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25.断罪のとき

「毒の入手先は分かっています。あなたの本性は、毒蛇ですからね」


 スティーナ様の言葉にオスモ殿が笑い出す。


「長く臥せっていたせいで妄想に憑りつかれてしまったようだな。もう少し休んでいた方がいい」


 これ以上わたくしはオスモ殿にしらを切らせるつもりはなかった。持っていたバッグから色変わり三つ葉を取り出す。


「これは色変わり三つ葉です。毒を感知すると葉っぱの色が真っ赤に変わります。毒を入れていなかったのだと主張するのならば、このスープに色変わり三つ葉を入れても構いませんよね?」

「そんなものが信じられるか!」

「アイラ様、お願いいたします」


 取り出した色変わり三つ葉の葉っぱをスープに浸すと、その色が真っ赤に変わる。これでもう言い逃れはできないはずだ。


「ど、毒が入っていたかもしれないが、それを私が入れたという証拠はないだろう? 入れたのはヨハンナだな? 正妻の地位を狙っていたのだろう」


 今度はヨハンナ様に罪を擦り付けようとするオスモ殿の姿は、あまりにも浅ましく情けないものだった。呆れながらスティーナ様は答える。


「毒がどの料理に入っているかを教えてくれたのはヨハンナ殿とハンネス殿です」

「オスモ様が毒を入れていたのをわたくしたちは見ております」

「父がスティーナ様の料理に毒を入れました」


 はっきりと証言するヨハンナ様とハンネス様にオスモ殿は悔し気に足を踏み鳴らす。


「お前たち、私がどれだけ贅沢をさせてやったと思っているのだ! 恩知らずどもめ!」

「わたくしは、あなた様の妾になどなりたくなかった!」

「私はヘルレヴィ領の後継者に相応しくなかったのです。それを無理やりお屋敷に連れて来たのは父上ではありませんか。おかげで私たちの肩身がどれだけ狭かったことか」


 妾とその息子を屋敷に連れ込んだのだ。オスモ殿は妾とその息子が正妻とその息子であるかのように社交界で連れ回していた。周囲がそのことを許すはずもなく、オスモ殿が気付いていないだけで、ヨハンナ様とハンネス様は陰口を叩かれ、嫌がらせを受けたことだろう。

 貴族社会がそんな汚い場所だということは、生まれたときから本性を持っていないわたくしは身をもって知っていた。


「この小娘が余計なことをするからいかんのだ!」


 三つ編みにしていたわたくしの髪を掴んで引っ張ろうとしたオスモ殿に、マウリ様が反応した。素早くドラゴンの姿になって炎のブレスを吐く。髪の毛の焼ける匂いがして、オスモ殿は髪の毛がちりちりに焦げていた。

 ブレスを吐かれてわたくしから手を離したオスモ殿は、蛇の姿に変わっていた。猛毒を持つ蛇の姿で威嚇されると警備兵も手が出せない。


「スティーナ、お前のせいで! お前などと結婚するのではなかった!」


 シャーと顎を大きく開けてスティーナ様に噛み付こうとする蛇の姿のオスモ殿とスティーナ様の間に入ったのは大根マンドラゴラだった。がぷりと噛み付かれても大根なので毒が効くわけがない。


「びぎゃーーーー!」

「ぎょえええええええ!」

「びょわああああああ!」


 牙が抜けないでいる蛇の姿のオスモ殿の周りで『死の絶叫』を上げるマンドラゴラたち。『死の絶叫』を受けたオスモ殿は人間の姿になって、大根マンドラゴラからも口を離して、床にしゃがみ込んでいた。


「アイラたま、いじめた! ゆるさない!」


 最終的にオスモ殿を襲ったのはドラゴンの姿のミルヴァ様のブレスだった。炎のブレスを受けて顔中真っ赤にして火傷を負ったオスモ殿は、目を回して倒れてしまった。

 警備兵がオスモ殿を連れて行く。


「オスモはわたくしを毒殺しようとした罪で裁かれるでしょう。アイラ様、本当にありがとうございました」

「いいえ、わたくしは何もしておりません。マウリ様とミルヴァ様が頑張ってくれただけで……」


 本当に心からそう思っているのに、スティーナ様はわたくしの手を取って蜂蜜色の瞳で真っすぐにわたくしを見た。マウリ様とミルヴァ様と同じ色に、スティーナ様が間違いなくお二人のお母様なのだと実感する。


「アイラ様はわたくしに何度もお手紙を書いてくださいました。マンドラゴラを育てたのも、ヨハンナ様とハンネス様に持たせてくれてわたくしに食べさせてくれたのも、アイラ様でしょう? 色変わり三つ葉まで育てて、わたくしがオスモを追い詰めるのを助けてくれました」


