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14.栄養剤作りと種の植え付け

 年が明けた月に、わたくしは12歳の誕生日を迎えた。

 今年も両親はわたくしとクリスティアンの誕生日を別々に祝ってくれた。

 12歳になった秋には、わたくしは高等学校に進まなければいけない。幼年学校の授業は家庭教師のリーッタ先生の教える範囲で賄えていたが、幼年学校を卒業した後の教育となると、リーッタ先生だけでは手に余る。


「秋までにゆっくり準備をするといい」

「集団生活にも慣れなければいけませんからね」


 父上と母上の言葉にわたくしは不安を抱えながらも頷いた。わたくしが高等学校に行くようになってもリーッタ先生はこのお屋敷に残ってくれる。クリスティアンがリーッタ先生について勉強したいと望んでいるからだ。


「クリスティアンは幼年学校に行くよりもリーッタ先生に勉強を教えてもらった方がよさそうですね」

「クリスティアンのような賢い子を、幼年学校では持て余してしまうだろうからな」


 賢いと褒められてクリスティアンは誇らしげに胸を張っていた。わたくしと一緒に授業を聞いていたせいか、クリスティアンは年の割りには知識量が多く、たくさんのことを知っている。幼年学校の授業で教えられるようなことはほとんど知っていそうなので、つまらない授業を聞いてクリスティアンが退屈するよりも、リーッタ先生と勉強する方がいいと両親は判断したようだった。


「クリスティアンは今度の誕生日で5歳ですよ。父上も、母上も、気が早い」

「早く決めておいた方がいいこともあるのだよ」

「クリスティアン、リーッタ先生の授業がいいですよね?」

「はい、ちちうえ、ははうえ!」


 5歳の誕生日を間近にしてクリスティアンは敬語で話すことを覚えていた。原則的にわたくしは普段から敬語で話しているが、クリスティアンくらい小さな頃はどうだったかあまり記憶にない。


「ぼくは、リーッタせんせいのじゅぎょうがすきです。ミルヴァさまも、マウリさまも、リーッタせんせいのじゅぎょうをうけるといいよ」

「まー、じゅぎょう、うける!」

「わたくちも!」


 リーッタ先生の授業をわたくしが受けなくなっても、リーッタ先生の生徒は減るどころか増えそうな勢いだった。

 ケーキを食べて祝ってもらった一週間後には、クリスティアンの誕生日が来る。立て続けにケーキを食べられるので、マウリ様もミルヴァ様も嬉しそうだった。

 誕生日が終わって春が近付く前に、わたくしたちはしなければいけないことがある。

 春になって国立植物園から預かった種を植える前に、栄養剤を作っておくのだ。

 厨房を借りて栄養剤を作る日には、マウリ様もミルヴァ様もクリスティアンも参加する気満々で準備していた。体に合うエプロンがなかったので、タオルに紐をつけて首から垂らしているマウリ様とミルヴァ様とクリスティアンの三人はとても可愛い。わたくしはメイドのエプロンを借りていた。幼年学校を卒業したらすぐにメイドとして働きだすものもいるので、わたくしとサイズの合うエプロンもあったのだ。

 袖を捲って、手袋をして作業に取り掛かる。

 火を使う作業はわたくしがするとして、クリスティアンとミルヴァ様とマウリ様に手伝ってもらう作業をわたくしは選ぶためにリーッタ先生に相談した。


「蒸した薬草の葉をすり潰すのは、クリスティアンにもできるでしょうか?」

「すり鉢をミルヴァ様に支えてもらえばよいのではないでしょうか」


 それでクリスティアンとミルヴァ様のお手伝いは決まったが、マウリ様のお手伝いが決まらない。どうしようかと悩んでいたら、ノートの栄養剤を作る工程の中に「薬草の葉を火で炙る」という一文があってわたくしは閃いた。


「マウリ様、ドラゴンの姿になれますか?」

「どあごん、なぁに?」

「マウリ様の本当の姿です」

「まー、トカゲよ?」

「いいえ、マウリ様はドラゴンなのです」


 お願いすると「トカゲよ?」と首を傾げながらもマウリ様はドラゴンの姿になってくれた。手の平から尻尾がはみ出すくらいの大きさに育っているマウリ様にお願いして、ブレスを吐いてもらう。

