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6.両親とクリスティアンとミルヴァ様の来訪

 高等学校が始まって最初の週はほとんど授業もなく、お昼前にはお屋敷に帰ることができた。帰ってくるとマウリ様はベッドの下に入り込んでいて、ヨハンナ様が懸命に出てくるように説得をしている。


「帰って参りましたよ」

「アイラさま!」


 わたくしが声をかけるとあっさりと出て来て、人間の姿になってしっかりと抱き締め合うのだから、ヨハンナ様も苦労が絶えないだろう。

 それでも、マウリ様は少しは進歩しているようだった。


「アイラ様が馬車に乗り込まれたら、初日はしばらく門の前で柵を掴んで泣いていたのですが、今日は泣かずに子ども部屋に戻って、少しだけ遊べたのですよ」

「それはすごいですね。マウリ様、頑張りました」

「まー、すごい!」


 しばらく遊んだら寂しくなってドラゴンの姿でベッドの下に入り込んでしまったようだが、少しでもヨハンナ様と遊べたのならばマウリ様にとっては大きな進歩だった。

 甘えん坊で泣き虫のマウリ様が、泣かずにわたくしを送り出せたのも成長している。抱きしめるとマウリ様はくすぐったそうにしていた。

 子ども部屋の前にハンネス様が立っているのに気付いて、わたくしはハンネス様に声をかける。


「ハンネス様もマウリ様と遊びませんか?」

「いえ、私は勉強もしなければいけないし……」

「ヨハンナ様はハンネス様の母君でしょう。会いに来たのではないですか?」


 問いかけてみると図星だったようでハンネス様が恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「母は仕事中だから、来てはいけないのです」

「ハンネス様もヘルレヴィ家の子どもですし、母君と子どもを引き離したくなくてスティーナ様はヨハンナ様を乳母にしたのでしょう? わたくしとマウリ様は昼食に行ってきますから、その間、ヨハンナ様と過ごされてください」


 マウリ様と手を繋いで子ども部屋から移動しようとすると、ハンネス様に呼び止められる。


「アイラ様、マウリ様、ありがとうございます」

「にいさま、おかあさまにあまえていーよ。まーも、おかあさまにあまえてくる」


 まだ9歳のハンネス様は乳母という仕事でヨハンナ様がマウリ様に付きっきりなのを、理解しているが寂しいと感じていないはずはない。これからはマウリ様と遊ぶときにはハンネス様にも声をかけようとわたくしは心に決めた。

 給食を食べているハンネス様は、スティーナ様とマウリ様と一緒に昼食をとることはない。朝食と夕食は一緒に食べているが、ハンネス様には遠慮がある気がした。

 ヨハンナ様がマウリ様の食事介助に付きっきりというのもあるだろう。乳母として雇われているヨハンナ様と、ヘルレヴィ家の子どもとして扱われているハンネス様との間には距離があるように感じずにはいられなかった。

 その距離をどうやって埋めていくかもこれからの課題になるだろう。

 ヨハンナ様がハンネス様と過ごせるようにわたくしがマウリ様の食事を手伝うつもりでいたが、ヨハンナ様がいないことに気付いてスティーナ様がマウリ様の隣りに座ってしまった。


「わたくしもマウリに料理を食べさせたかったのです。どれを食べますか?」

「わたし、じぶんでたべられる」

「マウリ、母にさせてください」


 わたくしにばかり甘えて、スティーナ様にはべったりという風にはいかないマウリ様に、スティーナ様も構いたくて仕方がなかったようだ。大きなお口で食べさせてもらっている姿を見ると、マウリ様がスティーナ様の元に戻れたことがしみじみとよかったと思える。


「おかあさま、あつまれあつまれ、して」

「お料理を集めるのですね?」

「スプーンにのせて」


 いつもヨハンナ様にしてもらっているようにスティーナ様にお願いするマウリ様が愛らしい。お母様のスティーナ様にも甘えられるようになっているマウリ様に安心してわたくしも食事をした。

 週末にはラント領からわたくしの両親とクリスティアンとミルヴァ様とリーッタ先生とサイラさんがやって来た。到着したときにはおやつの前くらいの時間で、ミルヴァ様はサイラさんに抱っこされて眠っていて、マウリ様も子ども部屋のベッドで眠っていた。


