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23.ヘルレヴィ領へ

 翌朝は雨が降っていた。

 雨が降っていても畑仕事に休みはない。特に今日は色変わり三つ葉の種を植える日だった。レインコートとレインブーツを履いて庭に出ると、大粒の雫が降って来る。帽子を被っているので雨粒はある程度しのげたが、完璧に雨を防ぐことはできない。

 夏場はいいのだが秋から冬になると雨や雪の中で農作業をするのは厳しかった。それでも去年からわたくしたちは頑張っている。


「まー、たね、うえたい」

「わたくち、みずをかけます」

「ミルヴァさま、あめがふってるから、みずはいらないよ」

「あ、そっか」


 如雨露を持ち出していたミルヴァ様にクリスティアンが教えてあげる。雨で種が流れないようにミルヴァ様が指で穴を掘って、マウリ様がそこに種を落として、ミルヴァ様が両手で土をかけて行く。

 雨の中楽しそうにマンドラゴラたちは踊っていた。種を取るための一株は大人しくしてくれているのでいいのだが、その一株までも逃げ出したら種を取ることができない。そんなことを考えていると、マンドラゴラが今植えた種の周りをぐるぐると回り出す。

 何をしているのかと様子を伺っていると、ポンッと音がして、小さな芽が出てきた。


「芽が出た!? 今、種を植えたのに!?」


 驚いているわたくしの隣りで、リーッタ先生も信じられないように立ち尽くしていた。ミルヴァ様が穴を掘って、マウリ様が種を植えて、マンドラゴラがその周囲で踊ると今植えた種から芽が出る。


「これはどういうことなのでしょう?」

「マウリさまがグリーンドラゴンだからじゃないかな!」


 元気よく答えたクリスティアンにそうかもしれないとわたくしも思う。

 マウリ様のグリーンドラゴンの力と、ミルヴァ様のレッドドラゴンの力と、マンドラゴラのよく分からない不思議な力が合わさって、種は急成長しているようだった。

 これならば二週間を待たずに葉っぱを収穫することが可能なのではないか。

 わたくしはスティーナ様に手紙を書くことにした。

 マウリ様とミルヴァ様のお二人がドラゴンだということが公表されたこと、お二人を領地に戻して差し上げたいこと、お二人は健康に育っていることを書いてから、マウリ様とミルヴァ様にお願いをする。


「マウリ様とミルヴァ様のお母様のスティーナ様にお手紙を書きました。お二人からも何か書いて差し上げてください」

「わたくち、ニンジンたんをかくわ!」

「わたち、ダイコンたん!」


 人参と大根の絵を真剣に描いている二人のつむじを眺めていると可愛さに悶えそうになる。クレヨンで一生懸命描いたぐるぐるのオレンジとしろに緑の混ざった絵を、わたくしは手紙の中に入れた。

 オスモ殿が中身を見るだろうから、色変わり三つ葉のことやマンドラゴラのことには一切触れていない。

 手紙を送ってから、毎日色変わり三つ葉の世話に勤しんだ。

 色変わり三つ葉は次の日には本葉が出ていた。畝に残ったマンドラゴラと、脱走してクリスティアンとミルヴァ様とマウリ様のものになったマンドラゴラに栄養剤を上げて、害虫は取り除き、雑草は抜く。農業とは抜いても抜いても生えてくるしつこい雑草と、除去しても何度でもつく虫との戦いなのだと学んだ。

 手紙の返事は三日後に来た。

 その頃には色変わり三つ葉は本葉を茂らせてまだ小さいがたくさんの若葉を付けていた。


『アイラ・ラント様

 わたくしの体調も良くなってまいりました。マウリとミルヴァがドラゴンということ、知らされてとても驚きましたが、母として嬉しく思っています。例えトカゲでもわたくしはマウリとミルヴァにヘルレヴィ家を継がせるつもりでしたが、誰に後ろ指さされることもなく、二人共を後継者とできる日が来ました。

 今週末にわたくしはヘルレヴィ家にマウリとミルヴァを迎え入れようと思っております。今週末にどうか、二人を連れてヘルレヴィ家へ来てはいただけないでしょうか?

