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血のない彼女は、血も涙もない。  作者: 煉樹
プロローグ 血も涙もない
2/8

第2話 「私が彼女を殺します」

「……っ!!」


 突然の事態に、気が動転する。

 ……彼女が血塗れだった理由も、何者かに襲われていたからだと考えれば、それは驚くべきことではなかったのかもしれない。

 けれど、六はこの状況でそこまで考えられるほど非現実的な人生を歩んできてはいなかった。


「大丈夫ですか!?」


 声が、聞こえた。

 若い、男の声。

 それは、光線が飛んできた方角と同一だった。


 そちらを向くと、林の奥から声からの想像通り、学生服を着た少年が姿を現した。


「良かった! 早く逃げてください!」


 彼はこちらに一瞥くれ、怪我がないのを確認すると、そう言った。

「逃げるって……」


 困惑する。

 だって、逃げるようなことは、何もなかった。


 ……彼と自分には何か認識の違いがある。

 すぐにそう分かったが、それが何なのか、六にはわからなかった。


「目の前のそいつです! きっとまだ消えていない! 早く!」


 執拗に逃げるよう促す、少年。


 しかし、その発言を聞いて、六にはわかることがあった。


 ……自分が普通の人間ではないとはとても思わないけれど、仮定として、普通の人間であったならば。

 そうであったなら、一つ当然の真理がある。


 それは、近衛継莉という人間は、恐怖を抱かれる対象であるということ。

 ……初めて出会ったときに、自分がそう感じたように。


 気づけば消え失せていた自分のその感情。

 ……彼は、それを抱いたまま、そこにいる。


 つまり、彼はこう言いたいのだ。


 ――継莉が、六に危害を加える存在であると。


 光線をまともに受けた継莉が立っていた場所。

 そこを油断なく見つめる彼を六は改めて見る。


 彼にとって、継莉は畏怖すべき存在なのかもしれない。

 ……だけど、継莉という存在に対して、私は――。


「……やってくれるじゃない。一條」


 ユラリ。


 光線が残した湯気が消えかかる中で、人影が、うごめいた。

 それは、継莉があの致死と思えた光線の中、生き残っていたことを示す


「無傷……だと!? ……お前、どうやって傷を治した」


 ジュルリ、と継莉が舌なめずりをする。


「敢えて言うなら、そうね……。彼女の血は、とても美味しかった、とだけ、言っておいたらいい?」

「貴様……っ!」


 一條と呼ばれた彼を、継莉はどうも挑発しているように見えた。

 彼の怒りを誘うように。


 ……。


 それとも。

 ……私を、あくまで被害者という存在にとどめるために、そんな言い方をしているとでも、いうのだろうか。


「さぁ、かかってきなさいよ。……協会の、犬風情が」

「……っっっ! ……お前にだけは、言われたくない。その言葉……後悔するなよ」


 一触即発。

 まさに、そんな雰囲気だった。


 次に、風が吹けば、きっとすぐに二人は戦い始める。

 六にすら、それが手に取るように感じ取れた。


 そして、気づいた瞬間には、声を上げていた。


「ま、待って!」


 自分でも、なんで叫んでいたのかわからない。

 ただ、どうしてか、見過ごせないと思ってしまった。


 それは、彼が彼女のことをただただ打ち倒すべき存在としてだけ見ているのが嫌だったからかもしれない。

 それは、彼女が自分のことを部外者として扱っているのが、堪えきれなかっただけかもしれない。


 ……理由なんて、いくらでも考えようと思えば考えられる。

 けれど、そのどれも、結局正しい理由ではないのだ。


 本当にただ、《《無意識のうちに》》、叫んでいた。

 ……これは、それ以上でも、それ以下でもない行動だった。


「……何?」


 不快感を露わに、継莉が訊ねる。


 打って変わるような彼女の様子に、思わず背筋が凍りそうになる。


「……どうして、彼女と戦うの」


 けれど、その感情をグッと押し込めて、もう一人の当事者——一條に尋ねる。


「……それをあなたに応える義務はありません。あなたは、一般人ですから」

「……答えてくれないと、この場を動きません」


 自分でも、どうしてこんなに意固地になっているのか、わからなかった。

 けれど、そうしないと、気が済まなかった。

 ……そうしたいと、思った。


 そんな六を見て、はぁ……と、彼はため息をつく。そして、答えた。


「……彼女は、理を犯した。我々の理を。……それは、死をもって清算するほかないほどの、禁忌だった。……これ以上、説明することは、できない」



 その返事を聞いて。

 六の口は、気づけば動いていた。


「だったら……」


 どうして、そんなことを口にしようと思ったのか。

 普段の六なら、決して言わない。……それどころか、考えようとすら思わなかっただろう。


 ……だから、もしかしたら、まだ、頭のどこかが痺れていたせいなのかもしれない。


 ――近衛継莉という、甘い毒に、やられて。


「……だったら、私が、彼女を殺します」


 その言葉の持つ、意味すら知らずに……。

 

「ふーん……面白いじゃん」


 小さく、継莉が言葉を吐いたが、それは六には聞こえなかった。


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