンまで可愛いと言ってくれるハンネス様にわたくしはクリスティアンの姉として感謝しかなかった。
「王都へいらっしゃいませ、ヘルレヴィ領とラント領の御一行様」
駅ではカールロ様がスーツを若干着崩して、髪も少し乱れたような状態で待っていてくれた。元からラフな格好が好きなのを、スティーナ様を前にして我慢しているのかもしれない。
ネクタイは外されていて、シャツのボタンは三つほど開いていて、ジャケットも肩にかけているだけという状態だが、この暑さならば仕方がないだろう。
「本日はよろしくお願いいたします」
丁寧にお辞儀をしたスティーナ様の横を通り過ぎて、マウリ様がきらきらの蜂蜜色のお目目で見上げてくる。
「おとうさまは、まーをだっこしてくれる?」
「わたくしも!」
問いかけに「もちろん!」と元気に答えて、逞しい腕でカールロ様はマウリ様とミルヴァ様を抱き上げた。
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