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8.魔法学の初授業

 この世界には魔法という未知の力がある。

 何もないところから火を起こしたり、氷を作り出したり、風の刃を作り出したり、結界を編み出したり、防御の盾を作り出したり、傷を癒したりと、できることは様々なのだが、その方法が解明されていないのは、魔法を使える人間がこの大陸にはほとんどおらず、魔法を得意とする種族の妖精種も滅びかけているからだった。

 妖精種のメルヴィ・エロラ先生はほっそりとした長身の女性で、中性的な雰囲気を持っている。着ている服も男性のもののようで、スラックスにジャケットの中にベストとシャツという出で立ちだ。


「アイラちゃん、魔法学の基礎の本は予習してきたかな?」


 先週の授業ではエロラ先生はわたくしに魔法学の基礎の教本を渡してくれたのだが、宿題として週末に与えられた課題をわたくしはこなせていなかった。


「あまり読めていません」

「まぁ、そうだろうね。全部古代語だからね」


 辞書を使って読もうとはしたのだ。けれど両親やクリスティアンやミルヴァ様が来ていて時間がなかったし、何より、わたくしはまだ古代語の授業を受け始めたばかりで文法が全然分かっていないのだ。高等学校に入ってから始まった古代語の授業だが、まだ基礎なのでいきなり難しい魔法学の教本を読めるまでにはなっていない。それを理解していながらも、エロラ先生はわたくしに課題を出したようだった。


「私が教本を通して言いたいことは一つ。魔法とは、マッチを擦って火をつけるのと同じように、原理があるということなんだ」

「マッチを擦って火をつけるのと、魔法で火をつけるのは同じなのですか?」


 マッチやライターで火をつけることは、わたくしもできないわけではない。あまり使ったことはないが、マッチの赤い部分を茶色の箱の側面に擦り付けると、火が付くことはわたくしも経験で知っている。


「マッチは木の棒に付いた硫黄や松脂など燃えやすい物質と、箱の茶色の紙に使われているリンの作用で火が付く。魔法も同じ。火が生まれる状態を魔力で作り出すのだよ」

「火が生まれる状態とは……?」

「それが術式というものになる」


 術式を正しく編むことができれば魔法は発動する。

 そう説明されても、すぐには理解できない。

 実際に術式を編む様子をエロラ先生に見せてもらった。エロラ先生が両手の間に拳一つ分くらいの隙間を開けて集中していると、そこに目に見えない力のようなものを感じる。その力は細かく編み込まれて形を作る。

 ぽうっとエロラ先生の手の間に小さな火が宿ったとき、わたくしは驚きで息を飲んでいた。


「これが火の術式。もっと大規模なものになると、大きな火を起こせるが、最初は小さいものから練習して行った方がいい」

「術式を編む……」

「自分の魔力を糸のように細く放出して、臨む形に編み上げるんだよ」


 実際にやってみないと分からないとはいえ、すぐにできるはずがなかった。術式を編もうとしても、魔力の放出の仕方がよく分からない。


「実践と座学と同時にやっていくつもりだけれど、まずはアイラちゃんは古代語の勉強をすることだね」

「教本を読めないとどうしようもないですね」


 魔法学の授業はそれでその日は終わりになった。

 サンルームが暖かく保たれているのも、外に小雪が降り始めてどんよりと曇ってもサンルームが明るいのも、全てエロラ先生の術式のおかげなのだろう。術式を意識するようになってから、サンルームにかけられている結界についてもわたくしは少しだけ見えるようになっていた。

 細く編まれた網のような緻密な術式がサンルーム全体を覆っている。希少な妖精種で魔法も使えるエロラ先生は、この結界によって自分の身を守っているのだろう。

 妖精種は王族からの命令も聞くことのない自由と権利を与えられている。希少な妖精種がこの国に留まってくれていること自体有難いことなので、客人としてどこの領地に行ってももてなされる権利をエロラ先生は持っていた。

