28.マウリ様、マンドラゴラの真実を知る
貴族とは様々な出席しなければいけない場がある。マウリ様とミルヴァ様のお誕生日もその一つで、公爵家の令嬢として、マウリ様の婚約者として、わたくしは絶対に出席しなければいけない立場にあった。高等学校もそれを認めてくれていて、ラント領からくる両親とクリスティアンとミルヴァ様を迎える日と、マウリ様とミルヴァ様のお誕生日は休むことを許してくれた。
休んでいる間の授業内容はニーナ様がお誕生会でお屋敷を訪れた際に、手が空いているときを見つけてメモを渡してくれた。おかげで二日の休みの後も問題なく勉強は進められた。
マウリ様とミルヴァ様のお誕生日の次の日には、週末になっていて高等学校は休みだったので、わたくしは家で二日分の勉強を取り戻していた。マルコ様とわたくしのノートを借りて勉強するつもりのニーナ様は、わたくしとマルコ様とほとんど同じ科目を受講している。メモ自体はマルコ様が作ってくださったのをニーナ様に言づけたようだった。
教科書のページを確認して、勉強しているとマウリ様も隣りの椅子に座って来る。真剣にお絵描きをするマウリ様の隣りで、ハンネス様も勉強している。
マウリ様が廊下で待っているようなことがないように、わたくしが子ども部屋のテーブルで勉強をするようになってから、マウリ様はマルコ様が家庭教師に来ていないときには横に座ってお絵描きをしているし、ハンネス様も幼年学校の勉強をしていた。
足元では大根マンドラゴラが優雅に踊っている。
昼食の時間に合わせてマルコ様は家庭教師にやってきた。
スティーナ様とマウリ様とハンネス様とマルコ様と昼食を食べる。マウリ様はスプーンとフォークの使い方がかなり上手になっていた。まだ大きいものを切るのは難しいので、ヨハンナ様にナイフは教えてもらっている。
ナイフの握り方、フォークの使い方、一生懸命習って安定しない手首で切ろうと奮闘するマウリ様に、ヨハンナ様が手を添えている。まだ小さなマウリ様にはフォークは体に合うように作られているが、ナイフはどうしても大人用で大きかった。
「アイラさま、これ、おいしいよ」
「マウリは鶏肉が好きですね」
「おかあさま、かわがぱりぱりにやけてて、おいしいんだ」
手伝って貰って切った鶏肉を大きなお口でマウリ様が頬張る。好き嫌いはほとんどないが、マウリ様は好きなものから食べていくタイプで、鶏肉はすぐになくなってしまった。それからお野菜も嫌がらずに食べる。
「マウリ様は嫌いなものはないのですか?」
「ニンジンさんも、カブさんも、ダイコンさんも、みんな、はたけから、わたしのえいようになるためにきてくれているから!」
大根マンドラゴラを愛して可愛がっているマウリ様にとっては、畑で取れたお野菜はみんなマウリ様の栄養になるために来てくれているのだから残してはいけないと擦り込まれているようだ。
「偉いですね。マウリは、本当に素晴らしいです」
「おかあさま!」
「マウリ様は、ご立派です」
「マルコせんせい!」
喜んでにこにこしながら食べているマウリ様は、いつの間にかマルコ様のことをちゃんと「先生」と呼ぶことができるようになっていた。日々成長しているマウリ様。
今日、マルコ様が持ってきたのは草花の本だった。それを見てマウリ様が「あ!」と声を上げて指さす。
「それ、クリスさまがもらってた!」
「中身を読んだことがありますか?」
「ない! まーもよんでみたかったの」
すぐに夢中になってマルコ様に見せてもらうマウリ様。マンドラゴラのページを開くと、目がらんらんと輝く。
「マルコせんせい、これ、マンドラゴラ! でも、ちょっとこわいかお、してるよ?」
「そうですね。こちらは原種の方なので、こっちに栽培用に品種改良されたものがあったような」
ページを捲るマルコ様に、マウリ様の視線は釘付けである。
「マルコせんせい、これ、しんでる!」
「死んでませんね。収穫されたマンドラゴラは大人しくなるのですよ」
大人しく、と言われてマウリ様がものすごい勢いで後ろで踊っている大根マンドラゴラを振り返った。振り返られて大根マンドラゴラは両手を上げてくるくる回るのを止めて、僅かに首を傾げるような動作を取っている。
