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29.魔法の許可と、歴史学の先生

 マウリ様の誕生日も終わって、わたくしの魔法学の勉強も進んで来た。魔法具もでき上ったので、術式を編んで幾つかの魔法を操れるようになった。一つの魔法を発動させるたびに消耗して動けなくなるほどだったのが、それも発動させた後でお茶をいっぱい飲めば治るくらいになった。


「簡単な魔法なら一人でも使ってもいいと、許可を出そうかな」


 日常的な簡単な魔法ならばわたくし一人だけでも使っていいという許可がエロラ先生から出た。


「アイラちゃんはラント領の生まれだからか、お茶と相性がいいようだから、消耗したらお茶を飲むといい。紅茶にジャムを入れて飲むとよく効くよ」


 アドバイスもいただいてわたくしは考えてしまう。魔法を日常で使う場面とはどんなものなのだろう。


「日常的に使う魔法ってどんなものですか?」

「アイラちゃんは薬草を育てているだろう? 枯れかけたり折れた薬草に力を注いだり、取った害虫や雑草を焼いて肥料にしたりするのはいいかもしれない」

「わたくしの畑仕事に魔法が役に立つんですか?」


 まさか畑仕事に魔法を使うなんて考えていなかったから、わたくしは驚いてしまった。魔法はもっと重要なことに使うイメージがあったのだが、日常的に使うことは想像していなかった。

 夏が近付いている。

 夏休みにはマウリ様とラント領に行く約束をしていた。

 ラント領では両親とクリスティアンに魔法を見せられるかもしれないと思うと、少し楽しみだった。

 魔法学の授業が終わると、わたくしはお弁当を食べるために空き教室に向かった。マルコ様とニーナ様が待っていてくれる。


「前にアイラ様に絡んで来た教授がいたでしょう?」


 椅子に座る前にニーナ様に身を乗り出して話し出す。座りながらもわたくしは何のことかと戸惑っていると、ニーナ様が話を進める。


「魔法学は一人しか生徒がいないから必要ないって、職員会議で発言して、エロラ先生を激怒させたって話なんだけど」

「え!?」


 わたくしの前ではいつも通り穏やかなエロラ先生が、そんなことを言われていたのかと驚いてしまった。ニーナ様がどこからそんな情報を手に入れたのか分からないけれど、エロラ先生を怒らせるというのは相当失礼な物言いだったのだろう。

 魔法は理解されないことが多いと常々エロラ先生も言っているが、真正面から必要がないと言われれば、教えている身としては不機嫌にもなるだろう。


「場の空気が凍り付いたって話ですよ。その中で、何も気付かずにべらべら喋ってるあの先生と、冷ややかに微笑んでるエロラ先生が怖かったって」

「ニーナ様、それはどこから情報を得たのでしょう?」

「あたしの知り合いが高等学校の教師をしているんです。職員会議は恐ろしかったようですよ」


 職員会議は相当恐ろしい状況だったようだった。わたくしには見せないエロラ先生の姿を垣間見てしまった気がした。

 客人として扱われるエロラ先生は基本的にサンルームから出て来ない。職員会議くらいしか出て来ないエロラ先生に、わざわざそのときを狙ったのだろうから相当陰湿だ。わたくしを嫌うのは構わないが、エロラ先生に同じ態度で臨むのは命知らずではないかと、わたくしはあの歴史学の先生の方を心配してしまった。

 お弁当を渡してマルコ様とニーナ様と食べ始める。今日のお弁当はおにぎりで、マルコ様が喜んでいる。


「これがお米のボール!」

「周りに巻かれているのは、海苔という海藻です」

「真っ黒で驚きました」


 ヘルレヴィ家では、おにぎりも作られるようになったが、ヘルレヴィ領にはまだ広がっていない。それも徐々に広がるのかもしれないが、今は過渡期といったところか。

 ラント領の後継者のクリスティアンとヘルレヴィ領の領主の娘のミルヴァ様が婚約して一緒にラント領で暮らしていて、ヘルレヴィ領の後継者のマウリ様とラント領の領主の娘のわたくしが婚約してヘルレヴィ領で暮らしているのだ。二つの領地ができる限り交流を持っていけたら良いと思っている。

 ヘルレヴィ領の特産品の中にはラント領で取れたお茶に果物で香りを付けたフレーバーティーもあるから、二つの領地がより近しいものになっていけば、お互いに栄える未来が見えているのはわたくしの勘違いではないはずだ。

