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11.子どもたちと大根マンドラゴラの輪舞

 大根マンドラゴラを抱き締めるマウリ様とイーリス様の間に妙な緊張感が生まれている。


「ちょーあい! だーこ!」

「いーやー!」


 2歳のイーリス様と同じ調子で声を張り上げるマウリ様は、私やハンネス様など年上の相手に囲まれて一生懸命について行こうとしていたのだと実感させられた。


「イーリス、ちょうだいじゃなくて、貸して、だよ?」

「だーこ、かーちーて?」

「いーやーよー!」


 マルコ様にも敵対する視線を向けているマウリ様の傍に、エーリク様が寄って来た。緑色の目をくりくりさせて大根マンドラゴラを見つめている。


「ダイコンマンドラゴラなんてはじめてみました。マウリさま、さわらないとやくそくしますから、ダイコンマンドラゴラがうごくのをみせてもらえませんか?」

「さわらない? イーリスさまも?」

「イーリスにも触らせないようにします」


 折衷案を出してきたエーリク様に、しっかりとマルコ様がイーリス様を抱っこして見せる。おずおずと手を離してマウリ様は大根マンドラゴラを子ども部屋の床の上に置いた。

 マウリ様の方を見てもじもじとしていたが、大根マンドラゴラはみんなの視線を受けて踊り出す。優雅にマウリ様の周りを回ってくるくると踊る大根マンドラゴラに、イーリス様もエーリク様も釘付けだった。


「にぃに、だーこ! だーこ!」

「しょくぶつなのに、ほんとうにどうぶつのようにうごくんですね。とてもじょうずなダンスです」

「わたしのダイコンさん、すごい!」


 褒められてマウリ様は誇らし気な表情になっていた。

 大根マンドラゴラの観察の後は、エーリク様とマウリ様とイーリス様が椅子に座って、マルコ様が三人がお絵描きをしている様子を見ている。エーリク様は色鉛筆で上手に字を書いているが、マウリ様はクレヨンでぐりぐりと丸く塗って目と口を描いて髪を塗っている。イーリス様はクレヨンを口に入れようとしてマルコ様に止められていた。


「イーリス、違うよ。美味しいものじゃなくて、これはお絵描き」

「う?」


 油断するとクレヨンを口に入れようとするイーリス様を椅子から降ろすと、大根マンドラゴラを追いかけだす。ぽてぽてと歩くのが早くないので捕まえられないが、大根マンドラゴラを追いかけられてマウリ様も落ち着かなくなってしまう。


「イーリスちゃんはあたしと遊ぼう」

「ねぇね?」

「そう、ニーナねぇねだよ」


 ニーナ様がイーリス様を抱き上げて窓から外を見せる。小雪の降り始めた庭は寒そうだった。


「薬草畑を見せてもらいたかったけど、今の時期は何も植えてないだろうからねぇ」

「ないない?」

「マンドラゴラ、ないと思うよ」

「ないねー」


 イーリス様に話しながら外を見せている間にマウリ様とエーリク様のお絵描きが終わった。マウリ様は書いた紙を折ってわたくしのところに持って来る。


「アイラさま、これ、おてがみよ」

「ありがとうございます」


 毎日のようにお手紙はもらっているが、全部大事に取ってある。マウリ様の成長の記録としてファイルしているのだが、どれもわたくしの似顔絵ばかりで恥ずかしいような、嬉しいような気持になる。


「マウリ様は幾つかの文字は書けるようですね」

「私と練習しました。アイラ様のお名前と、自分のお名前は書けます」


 他は興味がなくてあまり見ないし、書かないのだとハンネス様がマルコ様に説明している。家庭教師をするにあたってマルコ様もマウリ様の今の実力を知りたかったのだろう。


「僕の本性はスズメで、マウリ様のような強い本性を持つ方を指導できるか分かりませんが、精いっぱいやります」


 本性の制御に関してもマルコ様は請け負ってくれるようだった。

 子ども部屋におやつが運ばれて来る。マウリ様とわたくしは手を洗いに行って、ニーナ様がイーリス様を抱っこして手を洗いに行って、エーリク様はマルコ様について行っている。

 イーリス様がすっかり懐いている様子から、ニーナ様とマルコ様は弟と妹とも交友があるのだろうと推測できた。

 林檎とキャラメルのケーキを見て、イーリス様のテンションが跳ね上がる。


「んまっ! おいちっ!」

「イーリス、座って食べようね」

「あい!」


 元気よくお返事をするイーリス様の視線はケーキにへばりついて離れない。マウリ様は子ども用の椅子をずらしてわたくしの隣りに座った。イーリス様はミルヴァ様が使っていた椅子に座って、絶妙に手の届かない位置に置かれたお皿を見つめて、涎を垂らしてバンバンとテーブルを叩いている。


