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19.子どもたちの作戦会議

「本は何度でも読んでいいのです。前に読んだときと違う場所に着目して、新しい発見があるかもしれませんからね」


 幼い頃から家庭教師のリーッタ先生に言われていた。

 リーッタ先生がラント家にやってきたのは、わたくしが6歳になった日だった。6歳の秋からこの国の子どもは幼年学校に通うが、わたくしは幼年学校に通わずに家庭教師を付けて勉強することが決まっていたので、リーッタ先生は6歳のお誕生日お祝い代わりに来てくれたのだ。

 それから六年以上、リーッタ先生はわたくしに勉強を教えてくださっている。幼年学校で習う教科だけでなく、わたくしが興味を持ったことは何でも一緒に調べてくれる。わたくしの興味が教科の途中で別の場所に行くと、そちらでまた新しく知識を展開してくれる。臨機応変、柔軟なリーッタ先生にわたくしは非常に助けられて六年間を過ごした。

 わたくしが高等学校に入学すればクリスティアンがリーッタ先生の授業を受けるのだろう。

 リーッタ先生の教え通りにわたくしは薬草学の本を開いていた。一年前にクリスティアンが草花の絵本を開いて見せてくれた薬草が、今育てているマンドラゴラの原種だった。品種改良されたマンドラゴラは、原種よりも育てやすいが薬効は落ちると言われている。

 マンドラゴラの項目を開いて、もう一度読み直す。


「滋養強壮、栄養補給、弱った体の回復、毒の中和……スティーナ様のお身体に毒の影響が残っているのならば、これ以上なく必要な薬草ですね」

「あねうえ、スティーナさまに、どうやってわたすのですか?」


 マンドラゴラの説明を読み上げるわたくしの顔を見上げて、隣りに座っているクリスティアンが問いかける。育てるのはいいが、受け渡しの方法を考えなければいけない時期に入っていた。

 マンドラゴラは徐々に育っている。収穫は夏にはできそうだ。種を取る株を二株ずつ残すとしても四株ずつはスティーナ様に届けられる。スティーナ様にどうにかして連絡を取らないといけない。それも、オスモ殿にバレないようにして。


「どうすればいいのでしょうか」


 スティーナ様へのお見舞いはあくまでもわたくしとクリスティアンからのもので、両親はそれを知らなかったことにしてもらわないといけない理由があった。それは公爵家同士が不干渉であるという掟である。

 公爵家は婚姻関係をお互いに結ぶことはあっても、互いの領地経営には口出しをしない、手出しをしないことが基本になっている。かつて公爵家同士で干渉し合って手を組んで王家からの独立を企んだり、他の公爵家を乗っ取ろうとしたりしたことがあった。そういうことが二度と起こらないための措置なのだが、スティーナ様を助けてマウリ様とミルヴァ様をヘルレヴィ領に戻れるようにしたいわたくしたちにとっては、その掟が厄介な障壁になっていた。

 公爵家の子どもが勝手にしたことならば、両親にわたくしたちが叱られればいいだけで、公爵家からは正式に何もしていないことになる。そのためにわたくしたちの両親はわたくしたちの薬草畑の世話に一切手出しをしてこなかった。子どもがやったことという口実を使うためなのだ。

