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18.クリスティアンの誕生日とラント領への別れ

 魔力はあってもそれを制御することがどれだけ難しいか。

 マルコ様の貸してくれた列車の本を修復した件で、わたくしは身をもって知った。しばらく立ち上がれずにいたわたくしに気付いたスティーナ様が手を貸して立たせてくれる。子ども部屋のソファに座って、わたくしは額の汗を拭っていた。


「マウリとミルヴァもあんな風に喧嘩をして、仲直りをするのですね。アイラ様が仲介に入ってくれたおかげで二人とも落ち着いたようです」


 直った本を持ってマウリ様がテーブルでミルヴァ様と一緒に読んでいる。二人が熱中して前のめりになって、つむじが見えているのがとても可愛い。

 クリスティアンも横から興味津々で列車の本を見ていた。年齢よりも難しい本ではあるけれど、マウリ様は気に入っていて、マウリ様が気に入っているからミルヴァ様もクリスティアンも気になってしまうのだろう。

 三人で頭を突き合わせて一つの本を仲良く見ているのは様子はとても微笑ましい。ページを捲るときに一緒に手が出てしまって、さっき裂いてしまったことを気にしているのか、お互いに譲り合っている。


「まー、めくって」

「みーがめくっていいよ?」

「クリスさま、する?」


 泣いてお互いに謝っていたマウリ様とミルヴァ様が仲直りできたことはよかったし、本が修復できたこともよかった。わたくしの体力がこんなに削られたことだけが計算外だっただけで。


「アイラさま、だいじょうぶ?」

「おこうちゃをもってきてもらう?」


 本を読み終わったマウリ様とミルヴァ様がソファで休んでいるわたくしに声をかけてくれる。心配そうに眉が二人とも下がっているのが、双子らしくお揃いだった。


「お願いしましょうかね」


 暖かい紅茶を持ってきてもらって、それにミルクを入れて飲んでいると少しは落ち着いてきた。ずっと止まらなかった冷や汗も引いてくる。


「魔法には成功したけれど、こんな小さな魔法で動けなくなってしまうとは思いませんでした」

「魔法を使ったのは初めてなのですか?」

「エロラ先生の授業で使おうとして止められてしまいました」


 小さな炎を起こそうとしたのに大火事を起こしてしまうところだったと説明すると、スティーナ様は驚いたようだった。


「今回の魔法が上手くいってよかったですね」

「マウリ様とミルヴァ様に手を繋いでいてもらったんです」


 ドラゴンのお二人にあやかれたならいいと思って手を繋いだのだが、それが魔法の成功に繋がったことを、このときのわたくしはよく分かっていなかった。ドラゴンと魔法の関係についてわたくしが勉強しだすのも、冬休みが明けてからである。

 数日後のクリスティアンの誕生日には、父上と母上が本を買ってきてくれていた。それはマルコ様からマウリ様が借りたのと違う列車の本で、クリスティアンの分とミルヴァ様の分とマウリ様の分、三冊ある。

 クリスティアンとミルヴァ様にはそれぞれ少しずつ違う内容で、マウリ様にはその二冊ともが贈られた。


「クリスティアンのお誕生日だけれど、みんなで楽しめるようにしたかったんだ」

「ミルヴァ様とマウリ様にもプレゼントを上げても、クリスティアンは嫉妬したりしませんよね」

「ミルヴァさまとマウリさまとおそろいで、うれしいです」


 元気よく答えていたクリスティアンに、新しい本を貰ったマウリ様は大喜びでそれを抱えていた。

 わたくしの誕生日の前日からクリスティアンの誕生日まで、わたくしたちは一週間近くの時間をラント領で過ごした。ヘルレヴィ領のスティーナ様には執務があるし、仕事が大量にたまっていることだろう。

 名残惜しいがわたくしたちは荷物を纏めて帰らなければいけなくなった。

 行きよりも帰りの荷物の方が多くなっている。パンパンで閉まらないトランクを押さえて何とか閉める。マウリ様は手荷物の肩掛けバッグに列車の本が三冊も入って、重く肩に食い込んでいる。

