24.スティーナ様と双子の再会
列車の中でお昼ご飯のお弁当を食べて、マウリ様とミルヴァ様は眠ってしまった。眠った二人の手から落ちないように大根マンドラゴラと人参マンドラゴラを避難させようとしたら、手で触れる前にぴょんと逃げられてしまった。うとうとしているクリスティアンの膝の上の蕪マンドラゴラも飛び降りて、三匹で楽しそうに踊っている。
約束の期日より早く来たわたくしたちをヘルレヴィ家が受け入れてくれるが心配はあったが、父上と母上がいるので少しは安心できた。正式に招待状を貰ったのだ、マウリ様とミルヴァ様をお返しできる日が少し早くなったところで、スティーナ様にとっては嬉しいだけだろう。
問題はオスモ殿だった。スティーナ様の回復を知って、ヘルレヴィ家にマウリ様とミルヴァ様を戻すとなると、まだお屋敷を牛耳っているオスモ殿は抵抗するかもしれない。
マウリ様とミルヴァ様が二人を叩くような乳母に育てられ、離れの隙間風の入る古い棟に押し込められるような事態にはしたくない。
そのためにも、確実にオスモ殿の罪を暴かねばならなかった。
ヘルレヴィ領に列車が入る。駅で停まった列車から降りると、かなり涼しいことに気付いた。夏用のドレスを着てきたが、カーディガンが必要だったかもしれない。
「くちんっ!」
「さむいねー」
震えてくしゃみをするマウリ様にわたくしはショールを出してぐるぐる巻きにする。寒がっているミルヴァ様には母上がショールを貸していた。ショールを巻かれたちょっと可愛らしい姿でヘルレヴィ家に辿り着いたマウリ様とミルヴァ様を、オスモ殿は笑顔で迎えた。
「よく帰って来たな、モウリ、ミルバ!」
「マウリ様と、ミルヴァ様ですよ」
「あぁ、間違えた。マウリとミルヴァか」
名前すらまともに覚えていないことを露見させるオスモ殿に、小声でヨハンナ様が教えている。ハグするつもりで両手を広げているオスモ殿に、マウリ様はわたくしにくっ付いて離れず、ミルヴァ様は舌を出していた。
「スティーナ様にお会いしたいのです。スティーナ様もお二人にお会いしたいことでしょう」
「妻は臥せっているし、今、食事をしている。マウリとミルヴァは私が受け取るので、ラント領の方々はお引き取りを」
マウリ様とミルヴァ様をここまで育てたわたくしたちに礼もなく、追い返そうとするオスモ殿は余程心に疚しいことがあるのだろう。マウリ様は絶対にわたくしから離れないつもりでスカートを握っているし、ミルヴァ様は人参マンドラゴラを抱き締めて警戒を緩めていない。
「まだ小さなお二人です。お屋敷に慣れるまでに時間もかかるでしょう。今日はこちらに泊まらせてもらうつもりで来たのですよ」
「そ、それは困ります。こちらにも準備というものが」
「私たちはどれだけ待っても構わない。明日の予定は空けておいたからな」
母上と父上の言葉にオスモ殿が動揺している。そこへハンネス様が素早く間に入ってくれた。
「客間の準備ができるまで、私がお屋敷を案内しましょう」
わたくしよりも年下に見えるがハンネス様はしっかりしている。オスモ殿もわたくしたちと長々と話しているのには耐えられなかったようで、ハンネス様がお屋敷を案内するのを見送った。
廊下を歩きながらハンネス様は小声でわたくしたちに報告してくれる。
「いただいたマンドラゴラは毎食、スティーナ様に召し上がっていただきました。おかげで、スティーナ様は完全に回復しています」
まだ体調が完全に戻っていないふりをしているのは、オスモ殿の毒の料理を食べているように見せかけてオスモ殿を油断させるためだと聞いて、わたくしはホッと胸を撫で下ろす。
「マウリ様、ミルヴァ様、お母様は回復したようですよ」
わたくしが小声で告げると、マウリ様の眉が下がった気がした。
階段の前でハンネス様が立ち止まる。
「この階段を上がって、真っすぐに廊下を行った一番奥がスティーナ様のお部屋です」
「分かりました。ハンネス様……どうしてこんなによくしてくださるのですか?」
ずっと疑問に思っていたことを口にするとハンネス様は赤毛に映える緑色の目で真っすぐにわたくしを見つめて来た。
「私は、ヘルレヴィ家の後継者に相応しくありません。父がしようとしているのは、マウリ様とミルヴァ様から地位を取り上げ、ヘルレヴィ家を乗っ取ろうとする簒奪です。そのような方法で手に入れた地位を、私は欲しいとは思いません」
「ハンネス様……」
「父が断罪されたら、私と母は二人でどこか静かな場所に行って暮らそうと思っています」