 わたくしの力だけではヘルレヴィ家にマンドラゴラを届けることはできないが、両親の力を借りるわけにはいかない。

 リーッタ先生とわたくしとクリスティアンで作戦会議が始まった。


「早ければ夏ごろにはマンドラゴラは収穫できるでしょう。種を取る株を二株ずつ残しても、四株ずつはスティーナ様に届けられます」

「どうやって、スティーナさまにとどけるの?」

「それが問題ですね」


 スティーナ様のお見舞いに行くというのも、オスモ殿によって去年も今年も断られている。今年に至っては書いた手紙の返事が来なかったくらいだ。


「手紙の返事……そう、スティーナ様から返事が来ました」


 オスモ殿の返事が来なかったことを考えているとわたくしはスティーナ様から貰った返事を思い出した。その中には協力者が現れたと書いてあった。


「オスモ殿のお妾さんとその息子さんに連絡を取れないでしょうか」


 オスモ殿に発覚しないように内密に連絡が取れれば、その二人は協力してくれるのではないかというわたくしの提案にリーッタ先生は難しい顔をしていた。


「妾とその息子ならば、オスモ様には逆らえないことでしょう。できることが限られてきます」

「マンドラゴラを受け取ってもらって、厨房に運んでスティーナ様の食事に紛れ込ませるということは……?」

「厨房から運ばれて来る料理の一部に毒が入っていたのでしょう? それならば、厨房も警戒した方がいいかもしれません」


 リーッタ先生は慎重だった。

 言われた通り、厨房の使用人たちはオスモ殿に逆らえないのかもしれない。お妾さんとその息子さんに厨房にマンドラゴラを運んでもらう計画は無理そうだ。


「お妾さんはお料理ができないでしょうか」


 マンドラゴラを体の弱っているスティーナ様の食べられる形にすればいいのだから、調理方法は煮るか、煮て摩り下ろす程度で、難しくはない。厨房が使われていない時間にでもこっそりとマンドラゴラを調理して、スティーナ様の元へ運んでもらう。それができれば、スティーナ様は回復するはずだ。

 マンドラゴラの原種の種が送られて来るまで待っていたら、スティーナ様のお命が危険に晒されるかもしれない。薬効は原種よりも落ちるかもしれないが、今育てているマンドラゴラをスティーナ様の元へ届けることをわたくしは真剣に考えていた。


「一度、お妾さんとその息子さんとお会い出来たら……」


 呟くわたくしに、リーッタ先生が考えてくれる。


「アイラ様は舞踏会に出てもおかしくない年齢です。他の貴族がアイラ様に対して嫌なことを言うかもしれませんが……」

「ラント家で舞踏会を開いて、オスモ殿とお妾さんと息子さんを招待するのですね」


 貴族が集まる場所だとわたくしが獣の本性がないことで陰口を叩かれることを心配してくれているリーッタ先生の優しさを感じながらも、わたくしは今後その世界の中で生きていくのだからそれくらいのことは平気だと言葉を継いで言う。


「ぼくもぶとうかいにでます」

「まーも! ちがった、わたちも!」

「わたくちも!」


 隣りに座っているクリスティアンが手を上げて、膝の上に乗っているマウリ様も手を上げて、逆隣りに座っているミルヴァ様も手を上げる。


「舞踏会は夜ですよ。起きていられますか?」


 舞踏会に出るには4歳のマウリ様とミルヴァ様、5歳のクリスティアンはあまりにも小さすぎる気がして不安になるわたくしに、クリスティアンが身を乗り出した。


「マウリさまとミルヴァさまのおひろめにすればいいんじゃないかな」

「お披露目ですか?」

「おふたりが、ドラゴンだということをはっぴょうするんだよ!」


 マウリ様とミルヴァ様がドラゴンだということを公表すれば、オスモ殿はラント領にお披露目に来ないわけにはいかない。ドラゴンの二人をオスモ殿が取り返そうとしないか不安ではあったけれど、クリスティアンの提案は今できる一番の方法のように思えた。

 両親の執務室を訪ねて、マウリ様とミルヴァ様のお披露目について話してみる。


「マウリ様とミルヴァ様がドラゴンだったということをお披露目するパーティーを開くのはどうかと思ったのです。マウリ様とミルヴァ様に関して重大な発表があると言って、ドラゴンであることを匂わせれば、オスモ殿も来ないわけにはいかないでしょう」

「そうしたら、オスモ殿は妾と息子を連れてくるだろうか?」

「マウリ様とミルヴァ様を後継者にしない、お妾さんの息子を後継者にさせるために、対抗して連れて来るのではないかと思っています」

「マウリ様とミルヴァ様を返せと言われるかもしれませんね……」


 わたくしの提案に父上も母上も難色を示していた。

 スティーナ様のお命は今も狙われていて、いつオスモ殿が実力行使に出るか分からない。できるだけ早くスティーナ様を助けるにはわたくしはこの方法しかないと思っていた。


「マウリ様とミルヴァ様を返せと言われたら、わたくしとクリスティアンの婚約者だから返せないと言えませんか?」

「クリスティアンはともかく、アイラは嫌な思いをするかもしれない」

「構いません。わたくし、何と言われてもマウリ様を放しません」


 スティーナ様が回復されてヘルレヴィ領でマウリ様とミルヴァ様の受け入れ態勢ができるまでは、お二人を返すことはできない。それまではわたくしは婚約者という地位を存分に利用させてもらおうと考えていた。


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