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23.ヨハンナ様の知恵

 暴走するかもしれない魔法を子ども部屋で発動させることに躊躇いがなかったわけではない。子ども部屋にはヨハンナ様もいるし、何より可愛い4歳のマウリ様がいる。マウリ様にだけは絶対に怪我をさせたくないという思いがあった。

 それでも挑戦できたのはエロラ先生が見ていてくれて暴走しそうになったら止めてくれるという信頼があったし、マウリ様が手を握っていてくれるという安心感があった。

 無事に魔法が発動した後は精神力を使い過ぎてわたくしは床の上に座り込んで立てなくなっていた。炎は消えているし、エロラ先生が軽々とわたくしを抱き上げてソファに移動させてくれる。

 半泣きになってわたくしを覗き込んでいるマウリ様も、ヨハンナ様にお願いして紅茶を淹れてもらっていた。


「アイラさま、だいじょうぶ? きついの?」

「ちょっと目が回ります……魔法のせいでしょうか」


 ソファの隣りに上がり込んで心配そうにわたくしを覗き込んでくるマウリ様に微笑みかけたが、まだ冷汗は引いていなかった。消耗しているわたくしを見て、エロラ先生が労いの言葉をかけてくれる。


「よく頑張ったね。マウリくんを守りたいという気持ちと、マウリくんから受け取った力で制御できたようだけど、まだまだ練習が必要だな。なんにせよ、マウリくんが君の魔法制御にとって重要な役割を担っているのは分かった」


 小さな火の魔法だったけれど、エロラ先生にはわたくしの魔法の制御が上手くいっているかを見てもらえたようだった。子ども部屋のテーブルに移動して、エロラ先生と紅茶を飲む。エロラ先生はジャムとミルクを入れているのを見て、わたくしも真似したくなった。

 紅茶にとろりとしたリンゴのジャムを入れてミルクを入れると、甘さが体に心地よい。甘いジャムの入ったミルクティーを飲んでいるとわたくしは体調が戻って来た。


「消耗したときには甘いものを取るのがいいんだよ。私の持論だけどね」


 ジャム入りミルクティーにわたくしははまってしまいそうだった。

 お茶を飲んでお菓子を摘まんでいると、スティーナ様が息を切らせてやってくる。エロラ先生の来訪は告げられていたが、仕事が忙しくてすぐには来られなかったのだろう。


「メルヴィ・エロラ様、この度はヘルレヴィ家にお越しいただきありがとうございます」

「御子息のマウリくんに会うためです。マウリくんはアイラちゃんの魔法制御になくてはならない相手になっているようで」

「やはり、そうなのですか。魔法学の授業にマウリが必要ですか?」


 今年はまだマウリ様は5歳になるので幼年学校に通わなくてもいいが、6歳になると幼年学校に通うか、家庭教師で家で勉強するかを選ばなければいけない。わたくしもまだその頃には高等学校の二年生なので、卒業までは時間があった。

 マウリ様を高等学校に連れ出すわけにはいかない。エロラ先生にマウリ様を高等学校に連れて行くことを望まれたらスティーナ様はどう答えるか悩んでいるようだった。


「マウリくんに来てもらう必要はありません。鱗か爪か鬣か、マウリくんをいつでも感じられるものをいただければと思います」


 鱗は剥がすのが可哀そうだし、爪はまだ伸びていない、鬣は最近生え始めたばかりでそれを刈ってしまうのは忍びない。どれもわたくしにとっては納得のできないことだったが、スティーナ様はマウリ様に近付いて屈んで視線を合わせた。


「マウリ、アイラ様はあなたが必要です」

「はい。わたし、アイラさまのためなら、なんでもします」

「鬣がなくなっても、また生えて来るからいいですね?」

「はい、ハゲになってもいいです!」


 元気よく答えてくれるマウリ様にわたくしは慌ててしまう。


「ダメです。折角生えて来た鬣をわたくしのために刈ってしまうなんて」

「鬣が一番いいと思うのですが。鱗は剥ぐときに痛いでしょうし、爪は伸びていません」


 ふわふわもふもふの鬣がマウリ様からなくなってしまうなんて悲しい。

 躊躇っているわたくしに、エロラ先生が話し出す。


「実はラント領で本を修復したとき、アイラちゃんは魔法を暴走させるかもしれない非常に危険な状況でした。修復の魔法が暴走して、部屋ごと吹っ飛んでいてもおかしくはありませんでした」

「ふぇ!? わたしがやぶっちゃったごほんをなおすために、アイラさまが!?」

「そのことで私はアイラちゃんを厳しく叱りました。申し訳ないが、アイラちゃんを泣かせてしまいました」


 その話をするとマウリ様がショックを受けると止めるより先に、エロラ先生は全部話してしまった。椅子から飛び降りてわたくしに突進してきたマウリ様が、洟を垂らして泣き出す。


