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20.エロラ先生の手紙

 ラント領に行っていたのでお休みしていたマルコ様の家庭教師が冬休みが明けてまた始まる。高等学校の帰りにわたくしと同じ馬車でヘルレヴィ家に来るマルコ様を、マウリ様は列車の本を抱いて待っていたようだった。

 子ども部屋に入るとマルコ様に駆け寄る。


「このごほん、みーとひっぱりあってけんかしちゃって、やぶっちゃったの。アイラさまがなおしてくれたけど、だいじなごほんをやぶってしまってごめんなさい」


 ずっとそのことが気がかりだったのだろう、目に涙を浮かべて謝るマウリ様をマルコ様が大きな手で撫でる。


「その本はマウリ様のために近所の子からもらったので、マウリ様の好きにしていいんですよ」

「ううん、わたし、ほんかってもらったんだ。マルコてんてー、このごほんは、ほかにほしいひとがいるかもしれないから、そのこにあげて」


 平民にとっては本は手軽に買える値段ではない。そのことを4歳のマウリ様が知っているのかは分からないが、大事な本なので自分がもらうのではなく、他に必要としている子にあげるように言う心の優しさにわたくしは感動してしまった。


「新品でもなかったから、気にすることはないのですがね。大事に使ってくださっていたようで良かったです。それでは、この本は返してもらいますね」

「うん! ありがとう!」


 元気よくお礼を言えたマウリ様にマルコ様が新しい本を取り出す。こちらも角が丸くなっていて年季の入った本だった。


「どうぶつ、ずかん……なぁに?」

「マウリ様は動物園に行ったことがありますか?」

「どうぶつえん! ない! いきたいってクリスさまとみーとはなしたことがあるよ!」


 大きな声で返事をするマウリ様にマルコ様が動物図鑑を手渡す。中には色んな動物が書かれていた。


「僕たちの本性にも繋がる本です。人間であるぼくたちにも獣の本性がある。動物園の動物たちは人間の姿を取れませんが、その習性を知ることは、相手の本性を見抜くときに役に立ちます」


 獣の本性のないわたくしには全く分からないのだけれど、獣の本性のあるもの同士だと相手がどんな獣かを察知できる場合があるらしい。リーッタ先生が薬草を売っていた露店の主人の獣の本性がないことを見抜いたように、マルコ様はマウリ様にも相手の獣の本性が感じ取れるように授業をしようとしている。


「相手が怖いものだと分かったら、逃げ出したり、攻撃に備えたりすることができますからね」

「マルコてんてーは、スズメ!」

「そうです、僕はスズメです」


 動物図鑑のトリの項目を開いてマウリ様がしっかりと読んでいる。獣の本性について知れば知るほど、どうしてわたくしにはそれがないのが疑問を持たないか心配ではあったけれど、マウリ様が勉強していくことは悪くないと思っていた。


「にいさまは、へび! おっきいへびだよ」

「よく分かっていますね」

「なんとなく、おせなかにおっきいへびがみえるきがするの」


 マルコ様の動物図鑑がマウリ様の才能を一つ見出した。マウリ様は既に相手の本性が何かを感じ取れる力があった。


「ヨハンナさまは、とりさん。なんのとりかな?」

「動物図鑑で調べてみるといいですよ」

「はい、わたし、しらべる」


 動物図鑑の鳥の項目を開いて探しているマウリ様に、少しその場を離れられそうだったので、わたくしはスティーナ様の執務室に行った。今日預かったエロラ先生からの手紙の件でスティーナ様に報告しておかなければいけない。

 ルームシューズで廊下に出ると、靴下を履いているのに足先がじんと冷たくなるのが分かる。ストーブで温められた部屋と廊下とは温度が全く違った。それでも吹雪いている外よりはずっと暖かい。

 廊下の突き当りの部屋がスティーナ様の執務室だ。ノックすると、スティーナ様から返事があった。


「どうぞ、お入りになって」

「お邪魔します」


 ドアを開けて入ってわたくしはスティーナ様の執務室のデスクの上に積み上がった書類の量に驚いてしまった。ラント領に行くために休暇を取っていた分だけ仕事は溜まっていると分かっていたが、スティーナ様はそれと向き合う作業で大忙しのようだった。

