35.クリスティアンのお願い
「ヘルレヴィ領とラント領でわたくしたち姉弟と、マウリ様とミルヴァ様の兄妹は別々に暮らしています。ミルヴァ様は幼いのにお母様とも離れている状態です。話だけでもできる魔法具が作れないものでしょうか?」
説明を添えるわたくしに、箱の中身の狼の乳歯を受け取って、エリーサ様は少し考えるそぶりを見せた。そこにエリーサ様の肩を抱いたままのエロラ先生が説明を添える。
「ラント家には指標は作ってある。ヘルレヴィ家にも作る予定だ」
「それでしたら、お互いの指標の場所に置いて映像と声を届け合う魔法具が作れそうですね」
手の平に乗せた二つの狼の乳歯をエリーサ様が指先で摘まむ。くりくりと指先で動かしていると、小さな火が生まれて乳歯を丸く輝くガラスが閉じ込めていった。
狼の乳歯を閉じ込めたガラスを二つ作ると、エリーサ様は一つをわたくしの手に、一つをクリスティアンの手に乗せる。
「これを指標の上に乗せて使うと良いでしょう。時間をあらかじめ決めておいて、お互いが指標の上に乗せたこの魔法具の前に立つようにしてください」
「もらっていいのですか?」
「せっかく私の工房まで来ていただいて、自分の乳歯を差し出そうとしたのです。私が応えないわけにはいかないでしょう」
優しく微笑むエリーサ様に、クリスティアンが目を潤ませて深々と頭を下げる。
「お礼はどうすれば……」
「マンドラゴラを育てているとメルから聞きました。育ったら二、三匹分けてもらえたら有難いです」
マンドラゴラは魔法具の対価にもなるようだった。
「魔法具はしっかりと馴染んでいるようですね。よかったです。これからも、魔法具をできる限り外さないで愛着を持って接してあげてください」
「エリーサ、ポーチは出来上がってるかな?」
「えぇ、注文通りに作っていますよ」
わたくしの手首につけられたブレスレットを見てエリーサ様は安心したようだった。エロラ先生に言われてエリーサ様が赤いトカゲの刺繍と、青い狼の刺繍の入ったポーチを持って来る。エロラ先生がそれを受け取って、トカゲの刺繍の方をミルヴァ様、狼の刺繍の方をクリスティアンに手渡す。
「アイラちゃんとマウリくんとお揃いの魔法のかかったポーチだ。物置一つ分は物が入るから、ラント領とヘルレヴィ領の行き来に使うといい」
「あねうえとおなじ! ぼく、ほしかったんです」
「まーの、うらやましかったの!」
わたくしとマウリ様のポーチもどうやらエリーサ様が作ったもののようだった。
クリスティアンとミルヴァ様も貰って大喜びでお礼を言っている。
「みんなをラント家に届けたら、すぐに戻って来るよ」
「メル、待っています」
エロラ先生がエリーサ様の頬にキスをしてしばしの別れを惜しんでいる。これから二人だけの時間を過ごすのだろう。
移転の魔法のための準備でドラゴンの姿になるマウリ様とミルヴァ様。
「エリーサさまとエロラせんせいは、いっしょにくらさないの?」
子どもの素直さでマウリ様が真っすぐに問いかけながら、ドラゴンの姿になって左肩に上がるのに、エロラ先生は苦く微笑む。
「一緒に暮らしたいんだが、今はそれができない。私たちは試されている」
右肩にドラゴンの姿のミルヴァ様を乗せると、エロラ先生が話してくれる。
「この森に落ちていたエリーサを拾って私が育てた。エリーサは私を愛してくれるようになったけれど、一族の中には私とエリーサの仲を反対するものもいて、長い寿命の中の百年くらいならば離れていられるだろう、それを乗り越えたら共に生きることができると言われた」
百年もの時間を離れて生きるということがどれ程大変か想像しかできないが、エロラ先生とエリーサ様は試練のときなのだろう。二人が共に暮らせるようになる頃にはわたくしの寿命は尽きているかもしれないが、その二人の幸せを祈るしかできない。
わたくしとクリスティアンと手を繋いで、お邪魔にならないようにわたくしたちは大人しくラント家に送り届けられたのだった。