 わたくしの存在がヘルレヴィ領とラント領を繋ぐ一部になっているのならば何より嬉しいことだ。


「アイラ様はエロラ先生に守られているから平気だと思いますが、その先生が、ですよね」

「そうですね……エロラ先生の逆鱗に触れなければいいのですが」


 心配なのは職員会議という公の場でエロラ先生に敵対した歴史学のあの教授のことだった。やはりマルコ様もエロラ先生よりもそちらの安全が気になったようだ。

 魔法を使えるエロラ先生は、普通の人間の数倍は生きていて、国でも保護される存在だ。貴族などの身分にも左右されることなく、客人として丁重に扱われる妖精種である。そんな方に楯突いたらどういうことになるかは想像に難くない。

 お弁当を食べ終わって午後の授業を受けている間、わたくしは居心地の悪さを感じていた。ちょうど午後の授業が歴史学だったのだ。

 先生は苛々した様子で教科書を読むだけの授業をしているので、ノートを取るだけ無駄な気がしている。教科書に書いてあることを読むだけならば、一人でも勉強できる。それでも自分の知識と合わせてノートを取っていると、壇上から立った先生が教科書を読みながら机の周りを巡回し始めた。

 ノートを確認しているようだ。


「どうして、ノートを取らない?」

「す、すみません」

「授業を馬鹿にしているなら、出て行っていいぞ!」


 一人の生徒が怒号を浴びせられているが、教科書に全部書かれていることを丸写しするのならばノートをとらなくてもいいと考えてもおかしくはないだろう。教授の授業のやり方がおかしいのだが、それを教授が気付く気配はない。


「ニーナ・ネヴァライネン、いくら貴族といっても、授業態度がよくないのは誤魔化せないぞ」

「あたし、ノート取ってますよ?」

「この纏まりのないノートはなんだ!」


 ニーナ様の手からノートを取り上げてこれ見よがしに広げて見せる教授に、周囲の生徒からくすくすと笑い声が上がる。ニーナ様はニーナ様なりに一生懸命勉強しているに違いないのに、見世物にするような態度にわたくしは腹が立った。


「教科書を読むだけが授業でしょうか? 教科書に書いてあること以上のものを教えるのが教師というものではないのでしょうか?」

「アイラ・ラント、何か文句があるようだな? 公爵令嬢だから、様付けでないと返事はできないか?」

「返事はできます。教授のやり方がおかしいと言っているのです」


 顔を上げて答えた瞬間、わたくしの周囲につむじ風が巻き起こった。つむじ風が教授の手からノートを巻き上げて、ニーナ様の元に戻す。

 わたくしは魔法を使ったつもりはなかったけれど、何か見えざる力が働いたのは感じた。これはサンルームを管理している大気の妖精の『彼』の仲間ではないだろうか。

 エロラ先生は高等学校中に『彼』の仲間を飛ばして様子を見ていると言っていた。


「魔法を使ったな! 反抗的な生徒がどうなるか知っているか?」

「これはわたくしの魔法ではありません。恐らく、エロラ先生の意志です」


 わたくしは魔法を使っていないと答えると、歴史学の教授は信じていないようだった。わたくしに近付いてこようとする歴史学の教授が足元を掬われて転ぶのを見ていると、教室のドアが音を立てて開いた。


「私への文句を私の弟子にぶつけないでほしいな」

「エロラ先生!?」


 サンルームから出るイメージのなかったエロラ先生がそこに立っていてわたくしは驚いてしまった。つかつかと踵の高いよく磨かれた革靴の底を鳴らして、エロラ先生が転んで無様に床に倒れている歴史学の教授に近付く。


「ひ、ひぃ!? 魔法を使うんだな!? この卑怯者め!」


 床を這いずるようにして逃げる歴史学の先生の胸倉を掴んで、エロラ先生が軽々と持ち上げた。


「生徒の前では話ができない。あなたとは一度しっかりと話し合わなければいけないと思っていた」


 掴み上げたままでエロラ先生が歴史学の教授を連れて行ってしまうのを、わたくしたちは呆然として見送っていた。


「あれがエロラ先生……噂通り美しい」

「魔法を使える妖精種……何百年も生きているなんて」


 生徒の中から感嘆のため息と驚きの声が上がっている。

 教授がいなくなってしまったので、午後の授業はなくなってしまった。

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