オスモ殿とヨハンナ様の間にも愛はなかった。オスモ殿が一方的に執着して、ハンネス様だけを自分の息子と思って、マウリ様とミルヴァ様から後継者の地位を取り上げてハンネス様に継がせようとしている。その事実がハンネス様には受け入れがたいのだと言っている。
「行ってください、アイラ様」
ハンネス様に言われてわたくしは階段を駆け上がる。
「んちょ、んちょ!」
「アイラたまー!」
「あねうえー!」
追いかけてくるマウリ様とミルヴァ様とクリスティアンを振り返りつつ、階段を登りきったところでハンネス様が大きな声を出した。
「いけません、アイラ様。そちらに行っては……。父上、アイラ様が!」
これがハンネス様の演技と分かっているのでわたくしはマウリ様とミルヴァ様の手を引いてクリスティアンと廊下を真っすぐに進んだ。一番奥の部屋をノックすることもなく開く。
「スティーナ様!」
「アイラ様! 来てくださったのですね。そこにいるのは、マウリとミルヴァ?」
臥せっているという話だがスティーナ様はパジャマではなくきちんとドレスを着て部屋にいた。蜂蜜色の髪と目のマウリ様とミルヴァ様にそっくりのスティーナ様は、目に涙を浮かべてマウリ様とミルヴァ様を抱き締める。
「ずっと会いたかった。わたくしの大事なマウリとミルヴァ」
「だぁれ?」
「アイラたま?」
「あなたたちの母です」
生まれたときに引き離されてから一度も会っていないスティーナ様に、マウリ様とミルヴァ様はきょとんとしているが、スティーナ様は二人をしっかりと抱き締めていた。
「妾とは別れた、お前も跡継ぎが欲しいだろうという夫の言葉に絆されたわたくしが愚かだったのです。ですが、生まれて来たマウリとミルヴァには罪はありません。わたくしにとってはかけがえのない可愛い子どもたちです」
マウリ様とミルヴァ様を産んだために死にかけて、その後もずっと体調を崩していたスティーナ様は、マウリ様とミルヴァ様のせいでそうなったなどとは思っていなかった。オスモ殿に騙されて産んだ子どもたちでも可愛いとそう言っている。
「妻の寝室に入ってはならないと言ったのに!」
「申し訳ありません、子どもたちが」
「子どものすることですからね。予測が付きませんでした」
廊下をどすどすと駆けて来るオスモ殿と両親の気配に、マウリ様とミルヴァ様を抱き締めていたスティーナ様が背筋を伸ばす。ほっそりとしているが迫力のあるその姿は、ヘルレヴィ家の当主に相応しかった。
「よくもわたくしの可愛い娘と息子を冷遇した挙句、ラント領に追放しましたね?」
凛と響いたスティーナ様の声に、部屋に入って来たオスモ殿の顔色が変わる。
「スティーナ、お前……体調は……?」
「アイラ様とクリスティアン様とマウリとミルヴァが育ててくれたマンドラゴラのおかげですっかり良くなりました」
「びぎゃ!」
「ぴぎゃ!」
「びょえ!」
怒りを込めてオスモ殿を睨み付けるスティーナ様に、蕪マンドラゴラと人参マンドラゴラと大根マンドラゴラが誇らしげに部屋の中でぐるぐる回って踊っていた。
「そ、それは、よかった。何よりだ。回復を祝してパーティーを開こう」
「本当によかったと思っておいでなのですか?」
「もちろんだ。スティーナは私の大事な妻ではないか」
空々しい言葉を口にするオスモ殿に、ヨハンナ様とハンネス様が戸口で控えている。スティーナ様の目はその二人に向いた。
「なぜその二人がこのお屋敷にいるのですか? ここはヘルレヴィ家、わたくしの家だったはずですが?」
「そ、そうだな。なぜお前らがいるのだ! 妾とその息子の分際で、出しゃばりおって!」
自分で呼んだに違いないのに、オスモ殿はハンネス様とヨハンナ様のせいにしようとしている。叱責されながらもヨハンナ様がつかつかと部屋に入って来て、スティーナ様のベッド脇のテーブルの上の食べ残してある食器を手に取った。
「わたくしは知っております。あなた様がスティーナ様の食事に毒を入れていたことを」
「何を言い出す! この女を摘まみだせ!」
警備兵を呼べと叫ぶオスモ殿に、屋敷に警備兵が呼ばれて部屋に来るまで僅かな時間しか経っていなかった。元々父上と母上がこのお屋敷で起こることを予測して警備兵を呼んでいたのだ。
「あくまでもしらを切り通すつもりなのですね」
スティーナ様の横に立つヨハンナ様に警備兵が触れないように追い払いながらスティーナ様がオスモ殿を睨み付けた。
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