 そんなエロラ先生がヘルレヴィ領で高等学校の教諭をしている理由は、よく分からない。いつかエロラ先生と親しくなれば聞くことができるだろうか。

 普通の校舎に戻ると、マルコ様とニーナ様が待っていてくれた。今週からは午後の授業もあるので、マルコ様とニーナ様は食堂でお昼を食べる。わたくしはお弁当を作ってもらっているので、一緒に食堂に行って座って、お弁当を広げた。


「公爵家のお弁当って豪勢なイメージがあるんですけど、意外と普通ですね」

「マルコ様はお弁当は持って来ないんですね」

「僕は寮暮らしだから、一年生はあまりキッチンを使わせてもらえないんです」


 マルコ様がわたくしのサンドイッチの入ったお弁当を見て言うのに、わたくしも疑問を投げかけた。

 マルコ様曰く、朝の忙しい時間は上級生が共用のキッチンを使うので、マルコ様はお弁当を作ることができない。高等学校はヘルレヴィ領には一つしかないので、馬車で通うことの難しいマルコ様は寮に入っていた。成績優秀者は寮の家賃も免除されるのだという。


「ニーナ様はお弁当は作ってもらわないのですか?」

「あたしは、食堂で食べたいから、断ってます」

「本当にもったいないですよね。せっかく作ってくれるっていうものを」


 わたくしに対してと、ニーナ様に対してでは、マルコ様の態度が違うような気がする。ニーナ様も、わたくしとマルコ様に対してでは態度が違う。


「ニーナ様、マルコ様、わたくしにもお互いに話すように話していいんですよ?」

「アイラ様は公爵令嬢ですから、そんな失礼なことはできません」

「ニーナ様は、『本当のお嬢様っていたんだわ』ってすごくアイラ様に憧れてるんですよ」

「マルコ! 言わないで!」


 幼年学校の一年生からの付き合いだからだろう、ニーナ様とマルコ様はお互いに親しげで、ニーナ様はマルコ様を呼び捨てで、敬語でもなくてとても仲良く見える。


「お二人はお付き合いをしているのですか?」


 問いかけると、二人が吹き出した。


「ニーナ様と? それはありませんよ」

「マルコとだけはないですね」


 仲がいいように見えても、付き合ってはいないようだ。


「そもそも、平民の僕じゃ、ニーナ様につりあわないですし」


 呟くマルコ様がどこか寂し気に見える。わたくしはマルコ様はニーナ様のことが好きなのではないかと思ってしまう。

 高等学校を卒業できるような優秀な人材ならば、平民でも貴族に仕える職業になれるのではないだろうか。リーッタ先生のように家庭教師になることもできる。


「家庭教師!」

「は、はい?」

「マルコ様、家庭教師のアルバイトをしませんか?」


 ヘルレヴィ家にはマウリ様という家庭教師を必要としている子どもがいる。まだ4歳なので本格的に習うことはないのだが、本性の制御の仕方や文字を教えてもらえるととても助かる。


「僕が、家庭教師を?」

「マウリ様はまだ4歳なのです。本格的な家庭教師は必要ないのですが、本性の制御の仕方や文字を教えて、絵本を一緒に読んであげたりする方がいると助かります」


 それに、とわたくしは続ける。


「マルコ様がヘルレヴィ家に通うになったら、わたくしが届けますから、お弁当も作ってもらえると思いますよ」


 寮から週末だけでも通ってきて、マウリ様の家庭教師としてアルバイトをするのはどうだろう。

 マルコ様に提案してみたわたくしは、帰ったらスティーナ様に相談してみようとわくわくしていた。


「ヘルレヴィ家に僕みたいなのが受け入れてもらえますかね?」

「まずは、妹さんと一緒に一度ヘルレヴィ家に来てください。スティーナ様もわたくしの友人ならば歓迎すると言っていましたよ」


 不安そうなマルコ様に伝えると、少しは表情を緩める。

 ヘルレヴィ家の家庭教師という肩書が付けばマルコ様は将来ニーナ様に気持ちを伝えられるのではないか。

 マルコ様がニーナ様を好きとは決まったわけではないのに、わたくしは勝手にそんなことを考えていた。

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