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26.別れの後で

 別れのときが近付いている。

 それが一時の別れで、高等学校の長期休暇にはヘルレヴィ領に遊びに行くこともできるし、マウリ様とミルヴァ様がラント領に遊びに来ることもできるのだと分かっていたが、つらいことには違いなかった。

 毎日畑仕事を一緒にしたミルヴァ様とマウリ様。マウリ様は害虫駆除と雑草抜きを頑張って、ミルヴァ様は大きな如雨露を持って水やりを頑張っていた。

 食事のときにはサイラさんだけでは大変だったので、ミルヴァ様を主にサイラさんが、わたくしはマウリ様の食事のお手伝いをしていた。最初はスプーンを持つこともできなかったマウリ様とミルヴァ様は、今ではスプーンとフォークで上手に食べることができるようになっている。

 オムツも最初は濡れたことさえ怖がって教えてくれなかったが、今は外れて寝るとき以外はパンツで過ごしている。

 2歳だった二人は4歳になるまでにたくさんのことをわたくしと経験した。毎日一緒だったのが、時々しか会えなくなるのはわたくしも寂しい。


「アイラたま、まーもかえる」

「マウリ様のお家はここなのですよ」

「まー……わたちのおうち、ここじゃない」


 言い張って、大根マンドラゴラを抱き締めてわたくしたちについてこようとするマウリ様に、わたくしは膝を折って目線を合わせた。


「マウリ様、わたくしたちは婚約しています」

「こんやく。おおきくなったら、けっこんする」

「そうです。マウリ様が大きくなったら、ずっと一緒です。それまでの間は、お互いの領地を行き来して会いましょう。ずっと会えないわけではないのですよ」


 言い聞かせてもマウリ様のお目目に滲んだ涙は消えなかった。

 馬車に乗り込むわたくしを追いかけて馬車に乗ろうとするマウリ様を、スティーナ様が抱き締めて止める。


「マウリ、冬には会えますからね」

「いやー! アイラたまー!」

「クリスたま、またね!」


 ミルヴァ様の方はあっさりとしていた。

 馬車が動き出してもマウリ様の泣き声がわたくしの耳から離れなかった。

 列車に乗って、ラント領へ帰る。お屋敷に帰り付いて、クリスティアンと二人、子ども部屋を覗きに行ってしまった。

 子ども部屋で仲良く遊んでいた蜂蜜色の頭が二つ、もう見えない。


「ミルヴァさま、またあえるよね」

「えぇ、また会えますよ。会おうと思えばいつでも会いに行けます」

「あねうえは、さびしくないのですか?」


 問いかけられてわたくしはクリスティアンのブルネットの髪を撫でた。


「わたくしも寂しいです」


 それでも、婚約は破棄されなかった。マウリ様とわたくしとの間には繋がりがある。将来マウリ様が獣の本性のないわたくしを嫌がったとしたら、婚約は破棄されるのだろうが、まだその意味を知らない間はこの関係は保たれる。

 夏も本番になって来て、この夏が終われば秋から高等学校に入学するのだと準備をしていたわたくしの元に、ハンネス様とヨハンナ様がマウリ様とミルヴァ様を連れて訪ねてきたのは、わたくしがヘルレヴィ領から帰って三日目のことだった。

 ヨハンナ様に抱っこされてぐったりとしているマウリ様は、目が開かないほど腫れている。


「どうされたのですか!? マウリ様はなにか病気ですか!?」


 薬草が必要になって訪ねてきたのかもしれないと慌てるわたくしに、ヨハンナ様はスティーナ様からの手紙を渡してくれた。


「アイラ様を探して泣いて、ご飯も食べない、眠らない、脱走する……大変だったのです」


 わたくしがヘルレヴィ領でマウリ様とお別れをしてから、ずっとマウリ様は泣きっぱなしだったようだ。それは目も開かないくらいに瞼が腫れてしまうだろう。食事もしていない、眠ってもいないということで、わたくしが引き受けて膝の上に乗せると、「ひぃっく」としゃくり上げていたマウリ様が、目が開かないままでにぱっと笑う。