 マウリ様の吐いた炎で炙る薬草の葉は全部処理できた。

 炎を吐き過ぎて疲れてひっくり返るマウリ様のお腹を撫でて労う。


「マウリ様のおかげでとても助かりました」

「まー、やくにたった?」

「はい、とても」


 褒められてひっくり返っていたマウリ様が人間の姿に戻って抱き付いてくる。抱き返してから、わたくしは仕上げの工程に入った。

 炙った薬草の葉を水に浸けて濾したものを、蒸してすり潰した薬草の葉に合わせて、よくかき混ぜる。刻んだ薬草の葉と合わせて二時間煮込んで、ガーゼで濾せば、鮮やかな緑色の栄養剤が出来上がった。


「クリスティアン、ミルヴァ様、マウリ様、できました」

「ねえさま、これではるにはたねがそだてられる?」

「はい、きっとうまくいくと思います」


 そのときのわたくしは全く知らなかった。リーッタ先生もドラゴンに対する知識がなかった。ドラゴン自体、もう百年以上生まれていなくて滅んでしまったと思われていたのだから仕方がない。

 ドラゴンのブレスで炙られた薬草の葉が、本来の効能よりも遥かに高い薬効を発揮するなんてこと、ドラゴンのブレスのことを全く知らないわたくしが知る由もなかったのだ。

 作った栄養剤は小瓶に小分けにして保存しておいた。

 春になって、マウリ様とミルヴァ様は4歳になった。

 ふくふくと丸い頬であどけない顔立ちの二人も、林檎色のほっぺたの健康な幼児に育っていた。毎朝早くに起きて畑仕事で身体を動かしているのも健康になる秘訣だったのかもしれない。

 畑を耕して畝を作り、そこに一粒一粒種を植えていく。来年の原種を育てるために栄養剤となる薬草の種も植えて行った。去年よりも広くなった畑に、クリスティアンとミルヴァ様が水を撒いて、わたくしとマウリ様が害虫駆除と雑草抜きをする。

 去年の経験があるせいか、みんな畑仕事にも慣れて来ていた。

 リーッタ先生は種を植えた日に、クリスティアンにどの種をどこに植えたか分かるようにネームプレートを書かせていた。


「カブ」

「か、ぶ」

「ニンジン」

「に、ん、じ、ん」

「ダイコン」

「だ、い、こ、ん」


 一文字ずつ大きく書いて行くクリスティアンの手元を見て、ミルヴァ様が真剣に呟いている。書いた文字が読めるわけではないのだが、クリスティアンの呟くのを真似して、文字を読んだ気になっているのだろう。

 書かれたネームプレートは、ミルヴァ様とマウリ様の手によって土に刺された。

 数日後、ネームプレートの刺さった土の近くに双葉が出てきたのを確認したときには、マウリ様とミルヴァ様とクリスティアンは飛び跳ねて喜んでいた。


「あねうえ、ちいさいはっぱがはえてきたよ!」

「たね、はっぱになった!」

「これが、カブ。これが、ニンジン。これが、ダイコン!」


 報告してくれるクリスティアンに、マウリ様がわたくしに飛び付いて、ミルヴァ様は一生懸命ネームプレートを読んでいる。もしかすると読めるのかもしれないと思ったが、ネームプレートに書かれている文字の形を覚えているだけのようだった。


「ミルヴァ様とマウリ様に文字を教え始めてもいいかもしれませんね」


 興味を持っているときに教えるのが一番いい。

 リーッタ先生の意見にわたくしも賛成だった。


「文字を覚えたら、スティーナ様からのお手紙が読めるかもしれないですね」


 マウリ様とミルヴァ様の3歳の誕生日にヘルレヴィ領にわたくしが手紙を書いて、返事をもらったときから、一度もヘルレヴィ領からの手紙も伝令も何もなかった。スティーナ様が無事でほんの少しずつだが回復に向かっていることは、両親の情報網で聞いていたが、スティーナ様も簡単にはわたくしたちに手紙を送れない状況なのだろう。


「マウリ様とミルヴァ様のお手紙があれば、スティーナ様も励まされるのではないでしょうか」


 マウリ様とミルヴァ様が少しでも文字を書けるようになって、スティーナ様に密やかに手紙を送ることができれば、病床のスティーナ様も励まされ、慰められるかもしれない。

 わたくしの提案にリーッタ先生は協力してくれるようだった。

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