スティーナ・ヘルレヴィ』


 手紙と一緒に正式な招待状が入っていた。

 どれだけ反対したくても、マウリ様とミルヴァ様がドラゴンと分かった以上、オスモ殿もヘルレヴィ家に戻すことを止められないのだろう。

 この手紙は正式な招待状が入っていることから、オスモ殿はスティーナ様が回復されていることを知っているに違いない。今週末までに実力行使に出なければいいのだが。

 心配になったわたくしは手紙を渡してくれた両親にそれを見せていた。


「スティーナ様は危なくないでしょうか?」

「ヨハンナ殿とハンネス殿が守ってくれるといいのだが……妾とその息子では難しいかもしれない」

「今週末を待たずにヘルレヴィ家に行った方がいいかもしれません」


 父上と母上の助言に、わたくしは足元でぷるぷると震えているマウリ様を見つめる。ヘルレヴィ家からの手紙が来たという時点で嫌な予感を覚えていたのだろう、マウリ様の蜂蜜色のお目目にはいっぱい涙が溜まっていた。


「アイラたま……バイバイ?」

「一緒にヘルレヴィ領に参りましょう」

「スティーナたま、げんきになった。わたち、バイバイ?」

「バイバイではなく、マウリ様はヘルレヴィ領のお屋敷に戻れるのです」


 瞬きをすると蜂蜜色の睫毛からぽろりと大粒の涙が零れる。泣き虫で、怖がりで、可愛くて、わたくしのことが大好きな、マウリ様。抱きしめると、肩口に顔を寄せて、すんすんと泣いている。


「クリスたま、わたくち、ヘルレヴィりょうにかえります。クリスたまも、いっしょにきて!」

「え? ぼくは、ラントりょうのりょうしゅになるから、ヘルレヴィりょうにはいけないよ」

「それじゃ、おくってきて!」


 ミルヴァ様はヘルレヴィ領に帰る気持ちになっているようだった。クリスティアンにはヘルレヴィ領まで送って来てくれるように頼んでいる。可愛いミルヴァ様の頼みをクリスティアンも断れないだろう。

 早急に準備が進められた。

 庭の薬草畑から色変わり三つ葉を収穫して、軽く干して乾かして持って行けるようにする。わたくしは白地に青い小花柄のドレスを着て、クリスティアンはハーフ丈のスラックスとシャツとベストを着た。ミルヴァ様はわたくしのお譲りの白地に黄色い大きな花柄のワンピースを着て、マウリ様はクリスティアンのお譲りのハーフ丈のスラックスとシャツを着る。

 両親に連れられてわたくしたちは駅まで馬車に乗って、駅から列車に乗った。


「びぎょえ!」

「びょわ!」

「ぴゃー!」


 当然のように蕪マンドラゴラ、人参マンドラゴラ、大根マンドラゴラが付いて来ている。飼っているとはいっても言うことを聞くわけではなく、自由に屋敷中を駆け回るマンドラゴラが、どのような思惑で付いて来ているのかは分からない。

 コンパートメント席に座ると、わたくしの膝の上にマウリ様が乗って来て、マウリ様の膝の上にもじもじしながら大根マンドラゴラが乗って来る。

 父上のお膝にはクリスティアンが座って、そのお膝に蕪マンドラゴラ、母上のお膝にはミルヴァ様が座って、そのお膝には人参マンドラゴラが行儀よく座っていた。マンドラゴラも座るのだとか新しい発見をしてしまうが、このマンドラゴラがグリーンドラゴンのブレスを浴びた特別なマンドラゴラだからこんなに個性豊かなのだということは何となく分かっていた。

 南のラント領から北のヘルレヴィ領までは、王都を経由して半日かかる。朝にお屋敷を出たわたくしたちは、列車の中で食べるためにお弁当も持って来ていた。乳母のサイラさんも一緒に来ているが、マウリ様とミルヴァ様との別れの気配に涙ぐんでいた。

 2歳でマウリ様とミルヴァ様がラント領のお屋敷に来てから、サイラさんは二人の面倒をよく見てくれた。双子で大変だったに違いないのに、クリスティアンまでいたのにサイラさんは一度も乳母の仕事を投げ出さなかった。

 全てが終わったら、クリスティアンももう5歳になっているのでサイラさんにも少し休暇を与えた方がいいかもしれない。


「サイラたん、ないてる? どこかいたいの?」

「いいえ、お二人が立派になって嬉しいのですよ」


 これは悲しい別れではない。

 マウリ様とミルヴァ様が正統な後継者としてヘルレヴィ領に迎えられる嬉しい別れなのだ。

 分かっていても胸がすかすかするような寂しさは、どうしても消せなかった。

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