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3.山越斗南、虻田爽汰、茅部熾織

 身長153センチ、体重47キロ。

 山越斗南(やまこしとなみ)は高校2年生にしては小柄な女の子だった。

 異世界の神は失望の眼差しで彼女を見下ろした。

 1年前の春の日、学校の剣道場に足を運んで部活への入部を決めた時も、先輩たちから同じように見下ろされたことを思い出す。

 神と名乗る女の説明は淡々と簡潔に進められた。質問は一切受け付けなかった。黒い巾着の道具袋を受け取ると、神は何も言わずに姿を消した。

 中学剣道の剣大会の覇者は全国大会を辞退して忽然と姿を消した、当時の山越斗南に期待したすべての人が、今の彼女と同じ気持ちだったのだろうか。天才剣士ともてはやし、勝手に盛り上がり、勝手に落胆する。もっと説明してくれてもいいじゃない、と。

 無言で黒い巾着を開いて中を確認する。

 神の説明にあった物が雑然と収められ、その中に変わった形のホルスターに納まった特殊警棒を見つけた。

 彼女はそれを取り出して、確認する。腰に巻くのであろう大きな輪のベルトから、もう1本輪になったベルトが伸びて、その先に輪の小さなベルトがついている。小さな輪のベルトには特殊警棒の入るホルスターが1点で回転するように取り付けられていた。

 大きな輪のベルトを腰に巻くと、もう1本の輪は右から左下へとタスキになるよう垂れ下がり、左の太ももで小さな輪のベルトを使って固定するようになっていた。ホルスターはちょうど左の太ももの中ほどにぶら下がる。脚を曲げてもグリップが必ず上に来るように支持される仕組みになっていた。

 なんどか抜き払う動作で確認する。

 特殊警棒は振った弾みで伸びる三段警棒のタイプで、先端を壁に押し付けて縮めることも判った。

「こんなもので命の奪い合いなんて……できるわけないじゃない……」

 彼女は口にしてみたものの、疑問も否定も沸いてこない。

 どこかしら現実ではない空気が、彼女の否定を否定していた。



『ア! ブタじゃん』

 そうやって虻田爽汰(あぶたそうた)は同級生にからかわれていた。

 からかわれるくらいに彼の体は肥えていた。

 体重にして100キロちょうど、実に肥えていた。

 からかってくる同級生に対して『死んでしまえばいいのに』と思ったことは多々あれど、虻田は『殺してやりたい』と思ったことは一度もなかった。

『パイエックスのシーナちゃんも言ってたじゃん! 人は憎むものじゃないって!』

 彼は好きなアニメのキャラクターのセリフを思い出して、神と名乗る人物が示す理解の範疇を超える要求を心の中で拒否しようと試みた。

「そうだよ、別に殺さなくてもよくない?」

 虻田は神にそう提案した。

 こんな簡単なことにも気づかないなんて、とでも言いたげに。

 神は絶句した。

「なんで?」

「『なんで?』って……神様、なんか思考がおかしくない? だって、クラスメイトで殺し合いをしなくたって、全員で勇者になればいいじゃん?」

 虻田は予想外の神の反応に、説明を続けた。

「ヒトリより二人、二人より3人、3人より35人のほうが強いじゃないか。魔法少女だって今は歴代で30人くらい集まってさ、ボスをぼっこぼこにする時代だよ? 一人ヒトリの力は弱いんだよ!」

「あー、はずれってやつか……」

 神はがっくりと肩を落として言った。

 虻田は顔が真っ赤になって熱を帯びるのを感じた。

 インターネットの掲示板などでよく煽り文句で使われる〈顔真っ赤〉ってやつである。

「な、なんだよ、はずれって! し、失礼じゃないかっ!」

「じゃあ、お前。それを証明して見せろよ。な?」

 神は正面から虻田の両肩を両手でポンポンと叩いて笑った。

 とても野卑な笑い方で言葉を続けた。

「いいか。お前らに与えられる【スキル】ってのはランダムじゃねぇ。そのバックパックに入ってる最初に支給される武器もそうだ。お前の武器は何だ?」

 言われて、虻田は黒い巾着袋の中からそれらしいものを取り出した。

「えっ……単行本? 表紙も中も真っ白だ……」

「そいつはおまえ自身なんだよ。せいぜい他の連中に会う前に、まともな武器を手に入れるんだな」

 神は虻田を嘲笑って、消えた。

 少年は取り残され、愕然として、手の中の冊子の真っ白なページに涙をこぼした。

 真っ白なページに染みが次々と広がった。



 茅部熾織(かやべしおり)は女神からすべての説明を聞き終え、別れた。

 彼女は下着姿のその長身を屈めて、脱いだばかりの制服を無造作に黒い巾着袋に押し込んだ。それほど大きくない袋なのだが、かさばる事もなくすんなりと収納できた。不思議とそのことに疑問を感じることもなかった。

 かといって、今この状況を受け入れられてるわけではない。

 正直なところ、泣きたい気持ちでいっぱいだった。

 同級生の男子の股間のモノを目撃した時、自分は果たしていじめを否定できていただろうか。

 ろうそくの灯る最初の小部屋で、制服を脱いで下着姿になって、こんな姿を異性に見られることに抵抗がないはずがないと考えさせられた。否、そんなことを考えるために制服を脱いでいるわけじゃない。

 茅部に武器として支給されたのは、バレーボールのコスチュームだった。

 身に着けてみても、何の変哲もないコスチュームだ。

「こんなものなんの役に立つのだろう」

 そう呟いてみたが、答えは出るはずもない。

 まぁ、スカートの制服よりは動きやすいだろうことは確かだった。

『あなたに与えられる【スキル】も武器も、あなた自身が使い道をわかっているはずよ。それを教えるのはルール違反だからできないけれど』

 女神は優しい微笑みで教えてくれた。

 ルールはとても簡単なものだった。

 ダンジョンを進み、武器や防具を拾って、クラスメイトを殺して、最後の一人になる。一人だけが〈勇者〉になって、〈異世界〉を救えるのだ。

「わたしたちに選べる権利などないんだ」

 茅部は理解しようと、声に出して、実感した。

 日高一人の卑猥なイチモツが晒された直後に、教室は光り輝く魔方陣に包まれた。それは間違いなく事実で、今ここに存在する自分も実在なのだ。

 あの魔方陣が日高とどう関係しているのか確かめなきゃいけない。

 そのためには生き残らなければならない。

 茅部は右手を顔の前に構えて、これから進むべき石造りの廊下の先に向かって、勢いよくその手を振り抜いた。

 【スキル】が発動し、真っ赤な炎の作る鳥が羽ばたいた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 初期装備もスキルも、狩り出された時点での本人のセンス・スキル・経験等が反映されているってことでしょうか? 学生時代に”やってこなかった事”に後悔する経験は貴重ですね。
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