34.エリーサ様とエロラ先生の関係
ラント家に残してあったわたくしの部屋でわたくしは休ませてもらった。マウリ様はミルヴァ様と子ども部屋で休んでいる。エロラ先生とスティーナ様には別々の客間が用意されたようだった。
おやつも食べて晩ご飯も食べて、シャワーを浴びてパジャマに着替えて部屋で寝る準備をしていると、ドアを叩く音が聞こえる。ドアを開けてみると、クリスティアンがパジャマ姿で廊下に立っていた。
「あねうえにおやすみなさいをいいわすれて」
それだけではないのだろうが、上手く言えない様子のクリスティアンに、わたくしは使用人さんにお茶を用意してもらってクリスティアンを部屋に招いた。冷やされたフルーツティーを飲みながら二人でベッドに腰かける。
「まほうのはこが、こどもべやにおかれたでしょう」
「エロラ先生が設置してくださいましたね」
箱自体エロラ先生の魔法のかかった小さなバッグから取り出して設置したポストのようなそれは、魔法がかかっていてヘルレヴィ家にも同じものを設置すればお互いに手紙や箱に入る範囲の荷物がやり取りできるようになる。
一日に回数制限はあるが、毎日これからクリスティアンとミルヴァ様とお手紙のやり取りはできそうだった。
「まほうって、ほんとうにあったんだって、ぼく、かんどうしてしまって」
「わたくしも、自分が魔法に関わって、魔法を使えるようになるなんて思いませんでした」
話すとクリスティアンはこくこくと真剣に頷いている。
「ぼく、まほうはつかえないけど、まほうのどうぐはつかえるんだって、おもったんだ」
クリスティアンの気付きは彼の中ではとても大きなものだったのだろう。魔法を使えないことについて、クリスティアンはわたくしが使えるのに自分が使えないのはどうしてか一生懸命考えたのかもしれない。
わたくしには獣の本性がない。その代わりに魔力があった。クリスティアンには獣の本性がある。その代わりに魔力はないようだ。
魔力がなくても魔法具があれば魔法を使ったのと同じ状態になれる。
「あねうえは、エロラせんせいと、まほうぐをつくるしょくにんさんにあいにいくとききました。ぼくは、あねうえとおはなししたいときにおはなしできるまほうぐをつくってもらえないか、きいてみたい」
ミルヴァ様がいるから大丈夫だと思っていたが、やはりわたくしがいないということは幼いクリスティアンにとっては寂しいことのようだ。魔法具で話だけでもできるようになれば、クリスティアンの寂しさも和らぐのかもしれない。
「クリスティアン、最近乳歯が抜けましたか?」
「え? なんでしってるの?」
「その乳歯は取っていますか?」
わたくしの問いかけにクリスティアンがこくりと頷く。父上と母上が抜けた狼の乳歯を大事に保管してくれているというのだ。
「その乳歯を渡せば作ってくださるかもしれません」
「わかった! ぼく、ははうえとちちうえにはなしてみる!」
元気よく椅子から飛び降りたクリスティアンは、もうしょんぼりとした様子ではなくなっていた。知的好奇心を満たす魔法具作り見学と、わたくしとの連絡手段を手に入れること、そのどちらもできそうなので高揚したのだろう。
「おやすみなさい!」
大きな声で言って両親の部屋に駆けて行くクリスティアンをわたくしは廊下に出て見送った。
翌朝は早朝の畑仕事から始まった。マウリ様がミルヴァ様に話している。
「いいむし、わるいむし、ないの。みんな、だいじないのち。でも、マンドラゴラむしゃむしゃされたらこまるから、ごめんなさいだけど、ボーッてするんだ」
「わるいむしじゃないの!?」
「そう。みんな、いっしょうけんめいいきてる」
話を聞いてミルヴァ様も神妙な面持ちになる。害虫を焼くミルヴァ様の炎が優しくなったのは多分気のせいではない。
クリスティアンが水やりをして、わたくしとマウリ様で雑草抜きを手伝う。
抜いた雑草を魔法の炎で焼くのも、クリスティアンは興味津々で見ていた。
ヘルレヴィ領とは比べ物にならないくらい暑くて、汗びっしょりになったわたくしたちはシャワーを浴びて着替えて朝食を食べた。
朝食の席でエロラ先生が両親にお礼を言っている。
「歓待をありがとうございました。今日から南の聖なる森の友人のところに行って、私は帰らせてもらいます」
