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24.魔法学を理解しない教授

 春は近付いているはずなのだが、まだまだヘルレヴィ領の寒さは続いている。課外授業の日にもらったエロラ先生のポーチはわたくしは革紐を作ってもらって肩掛けのバッグにさせてもらった。長財布くらいのサイズなのでかけていても目立たず、それでいて量は物置一つ分くらい入る。誕生日にラント領で父上と母上から貰った魔法学の本も、これで持ち歩くことができる。

 ベルトも合わせて作ってもらったので、ウエストポーチにすることもできる。中を開けると幾つにも仕切りがあってどこに何を入れたかすぐに分かるのがとても便利だ。ウエストポーチにするためのベルトも中に入れておいた。

 高等学校に持っていく荷物が少なくなったのは本当にありがたいことだった。もっと本を持っていきたいのに、重さで鞄の紐が切れてしまいそうだし、肩が壊れてしまいそうだったから、色々と我慢してきたのだ。

 父上と母上から貰った魔法学の本もエロラ先生にお見せしようと思っていたが、ずっと持ち出せずにいた。ヘルレヴィ家に来たときに見せようと考えていたが、その必要もなくなった。

 大量の本が入っているはずなのに軽い小さなバッグを肩から下げて、わたくしは高等学校に通った。

 午前中に魔法学の授業があることが多いが、他の授業との兼ね合いで午後になることもある。授業はほとんど午前中に二限、午後に二限という形で二教科ずつ勉強するのだが、魔法学の授業は休憩を挟んで二限続けての授業ばかりだった。

 午前中の授業に出ていると、マルコ様とニーナ様が興味津々で両脇の席に座る。


「今まで、家出するのかと思うくらい荷物が多かったのに、どういう心境ですか?」

「もしかして、魔法でなんとかしてるんですか?」


 今まで大量の教本や体育のための着替えなどを持って、バッグをパンパンにさせていたわたくしが、小さな肩掛けバッグ一つで来ていることは、やはりマルコ様にもニーナ様にも気付かれていたようだ。


「後で詳しくお話ししますが、エロラ先生からポーチをいただきました」

「エロラ先生から!?」

「すごい! 羨ましい!」


 二人の声が大きかったので、授業をしていた教授が咳ばらいをした。じろりと睨まれて、わたくしはノートに視線を落とす。


「獣の本性を持たないものが、魔法が使えると分かってちやほやされて、調子に乗っているのか。獣の国の歴史など馬鹿にしているのだな」


 聞こえよがしに言われた言葉に、腹を立てたのはわたくしではなくニーナ様だった。席から立ち上がって教授に言い返す。


「あたしたちが煩かったのと、アイラ様の獣の本性がないことは関係ないじゃないですか! アイラ様が授業を聞いていないというなら、質問してみればいいじゃないですか。当然、今日授業で習った範囲で、ですけど!」


 毅然と言い返すニーナ様に、わたくしは感動してしまった。

 これまで同年代の友人などいなかったけれど、ニーナ様はわたくしが侮辱されたことをわたくしよりも怒ってくれている。獣の本性がないことで陰口を叩かれるのは慣れていたし、魔法の才能の件でわたくしが周囲から奇異の目で見られている自覚はあった。魔法学の授業も一人だけなので、何をしているか分からないと噂されているのだろう。

 そういうことに理解はできるだけに、わたくしは顔を伏せて逃れようとしたことを、ニーナ様は顔を上げて立ち向かってくれている。


「それなら、辺境伯の歴史についてご指導願おうか?」


 挑戦的に言われて、わたくしはニーナ様の顔を見た。ニーナ様は頷いて椅子に座る。

 椅子から立ち上がって、わたくしは息を吸い込んだ。


「あ……」


 始めの一言が声が裏返って震えてしまって周囲からどっと笑い声が上がる。ニーナ様が「気にしないで」と声をかけてくれて、マルコ様も「大丈夫」と頷いてくれている。


「辺境伯の歴史は、魔物と侵略者との戦争の歴史です。今のオクサラ家が辺境伯に任命された時期は、酷い戦乱の世の中でした。国は分裂しかけていて、周辺諸国はハリカリを攻撃している。そんな中で辺境伯に立ったオクサラ家は、ライオンの本性を持つ非常に戦闘に長けた一族でした」


