暴露
「山本は馬鹿だよな。金払って童貞捨てるなんてさ」
松岡は教室中に響く大声で言い捨てる。
その事については高城も同意だ。
「ああ、まったくだ」
「なあ高城、嘗て俺達は語り合った。その時お前は言った。はじめては、童貞を捧げるのは‥‥新品未使用の美少女がいいと」
「それはお前だ。いやホントに‥‥俺は別にそこまでは言ってなかったと思う」
クラスの視線が痛い。高城は必死に誤魔化す。
「夢を語るお前の瞳は、とてもオークが美少女達を拐って監禁調教、あげくポテ腹妊娠させるようなエロ漫画を好んで読むような男のものとは思えないほど澄んでいた」
「たまたま、本当にたまたま手に取ったのがそういう感じの奴だっただけなんだよ。ちょっと中身を見てすぐに止めたし」
高城は必死に取り繕おうとなんか言っているが、女子達のゴミを見るような軽蔑の眼差しと冷たい雰囲気が、もはや手遅れであることを物語っている。
ちなみに男子達の多くは高城に同情していた。
「あの時、俺とお前は真の友となった」
これ以上恥を暴露されては敵わない。もう取り返しがつかない気もするが。
自己保身で頭がいっぱいの高城は見た。
松岡の瞳に光る、一滴の涙を。
松岡は本気だ。
「嘘は無しだ高城! お前は――」
全てが吹き飛ぶ。
クラスの視線も、自己保身も。
高城の頭にあるのはただ一つ――
松岡に皆まで言わせてなるものか!
「童貞だ。もちろん、童貞だ」
松岡の思いに、熱い涙に答えたい。
食いぎみに二回答えた。
そして後悔した。
高城、やっぱり童貞なんだって‥‥
まあそりゃそうだって感じ
ええ~あり得ない
キモい
哀れだな
そんな声が聞こえてくるような、そうでもないような。
皆に聞かれてた。
「おお! やはりそうか高城!」
ただ、嬉しそうな松岡の声だけがはっきりと高城の耳に響いた。
「安心しろよ、俺も童貞だからな! 俺達は仲間だ!」
これはフラグというやつだったのか。
このあと松岡は高城を置いて童貞を卒業することになる。
***
同日の昼頃。
二年三組の生徒達はこの日最後の目玉である通信簿の受け取りも済ませ、後は帰るだけ、各々好きなように駄弁っていた。
そんな中、決意の表情を浮かべ立ち上がった男がいた。
高城義守である。
彼は迷うことなき足取りで我らがクラスのマドンナ的女子、佐藤華の元へ向かった。
「え、高城? どうしたの?」
二年三組の諸君は暫し黙り、行く末を見守ることにした。
というのも夏休みを前に少々浮かれ気味の皆の心は、何かしらの娯楽を求めていたからだ。
そして高城ならば何か面白いことをしてくれるという確信があった。
奴に対するクラスでの認識は“なんか変な奴”である。
わくわくするクラスメイトに見守られ、高城が口を開く。
「華ちゃんの事がずっと好きだった。付き合ってください」
まさかの直球すぎる告白。
高城と佐藤が幼馴染みであることを知らないクラスメイト達には驚きよりも困惑の方が大きかった。あの二人では月とスッポン、スクールカーストにおける身分違いも甚だしく、顔面偏差値の開きも著しい。残念なことに社交性もだ。
えっ告白!?
身の程を弁えろよ高城
チャレンジャーだなあいつ
佐藤さんかわいそう‥‥
何故に“華ちゃん”呼び?
フラれるに決まってんだろ!
当然こういう反応になる。
余談だが以前高城は佐藤から、これからはお互い苗字で呼びましょうと言われ、下の名で呼ぶのを禁じられていた。
“華ちゃん”という呼び方は、ずっと昔――“将来義守君のお嫁さんになってあげる!”“わーい絶対だよ”と約束した小さい頃の‥‥
こいつは何を馬鹿なことを言っているんだ。周囲が白けるなか一人、ガタッとイスをずらし立ち上がる男がいた。
松岡である。彼は高城達と同じ中学出身であるため、二人の関係を知っていた。高城を見つめる。
俺をおいて先に行く気か?
悲しげな瞳がそう語っている。
高城はちらりと松岡に視線を向ける。
すまん、先に行く。
それは一瞬のことであった。
そして高城は前に向き直った。
その顔が期待で満ちているのは、あらかじめ天竜院からのお墨付きをもらったからか。
何はともあれ、佐藤が返事を口にする。
「ごめんなさい」
それは簡潔でこれ以上ないくらい、分かりやすい答えだった。