「満足していただけたなら幸いです。こちらこそ、指標を作っていただきありがとうございます」
「またいつでもおいでください」
父上と母上はエロラ先生にお礼を言っている。
朝食が終わるとエロラ先生が庭に出た。
「ミルヴァちゃんとマウリくんはドラゴンの姿になって、私の肩に乗ってくれるかな? アイラちゃんとクリスティアンくんは、私と手を繋いで」
指標のない場所に飛ぶのは人数が多いと危険だが、ラント家にはもうエロラ先生が指標を作ったし、エロラ先生の友人の魔法具職人のエリーサ様のところには指標があるので移転の魔法で飛ぶことができるようだった。
はぐれることがないようにドラゴンの姿でマウリ様がエロラ先生の左肩、ミルヴァ様がエロラ先生の右肩に留まって、わたくしとクリスティアンはエロラ先生と手を繋ぐ。白くて指の長い手に手を握られて、わたくしは少しドキドキしてしまった。
術式が編まれるのを感じて、空間が歪んだと思えば、次の瞬間には鳥の声の聞こえる森の中の木の小屋の前に来ていた。
薪を斧で割っていた小柄な女性が、わたくしたちの来訪に庭から顔を出す。
「メル! そろそろ来ると思っていましたが、早かったですね」
「エリーサ! あぁ、相変わらず可愛い、私のエリーサ」
エプロンを叩きながら近寄って来るその女性はエロラ先生よりも小柄で褐色の肌に黒い目、黒い癖のある髪を長く伸ばして横で括っていた。駆け寄ったエロラ先生がエリーサ様を抱き締めると、くすぐったそうにエリーサ様は目を細める。
「ほら、お弟子さんと子どもたちが見ていますよ」
「久しぶりに君に会えたんだから、補給させておくれよ。あぁ、エリーサ、会いたかった」
仲睦まじい二人の様子に、わたくしは二人の関係が分かった気がした。妖精種はそもそも数が少ないので、女性同士の恋愛はあまり歓迎されないのだろう。それで友人と言っていたのかもしれないが、二人はどう見ても恋人同士だった。
「いらっしゃいませ、エリーサ・サイロです。この容貌ですから、驚いたでしょう? 私は土の妖精と火の妖精の血が入っているので、この肌の色にこの髪の色なんです」
妖精種といえば色素が薄いイメージだったが、エリーサ様の容貌は確かにそれを覆すものだった。クリスティアンが前に出る。
「ぼくは、クリスティアン・ラント。こっちのあかいドラゴンがぼくのこんやくしゃの、ミルヴァ・ヘルレヴィさまです」
「わたくし、ミルヴァです」
挨拶をするクリスティアンと人間の姿に戻ったミルヴァ様に、エロラ様に肩を抱かれたまま解放されないエリーサ様が、「まぁ、賢い」と感激している。
「エロラ先生に魔法学を教えていただいております、アイラ・ラントです。魔法具を作ってくださって本当にありがとうございました」
「わたし、マウリ! アイラさまのこんやくしゃです!」
わたくしと人間の姿に戻ったマウリ様も自己紹介すると、マンドラゴラたちも前に出てくる。
「びぎゃ!」
「びょえ!」
「びょわ!」
人参マンドラゴラと蕪マンドラゴラと大根マンドラゴラが元気に挨拶をした。
わたくしたちの挨拶を聞いてエリーサ様の黒曜石のような目が煌めく。
「この方が噂のアイラ様ですね。こちらが鱗を預けてくださったマウリ様。マウリ様の鱗の残ったものは大事に報酬としていただきました。アイラ様のような才能ある方に魔法具を作れて光栄です」
「アイラちゃんは私の弟子の中で名を残す子になるかもしれない」
「メルのお気に入りなんですね。メルがヘルレヴィ領で退屈していないようで安心しました」
話しながらエリーサ様は小屋の中にわたくしたちを案内してくれた。素朴な布張りのソファがあって、木のテーブルと椅子のある小屋。小屋の後ろの洞窟のようになっている場所が作業場のようだった。
「あの、エリーサさま、ぼく、あねうえとおはなししたいんです」
「わたくしも、まーとおはなししたい。おかあさまとも」
持って来ていた箱を開けて中に入った小さな狼の乳歯を見せてクリスティアンがお願いをしている。わたくしもその件についてエリーサ様に伝えたいことがあった。
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