 オクサラ家の前のパーテロ家のひとたちは全員戦に行って亡くなってしまった。後継者がなく、年老いた当主一人になったパーテロ辺境伯を他の場所に避難させて、若きオクサラ家の当主が辺境伯に任命された。

 およそ三百年前のことだ。

 それから百年近く、オクサラ家は戦いの歴史を刻む。

 反乱する小国を平定し、魔物の襲来から国を守って来た。

 教科書を見ないでも言える内容は、リーッタ先生から教えてもらっていたものだった。

 すらすらと話すと、教授の表情が厳しくなる。


「もういい。宿題で辺境伯のレポートを出すこと!」


 宿題は課せられてしまったが、わたくしは教授の理不尽な態度に勝ったのだと理解して椅子に座った。ざわついていた周囲ももう静かになっている。

 ニーナ様とマルコ様が微笑んでサムズアップしていた。

 午前中の授業が終わって、空き教室でお弁当を食べてから、わたくしはエロラ先生の待つサンルームに早めに昼休みのうちに行った。両親から貰った本をエロラ先生にも見て欲しかったのだ。

 重くて持ち運べなかったのがようやくエロラ先生に見せることができる。

 サンルームに続く渡り廊下を歩いて、サンルームに入るとエロラ先生は僅かに不機嫌そうな空気を纏っていた。何かあったのだろうかと声をかけられずにいると、わたくしを見てぱっと表情を変える。


「百年も生きてない若造が、アイラちゃんに絡んだらしいじゃないか」

「え? 御存じなんですか?」


 さっきの授業で起きたことをエロラ先生は知っていた。


「大気の妖精は数名いて、高等学校の中のことはほとんど把握しているよ。アイラちゃんはいい友達に恵まれた。あの若造には私からきつく言っておくよ」


 そもそもあの先生は魔法というものを訝しく思っていて、エロラ先生とも仲がよくないのだとエロラ先生は話してくれた。魔法を信じないだけでなく、それを貶めるようなことも平気で言うのだという。

 普段はサンルームにいて他の相手と関わりのないエロラ先生も、職員会議など大事な会議には出席しなければいけなくて、嫌でも自分と相反する相手と顔を会わせなければいけない。

 妖精種で獣の本性がないということも、エロラ先生を貶める材料にしているものもいるようなのだ。


「獣の本性がないから、自分たちの気持ちは理解できない。自分たちを馬鹿にしていると言い放つ輩もいて、本当に腹立たしい」


 そこまで言ってエロラ先生は長く息を吐く。


「魔法学を学ぶということは偏見と戦うことでもある。ひとは自分の理解できないものを怖がる本能があるからね。その覚悟がアイラちゃんにはあるかな?」


 突然の問いかけだったが、わたくしの心は決まっていた。


「魔法学であろうとなかろうとも、わたくしが獣の本性を持って生まれなかったときに、両親は学んで知識という武器を身に着けることを教えてくれました。魔法学もわたくしにとっては学ぶ教科の一つです。未知の教科ですが、わたくしの力になるのならば、学ぶことに躊躇いはありません」


 真っすぐにエロラ先生のアメジストのような目を見つめて答えると、エロラ先生の表情が柔らかくなる。


「私の弟子は優秀なだけではなくて、度胸もあるようだ。よし、とことん教えてやろうじゃないか」


 エロラ先生の言葉にわたくしは頼もしさを覚える。

 肩掛けのバッグから両親に貰った本を出して見せるとエロラ先生は一つ一つ中身を確かめていた。


「ラント領の財産だったのだろうね。それをアイラちゃんに渡せるご両親は本当に偉い方だ。大事に読むといい」

「はい。どれから読めばいいですか?」

「現代語訳されているものから読んで行って、古代語は文法をきっちり学んでから訳すといいと思うよ」


 そう言われてわたくしはハッと息を飲んだ。


「わたくしが訳した教本……」

「まぁ、読める範囲だからよかったけど、文法的に間違ってるところはあったね」

「そんなぁ。言ってくださいよ」


 間違っているところがあったなら指摘して欲しかったというわたくしに、エロラ先生は悪戯っぽく笑う。


「私は古代語の教師じゃないからね。文法を学んだら、もう一度見直した方がいいとは言っておこう」


 かなり時間をかけて丁寧に訳したつもりだったが、古代語の文法の決まりまではわたくしはきっちりと理解していなかった。

 まだまだ学ぶことは多い。

 気を抜かずに続けていくつもりだった。


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