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2.雨竜勝虎、中川美月、紗那

「あなた方36人のうち、ヒトリだけ勇者になれる」

 目の前の時代錯誤な格好をした男。

 豊かな髭をたくわえ、ギリシャ彫刻が着ているシーツのような布を体に巻きつけたその男は、雨竜勝虎に神と名乗ってそう言った。

 雨竜は制服のズボンのポケットに両手を突っ込み、肩をいからせてメンチを切る。

「なんや?」

「威勢のいいことだな」

 白髪の老人のようでいて、鍛え上げられた肉体の神が笑う。

 雨竜はポケットに両手を入れたまま、すかさずまっすぐに蹴りを放つ。

 彼の蹴り足は何もない空間に阻まれて軌道を止めた。まるで壁に向かって蹴りを入れたような体勢で止められた。

「ちっ」

 雨竜は再び両足を地に着けて神を睨みつける。

「なにが望みじゃあ」

「世界を救う勇者の選抜。それを36人で決めてもらいたいのですよ」

「意味がわからんわ」

 雨竜の足元に大きな巾着のような黒い袋が投げ出された。

 神と名乗る男が持っていたわけではないし、どこかに隠されていたわけでもない。突如空間から現れて、足元の石畳に落とされた。

「その中に必要なものが入っている。他の35人を殺して生き残りなさい。それができないようでは、この先の世界を救うことなどできもしないであろう」

 神の言い分はめちゃくちゃだった。

『この爺さんの言ってることは、<選択肢>じゃあねぇ……俺たちに殺し合いをしろって<強要>してんだ。上等じゃねぇか……』

 雨竜は左手をポケットから抜いて、その黒い袋を拾う。

 思ったよりもずっしりとした重さが左腕に伝わった。

 彼はその袋を肩にかけ、神に背を向けるとダンジョンの廊下を進み始める。神はその背中に声をかけた。

「説明は?」

「いらん」

「まるでナイフのように鋭い男じゃな。貴様にぴったりの【スキル】をくれてやろう。役立てるがよい」

 神が少年に向かって手を伸ばした。

 すでに5メートル以上も離れているというのに、神の手に宿った光は雨竜の右腕と共振する。

「くっ」

 雨竜が思わず右手をポケットから出して視界に捉えると、彼の右腕は内部から赤く明るい光を放った。その光はすぐに収まったが、右腕の内部には熱い感触が残っていた。

 雨竜がばっと後ろを振り向くと、先ほどまで神のいた行き止まりのスペースには何の痕跡も残されてはいない。元から誰もいなかったかのような静けさがそこにはあった。

 なんにせよ、やるしかない。

「待ってろよ、日高……」

 それが、彼の出した答えだった。



 中川美月(なかがわみづき)は、自分が他人とは違うと常々思っていたが、今この状況にあっても冷静でいられることで腑に落ちた。

 神と名乗る少年バゼルに手渡された黒い巾着袋はリュックサックほどの大きさがあり、見た目より案外と重いことにため息をついた。

「これを持って歩かなければいけないと思うと気が滅入るわ」

「でも、とても役に立つものばかりだよ?」

 バゼルは屈託のない笑みで答えるが、先ほど美月が神に与えられた【スキル】はとても有用だとは思えなかった。

 美月は巾着袋を開け、中から手のひら大の石板のようなものを引っ張り出した。

 ブロンズ像によく似た材質でつくられた石板には、いくつもの玉石が嵌められている。中央に大きな黒い玉が座し、その周囲に二重の円を描いた小さな玉の列が青く光っていた。

「これはいったい何なのかしら?」

 美月がその石板をひらひらと振ってみせると、神はやはり笑顔で答えてくれる。

「小さな青い玉が36個あるだろう?」

「えぇ、たぶん」

「それは君たち36人を表しているんだ。君たちの中の誰かが運悪く死んだとするとどうなると思う?」

 遠まわしな言い方をする神だなと美月は思ったが、これがチュートリアルだと思うと無碍にはできない。

「青い光が消えるか、別の色になる」

「消える、が正解だね」

「つまり、これが最後の1個になるまで生き延びればいい訳ね?」

「半分正解だね」

 神バゼルは笑顔のまま腕を組んで首を傾げて見せる。

 ませた少年のような仕草だが、美月はまったく信用に値しないと評価していた。それは彼女の中で道理と結果が一致しないからだった。

 物事には道理があって結果がある。

 言い換えれば<因果>と言うものだ。すべての事象に原因があって、その結果があると美月は考えていた。

 しかし、現状に至ってはそのすべてが狂っているのが目に見えて存在していた。

 次に彼女が巾着袋から取り出したのは、透明な液体の入ったペットボトルだ。

「これはなに?」

「よく知ってるはずだよ」

「……水?」

「大正解!」

 石壁や石畳からゲームの中のような世界だと感じていたが、やはりここは現実なんだと美月は思い知らされた気分だった。

 水が必要になるということは、飢えて死ぬ可能性があるということでしかないのだから。



 紗那しゃなは黒めがねをかけたビジネスマンのような外見の神コレヒトに指図されるがままに、手渡された黒い巾着袋の中身を石畳の床に並べた。

 壁のくぼみに置かれたろうそくによって左右から照らされて、さまざまな道具ははっきりとその姿が確認できる。

「水3本、携帯食料6つ、傷薬軟膏1つ、包帯1巻、ザイル5メートル、電子ライター1個、先ほど説明した命見の石板、それと貴女に相応しい武器。以上です」

 神コレヒトは並べられた道具をひとつずつ指差して早口に述べた。

 紗那は中国人だったが、生まれたときから日本で生活してきた。コレヒトは日本語で説明していたが、すべて理解できるくらいに日本語は堪能だ。

 彼女は自分に相応しい武器と言われたものを手に取ってみる。

「これ……ブーツだよね?」

 金属製のレガースのついた靴だった。

 コレヒトはかけている黒めがねの中央を右手の中指でくいっと押し上げて、

「左様でございます」

 と短く言って、すぐに言葉を続けた。

「貴女は父親から中国拳法を習っていますから、与えた【スキル】の特性上、蹴りによる攻撃がもっとも有効と思われます。ですので打撃力を底上げし、蹴り脚を防護することで攻守ともに優れた効果を発揮することでしょう」

「あ、そう……」

「私は貴女が私に当選した事実を幸運だと思っておりますので、是非にとも最後の一人として生き残っていただきたいのです」

 大仰なジェスチャーを交えるコレヒトに、紗那はなんだかわからない疲れを感じた。

 結局のところ、自分のクラスメイト全員がこの事態に巻き込まれ、クラスメイトを全員殺さないといけないと言うことに代わりがない。

 例え夢だとしても、後味の悪い夢になりそうだなと思った。

 紗那はお気に入りのペニーローファーを脱いで、レガースブーツを履く。オーバーニーソックスのおかげで肌に当たることもなく履き心地は悪くない。

「あとひとつ、気をつけていただきたいことがあります」

 コレヒトは人差し指を立ててもったいぶる。

 こちらが返事をしない限り言わないつもりだなと紗那は気づいた。

 彼女は床に並べた道具を丁寧に黒い巾着に戻し終えてから、立ち上がってコレヒトを見据えた。

「気をつけるって、なにを?」

「スカートが思った以上に短いので、男子生徒を蹴る際はパンツを見られることを躊躇わないでくださいね」

 紗那の右のハイキックが一瞬でコレヒトの左頬にめり込んだ。

「ありがとうございます!」

 初めて見せる笑顔で、神コレヒトはその姿を消した。


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