「ぶぇ、ぶぇぇぇん! ごめんなざい……わだじのぜいで、アイラざま、ながぜじゃった……」


 ボロボロと涙を零すマウリ様の下半身が濡れて来て、足元に水たまりができる前に、素早くヨハンナ様がマウリ様を抱きとってお手洗いに連れて行った。


「アイラざまー!」


 引き離されて泣き喚くマウリ様はお手洗いを済ませて、着替えてからまた戻って来る。服は綺麗になったが、顔がぐしゃぐしゃの泣き顔だった。


「マウリ様、わたくしが浅慮だったのです。マウリ様のせいではありません」

「わたし、ハゲにしてぇ! アイラさまがなかないですむなら、たてがみ、いらないぃー!」


 泣くマウリ様を抱き締めていると、ヨハンナ様がそっと口を開いた。それまでわたくしとエロラ先生、マウリ様が魔法学について話していたので会話に入るのを遠慮していたのだろう。


「マウリ様の眠っているベッドを掃除するときに、こういうものを拾うことがありまして、何か役に立つのではないかと取っておきました」


 小さな箱を持って来てくれるヨハンナ様。蓋を開けた箱の中には、しゃらしゃらと軽い音を立てる鱗が数枚入っていた。エメラルドグリーンに輝く鱗は宝石のようだ。


「これは、使えるね。よく取っておいてくれた。君は優秀な乳母だ」


 箱の中身を確認してエロラ先生がヨハンナ様を称賛する。


「成長に応じて剥がれるもののようです。スティーナ様に相談すればよかったのですが、お忙しそうだったので、もう少したまったらお話ししようと思っていました」

「ヨハンナ様、ありがとうございます。マウリの一番そばでマウリを見ていてくださったのがヨハンナ様で本当によかった。ドラゴンの鱗は貴重なものですからね」


 ドラゴンの鱗は魔よけにもなると有名だったと聞かされて、わたくしは初めて知った。自分より強いものに魔物は近付いてこない。ドラゴンの気配をさせておくと、魔物は逃げていくので鱗だけでも高く売れるのだ。

 知識があって、思慮深いヨハンナ様は、剥がれた鱗を大事に保管しておいてくれた。


「まー、ハゲなくていい?」

「マウリくんの鱗がこれだけあれば、魔法具も作れるだろう。すぐに注文しよう」


 エロラ先生が虚空に手を伸ばすとそこに優雅な模様の入った便箋と封筒が現れた。そこにさらさらと文字を書いて、エロラ先生は箱に添えて手の平の上に乗せた。箱と手紙は消えていく。


「移転の魔術の応用ですか?」

「術式が読めたかな? 私のサンルームからものを取り出して、魔術具職人の友人のところに鱗と手紙を届けたんだ」


 そんな便利なことまでできるのだとわたくしはエロラ先生を尊敬してしまう。魔術具職人さんには無事にマウリ様の鱗とお手紙が届いたようなので、エロラ先生はテーブルから立ち上がった。


「マウリくんにお礼を持って来ている。アイラちゃんにも」

「わたしに、おれい?」


 涙と洟を拭いて綺麗な顔になったマウリ様は、まだわたくしのスカートにしがみ付いていたが、お礼と聞いてちょっと顔を出す。わたくしにも何かあると聞いてわたくしはドキドキしていた。

 エロラ先生がマウリ様に可愛い薄緑色にトカゲの刺繍の入ったポーチを渡す。肩紐が付いているが、マウリ様が大きくなったらウエストポーチとしても使えそうなベルトの通し穴が付いていた。


「トカゲさん?」

「これは魔法で中身を拡張しているポーチだよ。中は異空間になっていて、そこに大量のものが入る。魔法具職人の友人が作ってくれたものだ」


 物置一つ分くらいは軽く入ると言われて、マウリ様は蜂蜜色のお目目を丸くして聞いていた。わたくしにもポーチが手渡される。わたくしのポーチは白地の革のようで、青いネモフィラの花が刺繍してあった。


「アイラちゃんのも同じだよ。子どもは物を持ち歩くのが大変だし、アイラちゃんはこれから高等学校に通うのに荷物が多くなってくるだろうし、鱗の代価と思って受け取って欲しい」

「でも、その鱗はわたくしの魔法の制御のために使うのでしょう?」


 遠慮するわたくしに、エロラ先生は苦笑した。


「贈り物なのだから、喜んで受け取って欲しいね。魔法具は魔法の師匠が弟子に与える最低限のものだよ。その材料を自分で調達するのも師匠としての仕事というものさ。大丈夫、経費は高等学校に請求しておくから」


 ドラゴンの鱗の経費。

 考えるだけでどれだけになるか恐ろしいのだが、爽やかな笑顔で告げるエロラ先生にわたくしは何も言えなくなってしまった。


「れっしゃのほん、いっぱいはいる? どうぶつのほんも、はいる?」


 お目目を煌めかせて喜んでいるマウリ様にも、わたくしは「よかったですね」しか言えないのだった。

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