「あねうえ、おひさしぶりです。それがこうとうがっこうのせいふくですか?」

「そうですよ。クリスティアン、少し背が伸びましたね」

「ぼくはせいちょうきですから!」


 元気にわたくしに飛び付いてきたクリスティアンは、前に会ったときよりも少し大きくなっている印象だった。大きな声でマウリ様とミルヴァ様が目を覚ます。


「みー!」

「まー!」


 お互いに呼び合って抱き締め合う二人。


「びぎゃー!」

「びょえー!」


 お互いを呼び合って、人参マンドラゴラと大根マンドラゴラもしっかりと抱き合って、その周りを蕪マンドラゴラがぐるぐると回っている。

 双子とマンドラゴラの邂逅をわたくしの両親もスティーナ様も暖かく見守っていた。

 制服を着て待っていたわたくしに父上と母上が話しかける。


「高等学校の制服がよく似合っているね」

「随分と大人っぽくなって。見違えましたよ」

「父上、母上、お忙しい中を来てくださってありがとうございます」

「娘の晴れ姿を見たかったのですよ」


 優しい二人に言われて、わたくしも照れ臭くなってしまう。


「この度はラント領からお越しいただき誠にありがとうございます」

「明日までお世話になります」

「ミルヴァ様もラント領でとても元気で、毎日よく食べてよく眠っていますよ」


 父上と母上からミルヴァ様の情報を聞いて、スティーナ様が嬉しそうに目を細めている。マウリ様とミルヴァ様と同じ蜂蜜色の瞳と髪の毛。マウリ様とミルヴァ様がオスモ殿に似なかったのは本当によかった。


「マウリ様は、まだドラゴンの姿で眠っていますか?」


 父上の問いかけにスティーナ様が首を傾げる。


「ミルヴァはそうではないのですか?」

「ミルヴァ様には本性の制御を今学んでもらっています」


 将来はお屋敷の天井を突き破るほどの大きさのドラゴンになるミルヴァ様とマウリ様は、早いうちから本性になることを制御できるようにした方がいいというのがわたくしの両親の教育方針のようだった。

 言われてみれば確かにマウリ様は頻繁にドラゴンの姿になりすぎている気がする。

 この国では本性を軽々しく露わにすることは、あまりお行儀のよいことではないとされていた。本性を聞いたりしない、自分から見せたりしないのが嗜みとされている。

 公爵家ともなると生まれた子どもの本性を明かして、後継者に相応しいかどうかを示すのだが、他の貴族の家ではそれほど本性を明かすことが求められていない。わたくしはスティーナ様の本性も、ハンネス様の本性も、ヨハンナ様の本性も知らなかった。

 もちろん、高等学校で友人になったマルコ様とニーナ様の本性も聞いたことがない。聞いてはいないが、ネヴァライネン家は犬科の大型獣の家系なので、ニーナ様が犬科の大型獣であることはうっすらと分かる。

 獣の本性を持つもの同士ならば、相手の本性がうっすらと感じ取れるようなのだが、わたくしには獣の本性はないのでそんなことはできない。


「アイラは魔力が非常に高かったそうですね」

「高等学校で魔法学を習うと聞いているよ」

「そうなのです。わたくしも全然知らなかったのですが、わたくしは魔力があったようなのです」


 まだエロラ先生の授業は本格的に始まっていないが、魔法学を習いだすとわたくしも魔法が使えるようになるのかもしれない。おとぎ話の世界の話のようで実感を伴わないが、わたくしは魔法使いになるのだ。


「アイラに獣の本性がなかったのは、そういうことだったんだね」

「立派な魔法使いになってくださいね」


 この大陸にはほとんどいないとされる人間の魔法使い。妖精種の魔法使いは僅かにいるのだが、長寿の妖精種は繁殖力が弱く、滅びかけていた。

 わたくしはエロラ先生の授業を受けて魔法使いになる。

 まだ実感がわかないが、本格的に授業が始まれば、魔法をわたくしも使えるようになるのかもしれない。


「アイラの部屋を見せて欲しいな」

「ぼくもみたいです!」

「わたくしも!」


 父上とクリスティアンとミルヴァ様に言われて、わたくしは自分の部屋にみんなを案内する。綺麗な絨毯と新品のカーテン、可愛いシーツとベッドカバーのベッドに、机と椅子のあるそこそこ広い部屋。

 それは、わたくしがヘルレヴィ家で大事にされていることの象徴のような気がしていた。


「ヘルレヴィ家にアイラの部屋があるなんて不思議な感じだ」

「ラント家の部屋もそのままにしてありますから、いつでも帰ってきていいのですよ」

「わたしもいっしょ?」

「ええ、マウリ様もご一緒に。マウリ様には、子ども部屋にミルヴァ様の隣りのベッドをそのままにしてあります」


 わたくしはいつでもラント家に帰ることができる。

 両親にもまた愛されていることを改めて実感した。


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