「おとなしくないよ!」
「マウリ様はドラゴンですから、マウリ様の育てたマンドラゴラは特別なのです」
「わたしのそだてたマンドラゴラはとくべつ? とくべつだから、おかあさま、げんきになったの?」
「そうだと思いますよ」
床に臥せって起き上がることのできなかったスティーナ様が回復したのは、マウリ様たちの育てたマンドラゴラが特別だったからだと言われて、マウリ様が嬉しそうにわたくしの方にやってくる。
「アイラさま、まーとみーとクリスさまとアイラさまでそだてたマンドラゴラは、とくべつなんだって。それをたべたから、おかあさま、げんきになったんだって」
「わたくしもエロラ先生から言われました。普通のマンドラゴラは踊ったり、照れたりしないのだと」
「だいじなマンドラゴラ、おかあさまにたべてもらって、げんきになってよかった」
最初はスティーナ様すら怖がっていたマウリ様が今はすっかりスティーナ様を慕っている。スティーナ様はわたくしから見てもいい母親であったし、マウリ様とミルヴァ様を愛しているのが分かったから、マウリ様の方もスティーナ様を愛しているようで胸が暖かくなる。
元気に踊って、感情表現をするマンドラゴラを食べるのが躊躇いがないかと言われればそうではないが、スティーナ様の健康のためならばわたくしは何度でもマンドラゴラを育て、捧げただろう。それはマウリ様も同じ気持ちだと思う。
「マウリ様、動物図鑑は見ましたか?」
「ここにはいってるよ。ときどきみてる」
マウリ様が肩掛けのポーチを開くと、中に仕切りで区切られた広い空間が広がっている。初めて見る魔法のかかったポーチを、マルコ様は興味深そうに見ていた。
「ここ、ほんをいれるところ。ここ、おきがえがはいってるの。もしもらしちゃったら、きがえればだいじょうぶって、ヨハンナさまがいれてくれたんだ。ここには、ダイコンさんのえいようざいがはいってて、こっちはわたしのたからもの」
一つ一つ見せてくれるマウリ様は誇らし気だった。
マルコ様から借りた動物図鑑を取り出すと、マルコ様が動物の習性について話してくれる。
「アイラ様の家系は狼でしたね。狼は愛情深い生き物です。群れを作り、集団で生活します」
「むれ? しゅうだんってなぁに?」
「仲間と一緒にいるってことです」
マルコ様の説明を聞いて、マウリ様が声を上げる。
「それで、アイラさまがいなくなったら、むれのなかまがいなくて、さみしくて、クリスさまはとおぼえをしたんだ!」
「そんなことがあったのですか?」
「わたしも、アイラさまとべつべつになったときは、かなしくて、つらくて、ごはんもたべられなくて、ずっとないていたよ。クリスさまがさびしかったのも、よくわかるんだ」
去年の夏、スティーナ様の元にマウリ様とミルヴァ様をお返しして安心したところで、やってきたマウリ様たち。泣き腫らした顔のマウリ様に驚きはしたが、それだけわたくしを求めてくださっているということが嬉しくもあった。
それで両親と相談してヘルレヴィ領に行くことになったのだが、次はラント領に一人残されたクリスティアンが寂しくて夜中に本性の狼になって遠吠えを始めた。
もう遠い昔のように思えるがまだ一年も経っていないのだ。夏が来れば一年になるが、長い時間が過ぎたような気がする。
「それでミルヴァ様がお小さいのにクリスティアン様の婚約者としてラント領に行かれたのですね」
ミルヴァ様がクリスティアンの婚約者としてラント領に行ったことは公表されているけれども、その理由まではマルコ様が知るわけがない。貴族の一部は知っているのかもしれないが、マルコ様は平民だった。
「クリスさまがはずかしいかもしれないから、ないしょにしてね」
真剣な眼差しでお願いするマウリ様に、マルコ様も真剣に頷く。
「分かりました、誰にも言いません」
約束をして、二人はまた動物図鑑を見始めた。
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