 それでも何かを置いていく選択肢も、マウリ様が手荷物から列車の本を外す選択肢もなかった。

 クリスティアンの誕生日の翌日の早朝、朝ご飯を食べてわたくしたちは帰る準備を終えた。リーッタ先生とクリスティアンがマンドラゴラの種の入った小袋を手渡してくれる。


「ヘルレヴィ領でも春になったら育ててください。ラント領でも育てます」

「あねうえがいなくても、がんばってそだてます」

「わたくしもいっぱいおみずをあげます!」


 リーッタ先生とクリスティアンとミルヴァ様が畑仕事を頑張るのならば、きっとマンドラゴラがよく育つだろう。去年育てた栄養剤のための薬草も残っているはずだ。


「たね、だいじにします。いーっぱいふやすね!」

「マウリ様、わたくしたちも頑張りましょうね」


 話しながら馬車に荷物を積み込んでもらっていると、馬車に乗った後でスティーナ様が真剣な表情で聞いてきた。


「わたくしも畑仕事ができますか?」


 スティーナ様は去年の夏に体力が回復されてから、領主の激務をお一人でこなしていた。ラント領では両親ともに領主のようなものなので二人で執務をこなすのだが、スティーナ様には助けてくれる相手はいない。それだけでも大変だったに違いないのに、畑仕事までしてしまったら、この細い体が折れてしまうのではないかとわたくしは心配だった。


「畑仕事は毎日のことです。決して楽ではありませんよ」

「分かっております。マウリが頑張っている姿をわたくしも間近で見て、共に作業したいのです」


 白く細くか弱く見えるスティーナ様が双子を出産し、その後で体調を崩していたが無事回復し、今は健康であることは間違いない。スティーナ様がマウリ様の成長を間近で見守りたいという思いもわたくしにはよく分かった。


「無理せず、疲れたら休める場所を作りましょう。そうです、畑が見える位置に東屋を建ててはどうでしょう?」

「畑仕事の実態を領主として知ることは大事だと思います。参加することはできなくても、わたくしは学びたい」

「ええ、学んでください、スティーナ様」


 手を取り合うわたくしとスティーナ様に、マウリ様が大根マンドラゴラを抱いて、重い肩掛けのバッグを膝の上に乗せて、馬車に乗ったわたくしの膝の上に乗って来る。ちょうどスティーナ様とわたくしの間に挟まれるようになったマウリ様は、両方から抱き締められた。


「わたしもおかあさまにおしえるよ。ぬいていいくさ、いけないくさ、やっつけないといけないむし、どれだけおみずをあげるか、いっぱいおしえてあげる」

「マウリ、何も知らない母に教えてください」


 胸を張って宣言するマウリ様にスティーナ様は頬ずりしていた。

 列車に乗ってヘルレヴィ領が近付くと外の景色が変わって来る。雪に覆われた町や村や畑を抜けて、列車はヘルレヴィ領に入る。

 途中でお弁当を食べて、マウリ様はお昼寝もして、ヘルレヴィ領に帰って来たのはおやつの時間の少し前だった。しまっておいたコートとマフラーと手袋を取り出し、列車が着く前に身に着ける。マウリ様にもコートを着せてマフラーと手袋を身につけさせた。

 暖房のきいている個室席では暑かったけれど、列車を降りると身を切るような冷たい風が吹いていて、外は雪が降っていた。寒さに震えながら馬車に荷物を積み込んでもらい、ヘルレヴィ家まで帰る。

 帰り付くと、ハンネス様とヨハンナ様がわたくしたちを待っていてくれた。


「ラント領は楽しかったですか?」

「とても楽しかったですよ。次はハンネス様とヨハンナ様も一緒に行きましょうね」


 お誘いすると二人の表情が曇る。


「私たちは公爵家に招かれるような身分ではありませんから」


 まだハンネス様もヨハンナ様も、オスモ殿のせいで貴族たちから白い目で見られていたことを気にしているのだろう。


「ハンネス様はマウリの兄です。ヨハンナ様はハンネス様の母君。何より、オスモに殺されかけていたわたくしを助けてくれた命の恩人ではないですか」

「ラント領のわたくしの両親が、お二人を差別するようなことはありませんよ」


 スティーナ様と言うと、ハンネス様とヨハンナ様の表情も少し明るくなってきたようだった。

 もうすぐ冬休みも終わる。

 新学期に向けて、わたくしは魔法学の教本を訳す作業を終わらせなければいけなかった。

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