「お行儀が悪くてすみません」

「イーリスちゃんは可愛い食いしん坊なんですよ」

「ニーナ様のお屋敷で美味しいおやつの味を知ってしまったから」


 マルコ様とイーリス様はニーナ様のお屋敷にもよく行っているようだ。


「幼年学校のときからマルコには学校帰りにお屋敷に寄ってもらって、宿題を教えてもらってたんです。イーリスちゃんが生まれてからは、イーリスちゃんをおんぶしてくるようになって」


 裕福ではない平民の子どもは、上の子が下の子の面倒を見るのが当たり前。マルコ様を見ているとそれがよく分かる。マルコ様が来るときにはイーリス様も来てもらった方がいいのだろうか。


「マルコ様、家庭教師として来るときには、イーリス様もお招きできるように致しましょうか?」

「いいえ、僕は寮に入って家を出てます。イーリスは家にいますから」


 大丈夫ですと言われても、イーリス様とマウリ様が仲良くなれればいいのにと思わずにはいられないわたくしだった。

 おやつを食べるとお昼寝をしていないイーリス様とマウリ様は眠くなって、エーリク様もちょっと眠そうだった。馬車に迎えに来てもらって、ニーナ様とエーリク様の馬車に半分寝ているイーリス様を抱っこしたマルコ様が乗せてもらって帰路に着く。


「来週から伺わせてもらいますとスティーナ様にもお伝えください」

「よろしくお願いします」


 挨拶をするマルコ様をわたくしは玄関まで見送った。

 子ども部屋に戻ると、マウリ様が床の上に崩れて眠っていた。しっかりと大根マンドラゴラを抱き締めている。

 初めてのひとに会って、年の近い子どもとも遊んで、疲れ切っているのだろう。抱き上げると、大根マンドラゴラと一緒に子ども部屋のベッドに寝かせる。ベッドに横になると、もぞもぞと動いてマウリ様はドラゴンの姿になった。

 ドラゴンの姿で大根マンドラゴラにしがみ付いているマウリ様。

 やっぱり本性を制御する方法を習得するのは必要なようだ。

 週末の休みの一日はマルコ様とイーリス様とニーナ様とエーリク様の来訪で終わったが、二日目はわたくしは本気で教本を訳してしまわねばならなかった。このままでは実践で教えてもらっている魔法学の基礎が分からないままになってしまう。


「マウリ様、わたくし、宿題をします」

「はい!」

「わたくしの隣りに座っていても、お部屋で遊んでいてもいいですが、廊下には出ないでくださいね?」


 子ども部屋には子ども用のお手洗いもシャワーも付いているので、基本的にこの部屋から出ることなくマウリ様は過ごせる。廊下にぽつんと座っている姿は寒々しいし、寂しそうなのでできるだけ避けたかった。


「アイラさまがいるなら、このおへやにいる」


 はっきりと答えて、マウリ様は勉強するわたくしの足元で列車の玩具を走らせて遊び始めた。ハンネス様が付きっきりで列車のレールを敷いてくれる。長く敷かれたレールの上をマウリ様は大喜びで列車を走らせる。

 二人が楽しそうに遊んでいる間に、わたくしの宿題もかなり進んだ。教本の半分くらいまでは訳せたのではないだろうか。理想は全部訳してしまうことだったが、半分でも進んだだけよいとする。

 訳しながらも、エロラ先生がわたくしに自分で教本を訳させた意味がうっすらと分かって来ていた。自分で訳すと、教本の内容が頭に入って来やすい。

 魔法の成り立ちから、魔法が世界の理を外れることはないこと、魔法で起こせるのは奇跡ではなくて自然界で起きていることだけということ。


「治癒の魔法も傷付いた場所の生命力を上げて行うのですね……」


 わたくしが興味があったのは怪我の治癒や植物の成長を促す魔法だった。マウリ様のブレスは自然と植物の生長を促す力を持っているが、治癒に関してはどうなのだろう。魔法的にとても近い場所にあるので、できないわけではなさそうだ。

 わたくしの学ぶ魔法学がマウリ様のドラゴンとしての特性についても関わってくる。

 教本を訳すわたくしは気合が入っていた。

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