ラント家に戻るとスティーナ様と両親が迎えてくれた。スティーナ様の腕に抱き締められようと、人間の姿に戻ったマウリ様とミルヴァ様が競い合って駆けて行っているが、スティーナ様は微笑みながら二人共を抱き締めていた。
もらった魔法具を見せて、クリスティアンも母上と父上に一生懸命話している。
「これを、ポータルのうえにおいたら、あねうえとも、マウリさまとも、おはなしができるんです。ミルヴァさまはスティーナさまともおはなしできます」
「魔法具の職人さんに作ってもらったのかな?」
「そうです! ぼくのにゅうしをわたしたら、つくってくれました」
「それはよかったですね。クリスティアンの乳歯も魔法具として保存されるし、親としてもありがたいことです」
水色の透明のガラスの中にはクリスティアンの小さな狼の牙が入っている。
わたくしがもらったものも同じくクリスティアンの牙が入っているが、こちらは少し緑がかっていた。
「お昼ご飯にしましょう。お腹が空いたでしょう」
母上に促されてわたくしたちはそんな時間になっていることに気付く。マウリ様とミルヴァ様はスティーナ様に甘えたいから抱っこされているのではなくて、お腹が空いて力が抜けたのだろう。5歳の双子をしっかりと抱き上げてスティーナ様はリビングまですたすたと歩いていく。クリスティアンもお腹を鳴らしてもじもじしていた。
昼食を食べ終わる前からマウリ様とミルヴァ様の頭はぐらぐらし始めていた。クリスティアンも欠伸をして眠そうにしている。
先に食事を終わらせて、マウリ様とミルヴァ様は子ども部屋で眠って、クリスティアンは部屋に戻ってお昼寝をする。
食後のお茶を飲んでいるとスティーナ様に興味津々で聞かれた。
「魔法具職人さんとはどのような方でしたか?」
「とても優しい方でした。丁寧で、クリスティアンの話もよく聞いてくださって」
「ラント領に作られる指標にもあの魔法具を置くのですか?」
スティーナ様の興味は可愛いミルヴァ様と通信が行えるかにあったようだ。ポケットの中から僅かに緑がかった透明の魔法具を取り出すと、スティーナ様がそれをじっと見つめる。
「同じクリスティアンの乳歯を入れて作ってくださったものです。映像と声がお互いに送れるのだと仰っていました。指標の上に置いて、時間を決めておくとよいと言われました」
説明するとスティーナ様が嬉しそうに微笑む。
「ラント領には気軽に行けませんからね。わたくしも長期休暇はそんなに取れませんし。ミルヴァの成長を見られるのならば嬉しいです。クリスティアン様とアイラ様が頼んでくださったおかげです。ありがとうございます」
お礼を言われてわたくしは恐縮してしまう。
「わたくしではなくて、クリスティアンの発案なのですよ」
「クリスティアン様も起きたらお礼を言わなければ。マウリとミルヴァも話せるようになりますね」
この魔法具の使い方や使う頻度については、また詳しくエロラ先生に確認しなければいけないが、わたくしたちにとっては一日に一度でも、数日に一度でも、顔を見て話しをできるということは非常に嬉しいことだった。
クリスティアンもこれで寂しくないし、マウリ様とミルヴァ様も頻繁にお話しできるし、ミルヴァ様はスティーナ様のお顔を見ることができるだろう。
「あんなに小さなうちから手放してしまうとは思わなかったのですよ。身体さえ元に戻れば、マウリとミルヴァと一緒に暮らせる。それを楽しみにしてきたのに」
「後悔しておいでですか?」
「後悔はしています。ですが、正しい選択をしたとも思っています」
母親としての寂しさと、複雑な気持ちを、それでもスティーナ様は前向きに変えている。マウリ様にはわたくしが必要で、クリスティアンにはミルヴァ様が必要だったのは、どうしようもないことだったのだ。
「ミルヴァとたっぷり触れ合わないと」
この滞在期間にスティーナ様は母子の絆を深めるつもりのようだった。
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