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19.エロラ先生のお叱り

 魔法学の教本も無事に冬休みの間に全部訳せて、わたくしは安心してエロラ先生のサンルームに向かっていた。渡り廊下からガラス張りになっていて外が吹雪いているのが分かる。ヘルレヴィ領は一年で一番寒い時期に入っていた。

 サンルームに入るとジャケットの下に着ていた厚手のカーディガンを脱いでしまいたくなるくらいに明るく暖かい。魔法と暖房で保たれているのだろうが、このサンルームはいつも明るくとても暖かかった。


「エロラ先生、失礼をしてカーディガンとジャケットを脱いでもいいですか?」

「私が寒いのが苦手だからね。ここの管理人が暖房を強く入れてくれるんだ。どうぞ、自由にして」


 許可されてわたくしはジャケットとカーディガンを脱いでシャツ姿になった。それでも動くとじわりと汗が滲み出そうな室温だった。


「冬休みはラント領に行ったのかな」

「はい。行きました」

「楽しかったようだね」

「はい。ラント領でマウリ様とミルヴァ様が大事な本を引っ張り合って裂いてしまったのです」


 それでマウリ様とミルヴァ様と手を繋いで力を借りるつもりで魔法で修復したことを告げたら、成功したので問題なかったかと思っていたのに、エロラ先生の眉間にぴしりと皺が入った。美しい妖精種のエロラ先生はしかめっ面をしていても美しいのだが、妙な迫力があって恐ろしい。


「魔法を発動させたのかな」

「はい……いけませんでしたか?」


 泣いて謝り合っているマウリ様とミルヴァ様をどうにか慰めたくて、わたくしは本を修復する魔法を編んだ。術式はこれまで壊れたカップや破れた服を修復するときに編んだことがあったが、実際に修復までは至らず、実行せずに術式を編んだ状態で終わっていた。

 練習していたから問題はないと考えたわたくしが浅慮だったようだ。


「どんな魔法でも暴走すると収拾が付けられなくなる。アイラちゃんは双子ちゃんのことを思ってやったのかもしれないけれど、それでラント領のお屋敷が吹き飛んだら、どうしようもないだろう!」


 強く言われてわたくしは椅子から飛び跳ねそうになった。本を修復するという平和な魔法の術式がお屋敷を吹き飛ばす可能性があったなんて考えたくもない。


「そんなに危険だったのですか?」

「アイラちゃんの魔力の才能は尋常ではないことを知らされているだろう。その魔力で小さな炎を出そうとしても、サンルーム全体を焼く大火事にしてしまうことがある。そんな危険性をはらんだ能力なのだと理解しておいてほしい」

「すみませんでした……」

「でも、上手く行ったのはよかったね。どうして上手くいったのか……状況を詳しく教えてくれるかな?」


 厳しい口調だったエロラ先生が、わたくしが項垂れて心底反省していると知って柔らかい口調に戻る。ほっとした瞬間、わたくしは涙が零れてしまった。


「良かれと思ってやったんです……マウリ様もミルヴァ様も、本が裂かれたままでは泣き止めないと思って」

「それは分かっているよ。危険だったことは忘れないようにして。それで、どうやって魔法を制御したのかな?」

「マウリ様とミルヴァ様に手を握ってもらって、助けてもらいました。マウリ様からは緑色の生気、ミルヴァ様からは赤い生気が流れ込んで来ていた気がします」


 一粒だけ堪えきれずに零れてしまった涙を拭うと、わたくしはあのときの状況を正確に思い出してエロラ先生に伝えた。4歳の双子の手を握って、膝の上に乗せた裂けた本に魔法をかけたわたくし。

