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28.ヨハンナ様の意思で

「毎日通信で見ていますが、実際に会うのは違いますね」

「アイラ、本当に大きくなったね」


 子ども部屋に場所を移して、母上と父上に囲まれてわたくしは嬉しいような恥ずかしいような照れ臭い気持ちだった。エロラ先生が両親に甘えていいと言っていたが、充分にわたくしは甘やかされている気がする。


「あねうえのあしたのたんじょうびのために、イチゴをたくさんかってきたんですよ」

「苺を?」


 ヘルレヴィ領ではこの時期はまだ雪が積もっているので苺は実っていない。ラント領の南部では一番早い時期の苺が実り出す時期だった。ケーキのために苺を買ってきてくれたというクリスティアンが水色の狼の刺繍のあるポーチから苺の箱を取り出す。

 ひと箱、二箱、三箱、四箱……大量に並べられる苺にフローラ様の口から涎が垂れた。


「あえ、たべう!」

「フローラ様、明日まで待ってください」

「ふー、あえ、たべう!」


 欲しがっているフローラ様にクリスティアンが悪戯っぽく微笑んで、一粒フローラ様に苺を握らせた。


「あじみだよ。フローラさまだけとくべつだからね?」

「ふーとくべちゅ! うれち! あいがちょ!」


 お礼を言ってフローラ様はヘタを丁寧にとって苺をお口の中に入れていた。甘酸っぱい苺をうっとりと味わうフローラ様に、マウリ様も涎が垂れているが、一生懸命拭いて我慢している。


「おやつの時間でしたね。子ども部屋に敷物を敷いて皆様で食べますか?」

「ラント領の領主様たち、私の母からお伝えしたいことがあるのです。母も同席していいですか?」

「ハンネス! そんなこと!」

「もちろん構いませんよ」

「ヨハンナ様はマウリ様の乳母である前に、ハンネス様とフローラ様のお母様で、スティーナ様の命の恩人ではないですか」


 子ども部屋に敷物を敷いて、クッションを並べて、おやつの時間が始まる。スティーナ様もカールロ様もサロモン先生もソフィア様も一緒なので、広い子ども部屋の床はほとんど埋まってしまった。

 中央に置かれたお皿からクラッカーにジャムやクリームチーズを乗せたものを取って、フローラ様がもしゃもしゃと食べている。マウリ様とミルヴァ様もお腹が空いていたようですぐに手を出した。

 お皿には取り分けたが、クリスティアンは話の方が気になっているようだった。


「わたくしは、サロモン先生と結婚を前提に、お付き合いをすることを前向きに考えています」

「んん?」


 ヨハンナ様の物言いはわたくしにも分かりにくかったが、6歳のクリスティアンにはますます分かりにくかったようだ。頭の上にクエスチョンマークが出ている。


「私はヨハンナ様にプロポーズしました。ヨハンナ様はマウリ様とミルヴァ様が6歳になられたらお付き合いを考えてくださると仰いました」


 サロモン先生が説明を付け加えて、クリスティアンが「あ!」と声を上げた。


「わかった! マウリさまとミルヴァさまが6さいになったら、サロモンせんせいとヨハンナさまはけっこんするのですね」

「いえ、そうではなくて、お付き合いを考えると……」


 一生懸命否定して説明しようとしているサロモン先生にヨハンナ様がくすりと笑う。


「結婚、致しましょうか?」

「よろしいのですか?」

「周囲に流されて妾になった結果として、わたくしはつらい日々を送りました。初めての結婚くらいは、わたくしの意思で決めたい。それでわたくしが苦労をしても、不幸になっても、自分の決めたことなので納得ができます」


 悩んではいたようだがヨハンナ様の迷いは晴れたようだった。自分の意思で決めたことならば全てを受け止められる。その覚悟にわたくしは拍手を送りたくなる。

 ヨハンナ様は実の両親に売られるようにしてオスモ殿の妾にさせられた。そのことでずっと苦しんでいたが、今回は自分の手で幸せを掴もうとしている。


「不幸になどなりませんし、させません。サロモンにはしっかりとヨハンナ様を守ってもらいますし、わたくしも全力で支えていきます」

「ソフィア様……ソフィア様の存在があったから、わたくしは心を決めることができました。これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、不甲斐ない弟をよろしくお願いいたします」


 ソフィア様とヨハンナ様はすっかりと意気投合している。結婚相手の姉と仲がいいというのはかなりの強みなのではないだろうか。

 話の中でヨハンナ様はマウリ様とミルヴァ様のお誕生日が終わったらサロモン先生と結婚することを決意していた。

 一日にたくさんのことがありすぎて、その日はベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。サロモン先生とヨハンナ様の関係が急激に近付いて、結婚を決めた日。