 それに、とスティーナ様は続ける。


「わたくしを守ってくれたマンドラゴラたちを育てたのもアイラ様でしょう? 何より、わたくしの大事なマウリとミルヴァをこんなに強く賢くいい子に育ててくださった。本当にありがとうございます」


 お礼を言うスティーナ様の瞳からほろほろと涙が零れる。泣いている姿も美しいスティーナ様。


「スティーナ様が無事にヘルレヴィ領の領主の座を取り戻されてよかったです」

「わたくしたちはこれで。本当にご迷惑をおかけしました」


 頭を下げて立ち去ろうとするハンネス様とヨハンナ様をスティーナ様が引き留める。


「ハンネス様はマウリとミルヴァの兄ではないですか。ヨハンナ様はわたくしを助けてくださって、どれだけお礼を言えばいいのか分かりません。どうか、このままこのお屋敷に残ってはくれませんか? ハンネス様はマウリとミルヴァの兄として。ヨハンナ様はマウリとミルヴァの乳母として」


 ハンネス様が正式にマウリ様とミルヴァ様の兄として認められてお屋敷に残る。ヨハンナ様はマウリ様とミルヴァ様の乳母という一番信頼されている仕事を任されることになる。

 これは大団円なのではないだろうか。

 わたくしはマウリ様とミルヴァ様を交互に抱き締めた。


「マウリ様、ミルヴァ様、ありがとうございました。お二人と過ごせてとても楽しかったです」

「アイラたま?」

「大丈夫ですよ、明日まではわたくしはこちらに滞在させていただきますから」


 涙目になっているマウリ様に言えば、スティーナ様がわたくしに問いかける。


「まさか、婚約を破棄されるなどと仰いませんよね?」

「え? それは、わたくしが言われる方なのでは?」


 驚いているとスティーナ様はわたくしの手を握り締めた。


「マウリとミルヴァがトカゲだと思われていたときから大事にしてくださったのは、アイラ様です。そんなアイラ様をわたくしはぜひマウリの将来の妻にと願っております。何より、わたくしを助けるために尽力してくださったアイラ様がどれだけ賢い方なのかをわたくしは知っています」


 婚約は破棄されない。

 わたくしはラント領に戻るが、婚約者としてマウリ様とまた会うことができるし、将来はヘルレヴィ領に嫁ぐことになる。

 それは何より嬉しいことだった。


「わたくしもマウリ様のことを誰よりも可愛く思っております。獣の本性のないわたくしでもよければ、婚約を続けさせてください」

「もちろんです。アイラ様にはどれだけ感謝しても足りません」


 マウリ様とミルヴァ様には賢いお兄様ができたし、優しくしてくれる乳母もできたことだろう。これを機に使用人たちも教育し直すというスティーナ様は凛々しく立派だった。

 その日はわたくしはヘルレヴィ領に泊まらせてもらった。

 子ども用の椅子がなかったので、マウリ様とミルヴァ様は大人用の椅子にクッションを敷いて座って夕食をとる。食事の間もマウリ様はどこか落ち着かない様子だった。

 乳母になったヨハンナ様が食事の介助をしようとしても、涙目でぷいっと横を向いてしまう。スプーンはお口に入らずに、丸いほっぺたにぶつかってお料理が零れた。

 ミルヴァ様はいい子で大きなお口で食べているのに、マウリ様の食欲がないのがわたくしは心配だった。


「マウリ様、わたくしと食べますか?」

「アイラたま!」


 声をかけると椅子から飛び降りてマウリ様がわたくしの膝の上に上がってくる。わたくしがスプーンで食事を運ぶと、大きなお口で食べていた。おやつもドタバタで食べられていなかったのでお腹が空いていたに違いない。

 お腹いっぱい食べると、お風呂に連れて行かれたマウリ様は、ずっと大根マンドラゴラを抱き締めていた。

 バスルームを借りて体と髪を洗って、客間で寝ようとしていると、よれよれと何かが飛んできてわたくしの胸に落ちて来る。捕まえるとそれはドラゴンの姿になったマウリ様だった。


「アイラたまといっしょがいーの」

「ヨハンナ様に何も言わずに出てきたのですか!?」


 廊下の方でマウリ様を呼んでいる声がする。脱走したマウリ様を探しているのだ。


「ヨハンナ様、こちらにいます。今日はわたくしと寝ます」


 伝えると廊下から駆けて来たヨハンナ様は何度も私に頭を下げていた。

 ヘルレヴィ領に泊った夜、わたくしはマウリ様を抱き締めて眠った。

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