 状況を伝えると、エロラ先生が何か考えながら幾つかの本を持ってきた。その中には開くと立体映像が展開されるものがある。


「大陸の古い歴史にドラゴンの聖女というものがある。強い魔力を持った聖女がドラゴンと共にこの国の建国に関わったというものだ」

「ドラゴンの聖女ですか?」

「私はそれだけ強い魔力を持っているのならば聖女はその制御に相当力を使ったのだと研究している。アイラちゃんも魔法を使った後に身体に変化はなかったかな?」


 問いかけられてわたくしはすぐに思い浮かんだ。


「床から立ち上がれなくなりました。冷や汗が止まらずに、しばらくはソファに座っていることしかできなかったです」

「なるほど。アイラちゃんの魔力を制御する鍵は、アイラちゃんの婚約者のドラゴンくんかもしれない」


 わたくしの魔力を制御する鍵がマウリ様。

 驚いてしまうが、確かにわたくしが初めて魔法を発動させたときに二人の手から伝わる生気を感じた。あれがなければわたくしはもっと消耗していただろうし、魔法自体成功させられたか分からない。


「強い魔力を弱く出す方が難しかったりするからね。消耗するのは想定の範囲内だ。マウリくんか……一度、このサンルームに連れて来ることができるかな?」

「マウリ様をですか?」

「ドラゴンと魔法については深い関わりがある。ドラゴンの操る能力は魔法に非常に近いからね」


 マウリ様を高等学校に連れてくる。そのためにはスティーナ様の許可があってマウリ様が納得しなければいけない。

 わたくしと一緒に高等学校に行きたがっていたマウリ様だから、行くことに異存はないかもしれないが、マウリ様はヘルレヴィ領の唯一の後継者で、スティーナ様の大事な息子だった。


「高等学校に連れて来ることができるでしょうか」


 どれだけ安全に守られているとはいえ、高等学校と公爵家のお屋敷では全く違う。生徒たちの中にもドラゴンであるマウリ様に邪な心で近付こうとする輩がいないわけでもないだろう。

 悩んでいるとエロラ先生が妥協案を出す。


「課外授業にしようか」

「どこに出かけるのですか?」

「ヘルレヴィ家にアイラちゃんの指導のために訪ねたいと手紙を書こう。妖精種の客人が訪ねたいと願ったら、ヘルレヴィ家も嫌がりはしないだろう」


 それならばマウリ様はヘルレヴィ家のお屋敷で守られるし、わたくしも安心してマウリ様とエロラ先生を会わせることができる。


「魔法学でも課外授業は大いにやっていくつもりだよ。魔法具で制御する職人の友人を紹介すると言っていたが、マウリくん次第ではいらなくなるかもしれない」


 マウリ様がわたくしの魔力を制御してくれる。それならばわたくしに魔法具は必要ないかもしれないとエロラ先生は言っているのだろうか。


「わたくしには魔法具は必要ないのですか?」

「魔法具を作るときにはその魔法使いに合った触媒がいるんだ。それが君にとってはマウリくんかもしれないってことさ」


 わたくしにとっては魔法具を作るための触媒がマウリ様。

 言っていることの意味が分からずに首を傾げていると、エロラ先生は具体的に教えてくれた。


「マウリくんの爪、鬣、鱗、そういうものを媒体にできるのならば、直接職人に会わなくても、それを送るだけで加工してもらえる」

「爪や鬣や鱗!?」


 爪は伸びてきたら切るから問題ないのだが、やっと生え始めたふわふわもふもふの鬣を切ったり、綺麗な体に生えている鱗を剥いだりすることはとても可哀想でできなかった。

 わたくしが躊躇っていると、エロラ先生が優しく言う。


「マウリくんを傷付けたりしない。それは絶対だ。マウリくんが君にとって大事な相手だからこそ、ドラゴンとの信頼関係が築けていて、魔法具の媒体にまでなる。その信頼を崩すようなことは決してしないよ」


 約束してくれるエロラ先生だが、傷付けないとは言っても生え始めたマウリ様の鬣が刈られてしまったら悲しい気がしてわたくしは申し訳なく俯いた。

 わたくしが待っている間にエロラ先生はヘルレヴィ家への手紙を書き終えていた。


「これを当主のスティーナ様にお渡しして」

「分かりました。マウリ様が怖がることはしないでくださいね」

「過保護だね。それだけマウリくんが可愛いんだね」


 言われてしまってわたくしは顔を赤らめる。

 マウリ様が可愛いのは当然のことで、わたくしにとっては誰よりも愛らしい存在だった。

 それをエロラ先生は見抜いているようだった。

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