 話し出すのを躊躇っていると、スティーナ様がペンを走らせる手を止める。


「そろそろおやつの時間ですね。休憩にしましょうか。マウリの顔も見たくなってきました」


 激務の中にあると可愛いマウリ様の姿が唯一の癒しなのだろう。立ち上がったスティーナ様について行ってわたくしもリビングに入る。マウリ様とマルコ様とハンネス様も呼ばれて、おやつの準備がされていた。

 おやつの前にそっとわたくしはスティーナ様にエロラ先生のお手紙を渡す。


「わたくしの魔法学の担当のエロラ先生からです」

「拝見しましょうね……マウリがアイラ様の魔法の制御に関わってくるかもしれないのですね。それでヘルレヴィ家を訪れたいと」

「よろしいでしょうか?」


 お伺いを立てるわたくしに、スティーナ様は優しく微笑んでいた。


「エロラ先生という方は、アイラ様を大事に思ってくださっているんですね」

「え?」

「妖精種の方々は国の賓客として、公爵家も例外ではなく、訪ねると仰られたらもてなさなければいけない立場にあります。もちろん、お断りをしてもいいのですが、相当の理由がない限り、妖精種の方々はこの国に滞在してくださるだけで利益をもたらす尊い方たちです」


 最初からエロラ先生はヘルレヴィ家を訪問するのにスティーナ様の許可などいらなかったのだ。直接来て、もてなしを求める権利がある。そのように国の法律で定められている。

 それを悪用する妖精種の方もいるようだが、基本的に妖精種の方々は世界の理に従って生きているので、そこからはみ出る同種がいれば互いに抑制し合う掟になっているので、国への迷惑はかからないようだ。

 許可などいらなかったのに、わたくしとマウリ様への配慮のためにわざわざスティーナ様に手紙を書いてくださったエロラ先生にわたくしは感謝していた。それと同時に、生徒として大事にされていることを幸せに思う。


「とてもいい先生なのです。わたくしが無茶をしたらきちんと叱ってくださった」


 泣いてしまったが、危険なことは危険だと教えてもらわないとわたくしはまた繰り返す。叱った上でエロラ先生はわたくしが次のステップに進めるように考えてくださる、よき導き手だった。


「マウリ、アイラ様とご一緒に、高等学校の先生が来られます。あなたに会いたいそうです」

「まー……わたしに?」

「そうですよ。とても大事な御用です。アイラ様の魔法学の授業にあなたが必要だそうです」


 スティーナ様の説明にマウリ様の表情が緩んで、鼻の穴が開いてくる。ふんすっと鼻息荒くマウリ様が答える。


「アイラさまのために、わたしがひつようなら、わたし、がんばります!」

「分かりました。そのようにお返事を書いておきますね」


 誇らしげな顔をしているのは、自分がわたくしの役に立つと分かっているからだろう。嬉しそうなマウリ様はスティーナ様に手を上げて発言した。


「おかあさま、わたしもおへんじをかいてもいいですか?」

「封筒に入れてあげましょうね。マルコ様に見てもらって書いてみてください。お返事が出来上がったら、わたくしの元に持って来て下さいね」


 拙いマウリ様のお手紙もスティーナ様は気にしない。きっとエロラ先生も微笑ましく受け取ってくれるだろう。

 おやつのビスケットサンドとミルクティーを楽しんだ後で、マウリ様は子ども部屋の椅子に座ってクレヨンで紙にお手紙を書いていた。マルコ様が見ているのでわたくしも覗いてみると、丸い薄橙色の目と口と髪らしきものを書いている。黒い髪と水色の目だから、わたくしなのだろう。


「あ、い、ら、さ、ま。ま、う、り、よ、り」

「これではアイラ様にマウリ様がお手紙を書いたように見えませんか?」

「わたし、いちばんアイラさまがすき! いちばんすきなものをかいたの!」

「そうですか。気持ちが伝わるといいですね」


 わたくしのことしか書いていないマウリ様は実のところ、文字はほとんど読めるようになっていたが、書く方はまだわたくしの名前とマウリ様ご自身の名前くらいしかまともに書けない。それ以外はぐにゃぐにゃになってしまうのだ。


「自分の一番得意な文字を書いたのですね。わたくしが、エロラ先生に説明します」

「はい、おねがいします、アイラさま」


 ぺこりと頭を下げられてわたくしはマウリ様の成長を感じずにいられなかった。

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