 貴族は政略結婚をするが、あのようにお互いに思い合って結婚することもある。

 スティーナ様とカールロ様もお互いに思い合って結婚をした。

 わたくしは10歳で2歳のマウリ様と婚約をしたが、これが政略結婚とは思えないくらいにマウリ様はわたくしを好きでいてくれる。


「『アイラさまだいすきです。アイラさまといっしょにいるとうれしいです。おおきくなったら、けっこんしてください』ですか……。こんな熱烈な告白をされたら、困ってしまいますね」


 23歳のサロモン先生と同じ熱量でマウリ様はわたくしのことを好きだと言ってくれる。ソフィア様が十二年後の話をしていたが、マウリ様が17歳になる頃にも同じ気持ちでいてくれるだろうか。

 以前ならば獣の本性がないことを気にしていたかもしれないが、今のわたくしには魔法の才能がある。魔法学をしっかりと学んでいけば、ヘルレヴィ家の当主の妻として相応しい相手になれるかもしれない。

 それどころか、マウリ様と共にヘルレヴィ領を統治する未来が来るかもしれない。

 ソフィア様がこの国初の女性宰相となれば、わたくしもただの妻の座ではなくマウリ様と同じ当主の座でマウリ様を支えることができる。

 年の差も以前ならば気にしたかもしれないが、スティーナ様もカールロ様よりも四歳年上で、ヨハンナ様はサロモン先生よりも五歳年上だ。わたくしもマウリ様よりも八歳年上だが、それくらいは大人になれば気にならなくなるのかもしれない。


『アイラ様、愛しています。私と結婚してください』


 蜂蜜色の髪と目の青年が熱っぽく懇願する声を聞いたような気がしつつ、わたくしは眠りに落ちていた。

 翌日はわたくしのお誕生日で、クリスティアンも一緒にお誕生日を祝うことになっていた。朝食を終えると両親がわたくしにプレゼントを持って来てくれる。


「ヴァルコイネン織りのドレスだよ」

「え!? ヴァルコイネン織り!?」


 それは純白の糸を織った、結婚式などによく使われる布だった。かなり高価な布なのだが、それでわたくしのドレスを作ってくれたことに驚く。ヴァルコイネン織りの布はラント領の特産品でもあった。

 刺繍のある真っ白なドレスはクラシックな印象で、水色のボレロと合わせるととてもよく映える。


「ヘルレヴィ・スィニネンのドレスを誂えていただいたと聞いて、私たちも準備しなければいけないと思ってね」

「ヴァルコイネン織りのドレスも素晴らしいものだと、ヘルレヴィ領に伝えてください」


 ヘルレヴィ・スィニネンのドレスを作ってもらったときと同じく、わたくしはラント領のヴァルコイネン織りの布を宣伝する立場になっているようだ。生まれ故郷の特産品を宣伝できるのならばわたくしも公の場でドレスを着なければいけないと決意する。


「真っ白だから汚しそうですね……」

「アイラさま、きてみて。およめさんみたいで、きっとすてきだよ」


 マウリ様に言われて、わたくしは恥ずかしながらヴァルコイネン織りのドレスを着てボレロを羽織った。

 おやつの時間、誕生日を祝われながらドレスを着ているわたくしを、マウリ様がうっとりと見つめている。


「アイラさま、わたしのおよめさん」

「大きくなったら、ヴァルコイネン織りのウエディングドレスを作りましょうね」

「わたし、はやくおおきくなりたいな」


 呟くマウリ様の言葉を聞きつつ、サロモン先生がヨハンナ様に言っている。


「ヨハンナ様、結婚式はぜひ、ヴァルコイネン織りのウエディングドレスを着てください」

「わたくし、子どもも二人おりますし、妾として囲われていた身ですのに」

「そんなことは関係ありません。ヨハンナ様にウエディングドレスを私が着て欲しいのです」


 妾として囲われていたヨハンナ様は正式な結婚をしたことがない。結婚をしないままに母になり、オスモ殿に巻き込まれてヘルレヴィ家に連れて来られた。不幸な過去を吹き飛ばすように、ヨハンナ様には新しい門出を美しい衣装で祝って欲しいサロモン先生の気持ちがよく分かる。


「わたくしもヨハンナ様の花嫁姿を見たいです」

「私も母上にはウエディングドレスを着て結婚式をして欲しいです」


 わたくしとハンネス様の願いに、ヨハンナ様は頬を染めながら、「それならば」と頷いていた。

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