「アイラたま! まーかえってきたの!」

「帰って来たのではないですよ。ここはマウリ様のお家ではありませんからね」

「かえってきたのー! アイラたまといっしょがいーの!」


 急いで厨房に食事を作ってもらって、マウリ様に食べさせると、大きなお口で食べている。マウリ様が食べている様子にミルヴァ様が涎を垂らしているので、ミルヴァ様の分も用意してもらって二人で食事にした。食べ終わったマウリ様が眠り始めているのでベッドに降ろそうとすると、起きて泣き出す。

 仕方がないので膝の上で眠らせたままわたくしはスティーナ様の手紙を開いた。


『アイラ・ラント様

 マウリはここ三日、食事もせず、眠りもせず、ずっと泣いています。油断するとお屋敷から抜け出します。ずっとアイラ様のお名前を呼び続けています。

 勝手な願いとは思われるかもしれませんが、アイラ様をマウリの婚約者としてヘルレヴィ領にお迎えすることはできないでしょうか?

 マウリと共にアイラ様が暮らしてくださることを、わたくしは望んでおります。

 ヘルレヴィ領で高等学校にも通えるように手配いたしますので、どうか考慮くださいませ。

スティーナ・ヘルレヴィ』


 手紙を読んでわたくしは一瞬何を言われているのか分からなかった。正式な後継者としてヘルレヴィ領にマウリ様が戻れば婚約は破棄されると思っていたのだ。それが破棄されなかっただけでもありがたい話なのに、その上、スティーナ様はマウリ様のためにわたくしをヘルレヴィ領に迎え入れてくれようとしている。

 父上と母上に手紙を見せると、苦笑されてしまった。


「こうなりそうな予感がしていたよ」

「マウリ様はアイラが大好きですからね」


 父上と母上はこの事態を予測していた。わたくしだけがこんなことが起こるなどとは動揺している。膝の上で眠り続けるマウリ様の目は腫れて痛々しかった。わたくしのスカートをしっかりと握って、眠りながらも引き離されないようにしている。


「どうしましょう……」

「マウリ様も時間が経てばヘルレヴィ領に慣れて来るかもしれない。でも、今はアイラが必要そうだね」

「どうしたいかは、アイラが決めなさい。あなたはもう12歳なのですならね」


 父上と母上はわたくしに判断を任せてくれるようだった。

 クリスティアンが不安そうに水色の目でわたくしを見上げて来ている。


「あねうえ、ヘルレヴィりょうにいくのですか?」

「わたくしは……」


 始めにマウリ様とミルヴァ様を助けようと思ったのは、トカゲとして生まれただけで冷遇されるお二人が可哀そうだと同情したからだった。ラント領に連れ帰ってから一緒に暮らすようになって、わたくしの中でマウリ様とミルヴァ様の存在は大きくなっていた。特にマウリ様はわたくしのことを無邪気に慕ってくれていて、とても可愛かった。


「わたくし、ヘルレヴィ領に行きます」


 いつかマウリ様がわたくしの獣の本性がないことの意味を知って、手の平を返すかもしれない。そんなことは少しも気にならなかった。空が落ちて来るかもしれないと怖がって生きるよりも、その日までをどう生きるかがわたくしの人生だ。捨てられる日が来たら、そのときに考えればいい。

 腫れたマウリ様の目元を指先で撫でると、マウリ様が小さく「アイラたま」と呟いた。


「わたくしはここにいますよ」


 答えると眠ったままでふにゃりと笑って、マウリ様はまた寝息を立てる。

 ひと先ずマウリ様の健康のためにもわたくしは荷物を纏めて、そのままヘルレヴィ領に行くことにした。残りの荷物は少しずつ両親が送ってくれるという。

 心配なのはお屋敷に一人残されるクリスティアンだったが、全てのものを選び取ることはできない。


「クリスティアン、休みには必ず帰ってきます。あなたのことが大好きですよ」

「あねうえ、おげんきで」


 気丈なクリスティアンが涙を堪えているような気がしたのは、きっと幻ではない。

 馬車に乗り込んだわたくしは、夜行列車に乗ってヘルレヴィ領に向かった。列車の中で眠るのは慣れなかったが、疲れ切っていたマウリ様はわたくしに抱っこされたままでずっと眠っていた。

 わたくしがヘルレヴィ領に着いてから数日後、今度はラント領からリーッタ先生に連れられたクリスティアンが来ることになる。

 寂しさで夜に狼の姿になって遠吠えするクリスティアンを両親が心配してのことだった。

 ヘルレヴィ領でまた、話し合いが行われる。

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